第2話 小野から何かもらったよ
「そうだねぇ。風は小野家で特訓してもらっているんだっけ。じゃあ、土と水は、帰省中の双子に、火は頼子に頼んで強化しておいた方がいいね」
喜代水の貫主で私の叔母の夫に当たる文福叔父様が、静かにお茶を飲んだ。お祖母さまの喜ぶ御姿に逃げられないと覚悟した私は、あの後、直ぐに喜代水寺に走った。走ったと言っても体力のない私なので、【風天】を追い風にして高速移動してきただけだけどね。十六羅漢と一緒に陰陽師と対決と言われても、叔父様以外、誰がいるのか分からないので、まずは、自分のチームの確認だ。
初詣の喧騒は、叔父様のいる奥の房までは届かない。こーんと鹿威しが音を立てた。
「若様―、陰陽師ごときに十六羅漢は負けませんよー。でも、嘉承の四侯爵がー、強敵すぎますー」
お茶を淹れてくれた小僧さんたちが、叔父様の後ろにちょこんと座って、感想をもらした。そうなんだよね。陰陽師は最高位が賀茂さんと土御門さんだから、残りの十四人の実力は、だいたい分かる。ただ、あの父様の側近のおじさま達がなぁ。六千の妖をたった四人で討ち取った化け物みたいな連中だよ。あの人たちは、まだまだ完全に手を見せていない気がする。
「ふーちゃんに挨拶に来なさいって皆に伝えてくれるかな」
小僧さんたちが「はーい」と返事をしてふっと消えた。叔父様の周りで、こまごまとしたお手伝いをしている小僧さんたちは、喜代水寺にいるプレーリードッグの妖だ。何で曙光帝国に、そんないかにも外来種な妖がいるのか。それは、私が一番聞きたいよ。ちなみに、喜代水の五百羅漢のうち、三分の一くらいは妖なんだって。私は、自他ともに認める怖がりだけど、小僧さんたちのおかげで、妖にはそんなに恐怖心はない。
「失礼します」
程なくして、ふすまの後ろに気配を感じると、凛とした女性の声が聞こえた。
「どうぞ。皆、入って、ふーちゃんに挨拶するといいよ」
叔父様が言うと、ふすまが、すーっと音もなくスライドして、奥から、白い女性が現れた。そして、次々にいかにも妖風、人間風な人達が座敷に入って来て、総勢14名になった。叔父様が十六羅漢の最高位なので、あと一人足りないようだ。
「若様、お初にお目にかかります。三位のゆきと申します」
「ごきげんよう。ゆきさんは、雪女さん?」
「あら、分かります?」
いや、見たままでしょ。ゆきさんは、髪も肌もすべてが白い。眼だけは、きれいなブルーだ。
「若様、私は四位の東雲功太郎です」
ほっそりとしたイケメンお兄さんが挨拶をしてくれた。
「東雲さんは、風だね」
「はい。でも私のは、風と言えるのかどうか。私の魔力は風を食うんです」
ああ、叔父様と同じタイプの風バージョンか。喜代水の五百羅漢は、他の寺の僧兵を受け入れた歴史もあいまって、昔から
「不比人様、自分は五位の土山五郎です」
岩のような大男の土山さんが、実直そうな顔に、笑顔を浮かべて挨拶してくれた。五位の五郎さん。分かりやすくていいね。
「土山といえば、瑞祥の十三家だよね」
「はい、自分は、土山の当代の三男で、とんだ不良だったんですが、こちらの二位に瞬殺されてからは、ずっと喜代水で修行をしております」
五郎さんは相当の実力者だ。私にも土の魔力があるから分かる。この彼を瞬殺か。
「二位って、すごいんだね」
「私も瞬殺されるくらいだよ」
叔父様が楽しそうに怖いことを仰った。え、何で最高位が二位に瞬殺されるの?私の表情を呼んで、小僧さん達が教えてくれた。
「二位はー、お仕事が忙しいので喜代水にはいないんですー」
「だからー、貫主さまが最高位なんですー」
喜代水に常駐していないと最高位になれないってこと?何かよく分からないな。
「まぁ、あの人は、こういう群れるようなことは嫌うんですよ。一匹狼ですから」
「孤高の絶対強者ですー」
「我々は怖くて近寄れませんー」
何か分からないけど、叔父様と五郎さんを瞬殺できるほどの実力があって、人懐っこい小僧さん達も怖がって近づけない二位は、結構ヤバいな。妖なのかな。いや、人か。お仕事が忙しいから喜代水にはいないって言ってたから。
そして六位から十六位まで、十一人が挨拶をしてくれた。なんと全員、妖だった。十六人中、四人が人で、十二人が妖という構成だった。妖に混じって上位にいる三人はかなりの魔力持ちだ。うちのチーム、結構すごいかも。これは陰陽師の皆さん、大変じゃないのかな。賀茂さんに伝えておいた方がいいような気がする。インサイダー情報だけど、陰陽寮は、私の商売の良い御取引先だから、これくらいならサービスしておかないとね。
家に帰ると、もう夕飯時になっていた。牧田が、さっと玄関のドアを開けて迎えてくれた。よく考えたら、牧田は正月休みを取っていない。しかも、一人であの酔っ払いどもの相手をしている。嘉承家、なんてブラック雇い主なんだ。
「牧田、年末年始くらいお休みを取って、ゆっくりすればいいのに。実家とか帰省しなくていいの?」
息子の智がいるので、家族がいるはずなのに、牧田は休みを取って家族に会いにいくようなことがない。そう言えば、うちには、もう一人、休みなく働いている人がいたよ。料理長だ。今頃、気がついたよ。ごめんね。
「私は、昔から実家と出身の集落との折り合いが悪く、勘当されている身なので、若様がご心配されるようなことはありませんよ。料理長には、もう家族がいませんしね。お互い、いつも通り過ごしている方がいいんです」
「そうなの?それならいいけど、お休みは取った方がいいよ」
牧田は、いつもびしっとしているから、忘れがちだけど、実は、お祖父さまよりも年上なんだよ。あんまり無理はしてほしくないんだよね。牧田に何かあると、瑞祥はともかく、確実にうちは滅ぶから。
「そうですか。それでは、お言葉に甘えて、嘉承と瑞祥の皆様が全員、帝都に行かれる14日にお休みを頂こうかと思います」
「うん、皆、いないんだから、ゆっくりすればいいよ」
私自身は、ゆっくりどころか、その日は死にそうになっていると思うけどね。でも、今日の喜代水の十五人との解合いで、皆の技を見せてもらって、誰が前衛で後衛になるかを決めて来たので、漠然とした不安が解消されたよ。私は大将になるので、一番後ろで叔父様とどんと構えていればいいと言われたけど、叔父様は多分、前に出ると思う。私自身も、本体は後ろにいるけど、私のゴーレムは、基本、バリバリの接近戦仕様だしね。二位さんは、どうなんだろ。
まぁ、今は、人の戦い方を考えるよりも自分のことだよ。私を信じて傘下に入ると言ってくれた喜代水の皆の前で無様な姿は見せられないからね。
翌朝、朝食を軽く済ませると、部屋に和貴子さんが来てくれた。今日は、公卿の正装、束帯姿で嘉承十三家と瑞祥十三家の挨拶を受ける。去年、ようやく着袴の儀を終えたので、新年の挨拶を父様やお父さまたちと一緒に参加させてもらえるんだよ。
西都の公卿の束帯は、帝都のそれと違って、かなり実用的だ。袍という上衣の袖も膨らんでおらず、下襲も短い。どちらかというと現代風のチュニックの重ね着にワイドパンツに近いかもしれない。ただ、この重ね着の部分に季節感や行事の意味を鑑み、色を合わせるという雅なセンスが出るので、これは瑞祥が得意としている。嘉承?うちは、南条以外は季節も行事も丸っと無視して、通年、自分の魔力の色に合わせて着てるよ。
「まぁまぁ、若様。また一段と細くなってしまわれてぇ。お小さいうちは、ぽっちゃりしている方が可愛いですわぁ。若様は、美しい公達になるのは決まっているのですから、今は可愛い方がよろしいのにぃ」
東宮殿下と同じデ〇専疑惑のある和貴子さんに言われてもね。ちなみに、和貴子さんの異母兄は、瑞祥の側近筆頭の一条侯爵の先代だ。あの人も丸っとしていたのか。信じられないな。
うちは、お祖父さまは、白と青緑の重ね着だけど白が多め、父様はその反対。私は襟に四色、赤、緑青、水色と茶色を入れてもらっている。火の赤が青になって白になるのは、まだ先だ。西条と北条でも、白を着ているのは、先代と当代だけで、後は皆、青や赤だ。いつもの牧田の身だしなみチェックを受けて、髪も綺麗にブラッシングしてもらってから、嘉承と瑞祥の共用スペースの大広間に向かった。
大広間には、上座に嘉承と瑞祥が並び、向かい合うようにそれぞれの側近の四侯爵家が並び、それぞれの家に所縁のある十三家がその後ろに並ぶ。当代と先代とその正妻が先に並んで、嫡男は着袴を済ませていれば一緒に並ぶ。それ以外の成人している先代と当代の兄弟はその後ろ。子息達は、さらに後ろとなる。東条家で言うと、真護はおじ様たちと前列にいるが、姉の絢子姫と弟の優護は、十三家の当代の後ろの列に東条の第二夫人と一緒に並んでいる。今日は出不精で有名な嘉承の母も、正装で参加しているが、母様は、渡来人の血を誇る南都の名家のご出身なので、御召し物が微妙に違うんだよね。表衣に袴をお召しの貴婦人たちが多い中、母様は衣裳の下に、裾の広がった長いスカートのようなものを着ておられる。凛としたキャリアウーマンの母様にはよく似合う。
宗家に挨拶した後、隣の公爵家に挨拶をして、それが済むと立食パーティー形式で昼食をとって御年賀をもらって、午後の早いタイミングで解散になるが、三十四家の挨拶ともなると、これが中々に時間がかかって大変だ。
それまで、ざわざわとしていた会場が、瞬間、しんと静まりかえった。お祖母さまが、お祖父さまのエスコートで、黒地に金糸で刺繍された大輪の菊花模様の表衣でお見えになったからだ。
お祖母さま、今日も、かぐや姫っぽいな。いつも、お祖母さまの周りは、ぽわっと光っているように見えるんだよね。しかもあの御花を身に着けることを許されている女性は、今の帝国ではお祖母さまだけじゃないかな。陛下には内親王殿下がいらっしゃらないから、お祖母さまに表衣も小袿や小物類も全て菊のモチーフをつけたものを先帝陛下が貢いで・・・じゃなくて、下賜されたものらしい。曙光帝国やんごとなき姫ランキングで七十年間首位を独走している公爵家の大姫様は御召し物もただごとではない事情を抱えている。
「新年明けまして、おめでとうございます」
お祖母さまが、流麗な所作でお辞儀をして、瑞祥の良い笑顔でない、本当の笑顔で新年の挨拶をしてくださったので、頭を下げていた全員が顔を上げ晴れ晴れとした表情を見せた。
瑞祥一族では、いつも一条家が先陣を切るが、嘉承は四年ごとの持ち回りで今年は西条家だ。両家の当主がお父さまと父様の前に立ち、挨拶を始めた。
「一条が、新春のお喜びを申し上げます。瑞祥の皆様におかれましては、おすこやかに新春をお迎えのことと存じます。今年は・・・」
優雅に新年の寿ぎを述べる一条侯爵の横で、西条侯爵が挨拶をした。
「敦ちゃん、御前、ふーちゃん、昨日ぶり。今年も宜しくね!以上!」
あまりに対照的な二人に、お祖母さまと董子お母さまは扇で口元を隠された。隣で挨拶をしていた一条侯爵は、毎年のことなので、完全に無視を決め込んで挨拶を続けている。一条のおじさま、強いな。
「一条君、長いって。後ろが控えているんだから、もういいんじゃない?」
昔はそれぞれの宗家に十七家が挨拶を終えてから、隣の宗家の家に挨拶という体を取っていたらしい。ところが、瑞祥家に並ぶ列が長くなり過ぎ、クレームが入って八百年ほど前に、宗家に挨拶して、すぐに隣に挨拶というやり方に代わり、同じ場所で挨拶を受けることになった。どういうクレームを誰と誰と誰と誰がつけたか簡単に想像がつくよね。
お父さまが一条侯爵に頷いて、挨拶の終わりを促した。どこぞの風の家と違い、空気を読む一条侯爵は流れるように綺麗なお辞儀をして、うちの魔王と冥王と嘉承のお母様と私の前に立ち、頭を下げた。
「よお、一条」
父様が声をかけたので、侯爵が頭を上げる。
「明けましておめでとうございます」
そう淡々と言うと、侯爵はさっと会釈した。えっ、それだけ?何か簡単すぎない?そう思っていると、一条侯爵が私の前に移動してきた。
「ふーちゃん、うちの叔母と従妹と仲良くしてくれてありがとうね。今年もよろしく」
そう言うと、そのまま後ろに下がってしまった。
「瑞祥流の長い挨拶は不要って八百年前に言われたらしいわ」
母様が扇で口元を隠しながら教えてくれた。なるほど。何か、嘉承がごめんね。瑞祥は様式美にこだわる一族だから、八百年前のこととは言え、ちょっと申し訳ない感じがするよ。
その後も、嘉承家と瑞祥家の前で両極端な挨拶が続き、各家の嫡男以外の子息達や、正室以外のご夫人方が挨拶にあがる段になったところで、会場の後ろが大きくざわめいた。何だろう。
「小野が来た」
父様がつぶやいた。え、小野家がうちの傘下に入るのは、代替わりの後だよ。名門小野家の先代が、南条の姫だった夫人を連れて挨拶に上がったので、十三家の後に並んでいた四侯爵家の子息たちが場所を譲った。峰守お爺様が、篤子お婆様と明楽君と一緒に私たちの前までやってきた。
「なー君、敦ちゃん、佳子ちゃん、ふーちゃん、あけましておめでとう」
小野家、馴染んでるなぁ。その挨拶、まさに嘉承の一員だよ。篤子お婆様がお教えしたんだろうな。三人でぺこりと頭を下げて、顔を上げると峰守お爺様が、相変わらず、人好きのする、柴犬のような笑顔で、にぱっと笑った。
「良真から、陛下のご要望で御前試合があるって聞いてね。これを、御年賀代わりに」
そう言って、峰守お爺様が私の頭をぽんぽんと撫でて下さった。
「峰守、それ、小野の【山背】じゃないか。ふーに渡していいのか」
何かまた小野が凄いのを持ってきたーっ。深奥は御年賀で渡すもんじゃないってーっ。
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