第3話 悪魔が来りて笛を吹くよ

年明け早々、謎の封筒が内裏から届き、同日に人見知りの私が14人もの初対面の人と妖と打ち合わせ、翌日には、小野家が、また深奥を置いて行くという、何が何だか訳が分からない展開に、落ち着いて考える間もなく、今日はもう13日。あと二日で帝国の松の内が終わり、新年のお祝いムードの終了だ。


 明日は、陰陽頭と陰陽師の精鋭十五人と、ちゃっかり助っ人に納まった嘉承の四侯爵家の当主たちとの試合の日だ。相手は二十名なので、喜代水十六羅漢と私のチームは三名足りないが、戦力差ということで押し切られてしまった。戦力差というなら、四侯爵のうち一人くらい分けてほしいよ。あの四人だけで六千人の妖を軽く凌駕する実力なんだよ。うちの父様は人外確定枠だけど、その側近も人外疑惑があるよね。


 今回の御前試合は、双子の叔父様達の提案で始まったが、その後の企画は宰相の監修で内務省によって纏められたらしい。二年前の厄災で帝都の北東部が甚大な被害を受け、まだ復興の途中というのに、帝国政府の失態で、隣国から古妖の入国を許したせいで、検非違使庁が壊滅して、六千人を超える被害者を出してしまった。宰相曰く、国民に与えてしまった動揺は大きく、政府に対する不信感がかなり高まってしまったらしい。


「というわけで、国民に希望を与えるような明るい話が欲しいところなんですが、今の皇家では適齢期の殿下がいらっしゃらないので、おめでたい話もないんです。そこで、瑞祥の二の君と末の君からのご提案で、嘉承の小魔王が牛鬼を倒した動画を、何とかというサイトに投稿することにしたのです」


 今、帝都に父様の転移で丸っと移動してきた私たちの歓迎パーティーの会場で、みっちー宰相が私の質問に答えてくれているところだ。どうでもいいけど、誰が嘉承の小魔王だよ。


 宰相の隣に立つ双子の叔父様達の面白そうなご様子を見るに、この裏で糸を引いているのは、絶対にあの二人だよね。


「宰相、それを言うなら、VousTubeね。戦闘シーンだから、本当にまずいところは編集して、先ずはR指定で投稿したんだよね。そうしたら、何と三日で300万再生を達成しちゃったよ。すごいでしょ」


 叔父様達、帝都で何をやってんだか。変なことを真面目な宰相に吹き込まないでよ。


「いいね評価も、100万くらいもらったし、コメントも数万件ついて、ほとんどはポジティブなものだったんだよ。それで、動画の収益は、今回の厄災関連で被害を受けた文化遺産や公共設備の修復に使うって発表して、その翌日からショート動画でもハイライト的な場面を流したら、これも大当たり」

「叔父様たち、私の肖像権は、どうなるの?まだ未成年なんですけど、顔出しもしちゃってるし」


 私が、むっとした顔で抗議をすると、叔父様達がにやりと悪い顔をした。


「ああ、それね。ふーちゃん、陛下からお菓子代、頂いたでしょ」


 げげっ。あれ、そういう意味だったのか。どうりで、もの凄い金額なはずだよ。


「それで、今回、新年で何かいいエンタメがないかなぁと思って、御前試合を提案してみましたーっ。もう、僕たち、天才だよね。映像を編集して、陰陽師VS喜代水十六羅漢、新春御前対決で勝つのはどっちだって、VousTubeで、バンバン流して、観覧希望者も募ったんだよね。チケット代は、公家と武家には三万円で売って、一般には五千円で売ったら、三億五千万円の売り上げになったよ」


 悪魔の双子のビジネス戦略がえげつないな。三億五千万円を数日で売上ちゃったんだ。私なんかゴーレム一体八千円で毎週コツコツと陰陽寮に納品という地味なお商売なのに。


「さらにーっ。地上波で放映するから、大手企業からのスポンサー料もがっつり頂いちゃったし。あとね、政府公認で、どっちが勝つか賭けるトトカルチョ・チケットも売り出しているからね。関連グッズも作っちゃったし、試合の後は、また画像編集して、VousTubeで投稿するからね。なんとびっくり、二百億円は固いよ」


 びしっとVサインをして見せる双子の悪魔の横で、みっちー宰相はホクホク顔だ。


「復興は最重要課題ではありますが、ここで増税すると支持率が下がりますから、二百億円の復興資金は助かりますねぇ。さすがは瑞祥家。素晴らしいアイデアです」


 だからって、政府がギャンブルを推奨ってどうよ。しかし、この傍迷惑でマイペースなノリ、デジャヴュを感じるよ。これは、あれだよ、小野の二の君だ。あの手のタイプが、まさか近親者に二人もいたとは。


「観覧者ってどれくらいの数がいるの?」

「うん、曙光ドームをどーんと貸し切って、四万五千人だよ」


 ・・・は?


「お菓子代、返す!」


 陰陽大学校にゴーレム納品の内職代は全部貯め込んでいるから、ちょっと使っちゃった分は補填できるもんね。


「何言ってるの、ふーちゃん、曙光の無辜むこの民、四万人の期待を裏切るつもり?テレビで観戦する国民を合わせたら一億人のエンタメだよ。被災地の復興が遅れてもいいの?」

「そんなの、七歳児に期待しないでよ。児童労働法に訴えるもんね。私の顧問弁護士はお父さまだから」


 どうよ。叔父様たちが、お父さまに弱いのは知ってるんだよ。


「ふーちゃん、お母様が、今回の御前試合を楽しみしていらっしゃるのは知ってるよね。お母様にふーちゃんが、辞退するって言うの?」


 ・・・悪魔だ。まさか近親者に悪魔がいたとは。しかも二人も。お祖母さまに逆らえる人なんか、この世に存在しないよ。ぐぐぐっ。


「わーい。皆に楽しみにしてもらえてるなんて光栄だなー。明日は、全力で頑張らなくっちゃー」


 ぢぐじょーっ。大人なんか、もう信じるもんか。お菓子代の罠には二度と嵌らないぞ。あの日、西都新聞の星占いに「さそり座のあなたは、今ある生活に感謝しましょう。過度な欲は身を滅ぼすことになるかも」って書いてあったのに、私のバカーっ。


「話が早い子は助かるよ。さすがは、自慢の甥っ子だ」


 あっはっはーと高らかに笑う双子の悪魔と悪魔に魂を売った宰相の三人は、ご陽気にスパークリングワインで祝杯をあげていた。周りは完全に呆れ顔だ。


「みっちー、明日の試合のルールはどうなってる?」


 父様が、宰相が酔っぱらう前に大事なことを訊いてくれた。


「おおっ、そうでした。試合に出る皆さんに説明しなくては。梨元の宮、ご説明をお願いしますよ」


 宰相が声を掛けた人は、私の元クラスメイトの香夜子姫のお父上だった。内務省で宰相のお手伝いをしていらっしゃるんだったよ。


「明日の試合に出場される皆様、こちらにお集まりいただけますか。今から試合のルールをご説明しますね。他のゲストの皆様は、どうぞそのままお食事を続けて下さい」


 立食形式なので、内裏のパーティーと言っても、割とゆるっとしている。そのせいか、試合に参加しないゲストも、料理を乗せたプレートやグラスを手にしたまま、私たちの後ろでルールを聞くようだ。うちのお父さまや父様もワイングラスを持ったまま、宮様が配ってくれたルールの説明書を私の後ろから覗き込んでいる。


「基本、殺さなければ、何でもあり、か。四十分戦で、十五分休憩のあと、また四十分。大将の後ろにある旗を倒したら負け、ね」


 父様が説明書の内容をかいつまんで言うと、お父さまが露骨に嫌がった。


「宰相、うちのふーちゃんが大怪我でもしたら、どうしてくれるんですか」


 そうだよ。七歳児に何をさせるんだ。児童保護法で国を訴えるぞ。


「あら、彰ちゃん、大丈夫よ。その時は、わたくしが治癒と回復を引き受けるわ。もちろん、陰陽師の皆様も、喜代水の皆様も、遠慮なく頼ってくださいな」

「いえ、お母様、そういう問題ではなくてですね。私が申し上げているのは、治癒と回復が必要な目にふーちゃんが・・・」

「彰ちゃん、ふーちゃんが何かしら?」


 出たよ。お祖母さまVSお父さまの微笑みあい。こっちの方が、明日の試合よりも迫力があるのは間違いない。その証拠に、会場にいる全員が直視を避けている。問題は、この対決では、トトカルチョの対象にならないことだよね。何でかって言うと、お祖母さまに勝てる人はこの世に存在しないから。


 すっと、お父さまが視線を外すと、父様がかばうように、ささっとお父さまの前に立った。


「お母様、お気遣いありがとうございます。明日は、もしもの時は、どうぞ宜しくお願いします。」


 もしもの時って、何だよ、父様!

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