第6話 東風吹かば、狙うは南風だよ

「土の制御の特訓をしてくれた先生をボコるのは申し訳ないけど」

「まだまだ弟子に負けるつもりはないよ」

「一回、負けてるじゃないですか」

「あの時は、魔力変換器官を傷めていたうえに、北条家で色々と魔力を使った後で、ふーちゃんのお家の魔王サマに強制召喚されたから、ガタガタだったんだよ」


 そう言いながら、土御門さんが両手を合わせて魔力を錬成し始めた。ぼこりと土が盛り上がると、むくむくと形を取り始め、大きなネコ科の生き物になった。


「虎だ。すごい綺麗」

「ありがとう。昔からゴーレム作りは得意なんだよ」


 くやしいけど、土御門さんの大きな虎は、しゅっとしていてカッコいい。目ももちろん石英で、綺麗な緑色をしている。ぽてぽてと二足歩行で歩くぽっちゃりキジ猫と、緑色の目をしたカッコいい虎が対峙すると、ちょっと私とにゃんころが可哀そうになる。


「きゃあああ、晴明さま、頑張ってー。そんな醜いブタ猫なんて、早くやっつけちゃって下さーい」


 土御門さんのファンクラブのお姉さんたちの声援が耳に痛い。ブタ猫じゃないもん。にゃんころだもん。


「ふーちゃん、危ないっ!」


 私が凹みそうになっていると、文福叔父様の声が飛んだ。にゃんころとわんころ二体に意識を向けていた私の本体に、葉月さんと播磨さんが迫っていた。


 ガキン。


 本体に意識を戻した私の目の前で銀色の何かが現れ、二人の陰陽師を弾き飛ばした。地面に叩きつけられた二人は完全に意識を失っているのが遠目にも分かった。


 ピピーッ。悠人叔父様が笛を吹いて、試合中断。例によって、レスキュー部隊が現れた。その隙に私の横に立った人を見ると、土山さんと同じくらい背の高い人だった。


「二位、待ってましたーっ」


 妖さん達が、闘技場の真ん中から、旗の真下にいる私達の方に向かって叫んだ。やっぱり二位さんだった。


 ピピーッとまた笛が聞こえた。試合再開かと思ったら、前半戦の終了で十五分休憩に入るという指示だった。


 ぞろぞろと休憩所に向かう私達に比べ、陰陽師チームは、賀茂さんと土御門さんと三侯爵の五人しか残っていなかった。


 休憩所には、飲み物と小さな見た目の良いお菓子しか置かれていないので、リュックから稲荷屋の大判どら焼きを取り出して、皆にも配ってみた。牧田が詰めてくれたお菓子は、稲荷屋のどら焼きと、ヴォルぺのフィナンシェ、どちらも魔力持ちの家に納品される特別仕様なので、サイズも大きいし、どら焼きは黒糖、フィナンシェはバターと蜂蜜の風味がいい仕事をしていて、食べ応えがあるんだよ。


「ああ、やっぱりお見えですか。ふーちゃんがいるから、絶対にいらっしゃると思っていましたけどね」


 文福叔父様が、嬉しそうに二位さんに声を掛けたが、二位さんは完全無視で、ごそごそと何かをしている。気のせいか、他の妖さんたちは、遠巻きに見ている。これは、妖力なのかな。さっきから、魔力ではない、やけに濃い強い力を感じるんだよね。これが妖力なら、二位さんは妖で、その力は段違いだ。魔力持ちを何百人も襲って牛鬼に進化していた麻生でさえ、足元にも及ばないだろう。叔父様以外の十六羅漢は、気軽に傍に寄れないほどに畏敬の念を持っているみたいだ。


 くるりと二位さんが振り向くと、その手にはティーカップがあった。フィナンシェを食べている私の前に、すっと差し出された。お茶を淹れてくれていたのか。


「ありがとう」


 フィナンシェは美味しいけど、飲み物がないと喉に詰まりそうになるからね。絶妙のタイミングだよ。二位さんの淹れてくれたお茶は、私の好きなアッサムに、たっぷりの無調整の、脂肪分がお高めのミルクが入っていた。美味い!


 フィナンシェを平らげて、どら焼きに手を出すと、ティーカップが下げられ、今度は緑茶の入った湯呑が手渡された。妖が面倒見がいいというのは聞いたけど、この人、めちゃくちゃお世話好きみたいだ。一体、何の妖かと興味はそそられるんだけど、フードのついた長いローブを着ているから、顔も体もよく見えなくて、背が高い面倒見のいい、強大な力を持った妖ということしか分からない。よし、ここは、良い子の基本。ちょっと遅い気もするけど、ご挨拶だ。


「ごきげんよう。嘉承不比人です。さっきは危ないところを有難うございました」


 ぺこりと頭を下げると、二位さんは何も言わずに同じように頭下げてくれた。あ、そうか。妖が全て人の言葉を発するとは限らないんだ。でも、私の言うことは分かってくれているみたいだ。


「喜代水の皆さん、あと三分で休憩時間が終わりますよ。闘技場に戻って下さい」


 内務省の職員さんが休憩時間の終了を知らせに来てくれた。手にしていたどら焼きを、急いで食べて、お茶で流し込んだ。よし、これで魔力が完全に戻ったよ。


「ふーちゃんのその体質、いいよねぇ」


 叔父様が、先が無くなった錫杖を寂しそうに見ながら、ぼそっと仰った。うーん。叔父様にはお世話になっているし、火伏の魔力も分けて頂いていることだし、サービスしとくか。


「叔父様、私の土人形で良ければ、応急処置で仮の遊環をつけるよ」

「ほんと?じゃあ、ぜひともお願いしたい。先に遊環の蛇がいないと、何かバランスが悪くてね。北条侯爵って、日がな一日屋内で籠って研究しているくせに、やたらタフなお人だからね」


 叔父様が錫杖を渡してくれたので、金色の蛇が自分の尻尾に喰らいついていた元の遊環を思い出して成形する。妖の皆が面白がって周りに集まってきた。


「はい、これでどうかな」


 叔父様に錫杖を返すと、叔父様が、軽く錫杖を振った。


「うん、いい重さだ。ありがとう。ふーちゃん、魔力錬成の速度と精度が上がったね」


 傍にいた妖さん達が、「ふーちゃん、すごい!」と、楽しそうに拍手してくれた。オリジナルより、ちょっとだけ、ぽちゃっとした蛇なのは、お愛嬌だ。


「じゃあ、行こうか」


 私が皆に声をかけ、闘技場に向かおうとすると、二位さんにガシッと肩を捕まれた。


「何ですか」


 私の質問には、もちろん二位さんは答えずに、素早く、西都公達学園初等科の萌黄色のリボンを結び直し、髪の毛も整えてくれた。あ、身だしなみか。


「ありがとう」


 私と二位さんのやりとりと見て、皆も慌てて髪や服装を整えた。何か、妖さん達って、面白くて可愛いな。嘉承の四侯爵と一緒にいる時くらい気が置けなくて、居心地がいいかも。


 闘技場に戻ると、五人は既に賀茂さんの旗の元で何かを話し合っていた。どうせ悪だくみだよ。またあんな龍が出てきたら、面倒だなぁ。土御門さんの虎は、土御門さんの足元で眠っている。私も、もっちゃん達三体は放置したままだ。消すと、また魔力錬成をし直さないといけないから、魔力がもったいないからね。


「それでは、皆様、後半戦を始めます」


 宰相の声に、闘技場にいる全員の魔力と妖力が錬成されていき、空気が揺らめいて見えるほどだ。ここにいるのは強者ばかりだから、魔力も妖力も酔うほどに強くて濃密だ。その中でも人一倍強大な魔力を錬成しているのが、享護おじさまだ。ぎりぎりとこちらを睨んでいる。


 え、私?

 ・・・な訳ないか。享護おじさまが睨んでいるのは、私の隣に立つ二位さんだ。ヤバいって。あの顔つきと魔力の強さは危ないよ。何を考えているの、享護おじさま。


「ものすごい魔力と妖力が練られています。見ているだけで、酔いそうですね、賀茂さん」

「そうですね。特に東条侯爵の魔力には鳥肌が立ちますね。こちらは瑞祥公爵の結界で守られていますが、闘技場にいると倒れますね」

「何と、それほどですか」

「東条家が嘉承の狂犬と言われる所以を見ることになるかもしれませんね。あの魔力の錬成は尋常じゃないですよ」


 賀茂さんのお父上は、すごいな。お父さまの結界の中から、そこまで視ているんだ。さすがは、陰陽頭だった人だ。


「ふふっ」


 フードの下の二位さんの口から、楽しそうな笑いが漏れた。この人、享護おじさまに、あれだけの魔力を見せつけられて喜んでいる?いやいや、いくら妖の猛者といえども、東条の魔力は軽んじない方がいいよ。


 こそこそと【風壁】を練っていると、ぽんと大きな手が私の頭に置かれた。見上げると二位さんが、首を横に振っていた。


「えっと、【風壁】要らないってこと?」


 そう言うと頷かれたので、理解は正しかったようだ。


「ふーちゃん、僕たちもそろそろ始めようよ」


 土御門さんが、綺麗な虎を従て、前に出て来た。会場の女性陣のスマホがびかびかと光って、目に痛いって。


「レフリー、一旦、中断です。皆様、どうぞ撮影はご遠慮ください。戦闘の妨げになりますので」


 宰相がまともなことを言ったのに、女性陣からブーイングが起きた。


「相変わらず、宰相は女性からの支持率が低いねぇ」


 南条の織比古おじさまが苦笑しながら、【遠見】で会場に呼びかけた。


「皆さん、この様子は、後で配信されますから、土御門君の勇姿を見逃す心配はありませんよ。カメラのフラッシュは、目に痛いので、どうかご勘弁頂けませんか」


 土御門さんのファン層より若干年齢が高めのお姉さんたちから、「オリー!」という叫び声と共に、大きな拍手が起こった。「是」ということだ。オリー、西都では、しょっちゅう弾き飛ばされて行方不明になっている残念なおじさんなのに、帝都では男女問わず大人気だな。美形のイケオジだし、人柄も温厚で、誰にも優しいからだね。


「若様―っ、がんばれーっ」


 うん、私には、安定の妖人気があるから、寂しくなんかないよ。・・・小僧さんたち、また増えてないか。


「それじゃあ、再開します。始め!」


 ピッとレフリーの笛が聞こえた途端に土御門さんの虎が、咆哮した。きゃあああと、それを軽く凌駕する声援が上がり、さすがの土御門さんもげっそりとした顔をした。何だよ、お姉さん達に応援されて、そんな顔するなんて。私なんか、妖の小僧さんくらいしか声援を送ってもらえないってのに。


「うにゃああああん!」


 にゃんころが、私の意志を受けて、雄たけびを上げたが、にゃんこなので、全く迫力がない。


「若様―っ。ドンマイーっ」


 いや、小僧さんたち、そこでおかしなフォローが入ると余計に切なくなるから。・・・え、この数秒で、また、増えてる?


「土御門君、賀茂君、ふーちゃんのゴーレム操作はえげつないから、気をつけろ。完全四属性は伊達じゃない」


 時影おじさまが叫んだ直後に、文福叔父様の錫杖が、【火扇】を持つおじさまの手を狙った。


「くそっ。茶釜の方がもっとえげつなかったか」


 後方に飛んで、間一髪で錫杖から間を取って躱した時影おじさまに、文福叔父様がにやりと笑った。


「お褒めに預かり光栄です、北条先輩」


 叔父様、普段の僧侶の落ち着いたイメージをかなぐり捨てて、完全にブラック文福モード全開だよ。そして、そのまま、錫杖と扇の激しい打ち合いが再開された。


「喜代水十四羅漢、南条に総攻撃!」


 さぁ、本気を見せるよ。

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