幕間 御前試合

第1話 内裏から何か届いたよ

 速水で起きた厄災の根源が、帝都から一掃されたのは、秋だったが、その後の処理でお父さまとお祖父さまが西都に戻って来られたのは、年も押し迫った頃だった。


 そして、無事に年が明け、新年二日目に西都の嘉承公爵家に、華麗な水引細工で飾られた、ぶ厚い封筒が帝都から届けられた。今、それを新年の挨拶に集まった四侯爵家と凝視しているところだ。西都の公家は、元日は初詣の後は、出かけずに家族だけで過ごし、二日目に親族と挨拶を交わし、三日目にそれ以外に付き合いのある家を訪問したり、されたりというのが慣例だ。御年賀でも、魔力持ちの家では、もちろん稲荷屋のお菓子が選ばれる。うちが、他の家と違うのは、二日目に親族ではなく、側近の四侯爵家が来るところかな。明日には残りの嘉承一門の十三家が挨拶に来る。今日は、瑞祥にも、あちらの四侯爵が来ているので、お父さまは、お祖母さまやお母さまと一緒に、ご自分の御屋敷にいらっしゃる。私は、普段は、瑞祥で寝起きしているけど、一応、嘉承の嫡男なのでこっちにいる。専用の家人がいない嘉承家は、牧田が朝から大忙しだ。


「何か面倒くさい匂いがするな」


 父様が、新年早々、眉間にしわを寄せながら言った。水引細工が、金色の見事な菊の花で出来ていたからだ。このモチーフの使用を許されているのは、曙光帝国の中でも、あのやんごとないご家族だけだ。


「ふーちゃん宛てだから、お年玉じゃないの?」

「甘いな、織比古。相手は曙光皇帝だぞ」


 織比古おじさまが、お屠蘇で若干赤くなった顔で、陽気に言うと、享護おじさまが顔を顰めて否定した。そうなんだよね。皇帝の使者が、年明け二日目に嘉承と瑞祥に新年の寿ぎに遣わされるのは恒例だけど、使者の人が、挨拶のあと、この水引細工で飾られた分厚い封筒をお父さまに預けていったらしい。父様でなく、お父さまというのが、向こうも我が家の事情を心得ておられるようだ。


「とりあえず、開けてみろよ」


 お祖父さまが、面白そうに仰るので、皆の視線が集まる中、恐る恐る水引細工を外して、封筒を開けてみると、また封筒があって「菓子代」と書かれていた。


「お菓子代だって」

「ああ、あれか。陛下がお前に菓子代を送るって仰ってただろう」


 そうだった。あの曙光玉1600個を引き取って下さいってお願いしたら、強引にお菓子代に挿げ替えられて好きなものを買いなさいって話になったんだったよ。


「陛下、覚えていらしたんだ」

「そりゃ、天下の曙光皇帝が、子供との約束を反故ほごにしたら、外聞を憚るわな」


 お祖父さまが、にやにやしながら、佳比古おじいさまの御酌で、お屠蘇を美味しそうに飲まれた。うちとしては、もう先帝陛下から、お祖母さまのサンルームの建て替え費用を出して頂いているので、十分過ぎるほどのご厚意を賜っているんだけどな。菓子代と書かれた内封筒の中を開けて見てみる。


「牧田―――――――――――っ」


 思わず、叫んで牧田を呼んでしまった。牧田が、いつものように、直ぐに来てくれたので、封筒とテーブルの上にあった水引細工ごと引き取ってもらった。


「牧田、陛下からお菓子代を頂いたから、これ、稲荷屋の請求書の清算に使って」

「かしこまりました」


 封筒の後ろに五百万円という恐ろしい金額が書かれていた。


「何で五百万円も?五百円のつもりが、侍従が間違えちゃったとか」

「アホか。五百円で、あの水引なわけがないだろ。しかし、五百万もくれたか。ふー、お前、気に入られたな」


 父様も、お酒が入ってご陽気だ。水引と封筒をきれいに元に戻そうとしていた牧田が、私の前に折りたたまれた紙を渡してきた。


「若様、お手紙が入っていましたよ」

「お手紙?年賀状かな?」

「果たし状じゃね?」


 ぎゃははははは、と酔っ払い達は、何がおかしいのか、大笑いだ。新年早々、果たし状をもらう七歳児がどこにいるんだよ。


「・・・ここにいたよ。ほんとに、果たし状だ」


 うひゃひゃひゃー、と大人たちは訳の分からない笑い方をして、テーブルをばんばん叩いて大喜びだ。


「ねぇ、聞いてる?果たし状だよ」

「帝都のロクでもない貴族を殲滅する千載一遇のチャンスだよ。ふーちゃん、良かったね」


 誠護おじいさまと享護おじさまと真護は大喜びだ。嘉承の狂犬、東条家の三人は、すでにシャドーボクシングを始めている。そもそものところで、東条の奥義は風の剣で、ボクシングじゃないでしょ。何が、「ふーちゃん、良かったね」になるのか訳が分からない。


「盛り上がっているところ悪いけど、東条の出番はないよ。私と喜代水の十六羅漢に、陰陽寮の陰陽師達が挑みたいんだって。松の内が終わる土曜日に御前試合を申し込まれた」


 は?

 大人たちが一気に正気に戻った。


「十六羅漢の相手は、今の陰陽師達には無理だな。特に上位になると敦人の側近の四人でも手こずるくらいだしな」


 お祖父さまの言葉に驚いた。え、十六羅漢、そんなに強いの?


「いくら御前でも聞き捨てならないですよ。私達が、坊主や僧兵ごときに遅れをとるはずがありません」


 いつも冷静な北条家の時影おじさまが、珍しくお祖父さまに食ってかかった。あれは、時影おじさまも酔ってるな。


「久しぶりに試合、申し込もうよ」


 四人の中で一番温厚なはずの南条の織比古おじさままでもが、体を乗り出した。これも酔っ払い。


「敦ちゃん、許可してよ」


 享護おじさまは、もう目がキラキラしている。いやいやいや、おじさま達、陰陽師に挑まれているのは、私と喜代水の十六羅漢だよ。何でおじさま達が十六羅漢に試合を申し込むという話になるの。酔っ払いは、これだから困るよ。お父さまがいらっしゃないと、この家は支離滅裂だ。


「そうだなぁ、陰陽師どもが相手となると、賀茂や土御門はともかく、あとは、イジメにしかならんくらい戦力差があるからなぁ。お前ら、助っ人で入るか?」


 父様が言うと、「やったーっ!」とおじさま達が、子供のように大喜びした。


「牧田、喜代水と内裏に連絡、頼むわ」


 父様に牧田が静かに頷いて食堂から退出した。


「ちょっと待ってよ。おじさま達、私のチームと対峙するんだよ、分かってる?」


 ハイタッチをしては、お屠蘇を飲み干す困った大人達に、あんまり分かってなさそうな雰囲気を感じた。その横で真護は、相変わらずシャドーボクシングだ。真護、お前は試合には出ないよ。


 新年早々、何だか、とんでもないことになっちゃったよ。すぐに真護を家に帰して、大はしゃぎの10人の酔っ払いを放置して、瑞祥の御屋敷に疎開させてもらうことにした。瑞祥家では、新築されたサンルームで、お父さまの側近の四侯爵と先代の四侯爵が集まっていた。サンルームというより、西都にある植物園も顔負けの見事なガラスのドームだ。帝都から帰省している双子の叔父様たちや、お兄さま達もいらして、優雅な立食形式の昼食会。そこは、まったくの別世界だった。何かが明らかにおかしい。父様とお父さまは実の兄弟のはずなんだけどな。


「ふーちゃん、こっちに来てくれたの?」


 お父さまが嬉しそうなお顔で手を振って下さったので、そそくさとお側に寄る。


「嘉承の酔っ払いが変なこと言い出すから、瑞祥で疎開させて」


 お父さまに言いつけてやる。皆、まとめて新年早々、瑞祥の笑顔でお父さまに説教されたらいいんだよ。瑞祥一族というのは、揃いも揃って、上品で雅な集団なので、子豚が紛れ込むと目立つんだよね。皆が、お父さまと私の周りに集まって来た。


「ふーちゃん、変なことって何かしら?」


 しまった。お祖母さまの御耳に入っちゃったよ。


「お祖母さま、ごきげんよう。あの、実は、皇帝陛下から、松の内の終わる前の土曜日に、御前試合のご依頼を頂きまして」


 お祖母様にご説明申し上げていると、双子の叔父様達が、そっくりな顔で、にっこりしながら爆弾を投下した。


「ああ、それ、僕たちの提案だよ」


 はあああああ?


「ほら、せっかくふーちゃんが内裏で大活躍したっていうのに、兄様が教えてくれなかったから、見逃しちゃったでしょ。東宮殿下が【魔鏡】で見せて下さったんだけど、やっぱり実物が見たいよね」

「そう、それで、ふーちゃんの下に喜代水の五百羅漢がついたって聞いて、それなら、陰陽師たちとの御前試合が面白いんじゃないかって、陛下にご提案申し上げたんだよ」


 悠人叔父様と遥人叔父様が、ニコニコしながら教えて下さったが、七歳児の甥を戦わせる叔父がどこにいるよ。ここにいるけどさ!しかも二人も!同じ顔をしたのが!


「それで、ふーちゃんはお受けするの?」


 お父さまが心配そうに訊いて下さった。まともな反応は、お父さまだけだよ。


「お受けするも何も、もう父様が牧田に内裏と喜代水に連絡しろって言っちゃったよ。陰陽師と十六羅漢じゃ、実力差があるからって嘉承の四侯爵が助っ人で入ることになったし」


 瑞祥の先代と当代の侯爵達が気の毒そうに私を見た。うん、この人たちもまともだ。やっぱり主君の差か。


「まぁ。嘉承の四侯爵が入って、陰陽師と喜代水の御前試合。何だか、おもしろそうだこと。わたくしも観戦に誘って頂けるように伯父様と祥ちゃんにお願いしなくてはね」


 お祖母さまが、ぽんと両手を合わせて、嬉しそうなお顔をされたので、全てが決まった。もう誰も、この試合の開催に難癖をつけられない。異議を唱えようものなら、お祖母さまの伯父様であらせられる先帝陛下と、従弟の祥ちゃんこと今上陛下を相手にすることになる。謀反の疑いで引っ張られちゃうよね。まぁ、その前に、嘉承の魔王と冥王に、文字通り消し炭にされると思うけど。


「大姫様、わたくしどもも是非ともご一緒させてください」


 去年、ドクター滝川と高村愛の弁護を引き受けた、先代の一条侯爵がお祖母さまに頼むと、皆が期待に満ちた目でお祖母さまを見つめた。


「そうね。それでは、皆で参りましょう。明日、瑞祥十三家も来るから、あの子達も全員誘ってあげましょう」


 いやいや、お祖母さま、何か話が広がってるし。


「お祖母さま、それなら霊泉家もお誘いしませんか。ふーちゃんは、先代伯爵のお気に入りですし」


 瑞祥家嫡男の理人りひとお兄様が、更に話を広げる。霊泉先生には確かに可愛がって頂いているけど、私に何かあれば、先生の御命に関わるというのに、御前試合なんかご覧になりたいわけがないよ。


「そうね。喜ぶと思うわ」


 お祖母さま、それだと先生は究極の〇ゾみたいじゃないですか。


「頼子姉様と東久迩のお姉さまも来たがるんじゃないかな」


 遥人はるとおじさまが、余計なことを仰った。あの二人はダメだって。


「そりゃそうだよ。喜代水の五百羅漢の最高位は、姉様の夫だし、親友の東久迩のお姉さまは、今では、ふーちゃんの学園長先生だもんね」


 悠人ゆうとおじさまが、更に余計なことを仰った。さすがは双子、嫌な連携プレーが見事だな。


「それでは、14日は瑞祥が一族をあげて、ふーちゃんの応援に行きますよ。嘉承の四侯爵と言えども苦戦するのではないかしら。うふふふ」


 お祖母さまの言葉に呼応するように、私の頭の中でチーンと、喜代水寺のおりんがなった。



 新年早々、詰んだよ・・・。

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