第17話 東久迩先生
「それで、何で二条なんです?土でしたら、先生も、ご実家だけは、名門中の名門ではないですか」
岩倉の大姫が広げた扇子の後ろから、先生に訊いた。ご実家だけはって・・・、大姫、容赦がないな。先生がゴホゴホと咳をして話が出来ないようなので、私が代わりに答える。
「四条は、魔力量で押すタイプなんだよ。大きくて強い魔法は得意なんだけど、緻密で繊細な動きとなると二条なんだって。霊泉先生がそう仰ってた。風で言うと、東条でなくて南条か小野、火だと西条でなくて北条、水だと三条でなくて一条とか賀茂とか霊泉って言えば分かる?」
私がそう説明すると、集まっていた魔力持ちのクラスメイトは全員が「ああ、なるほど」「めちゃくちゃ納得」と感想を漏らした。私も、東条や西条でなくて、南条と北条と言われた時に、ピンときたからね。さすがに霊泉先生の説明だよ。怖くて口に出せないが、東久迩先生は、力で押し込む土の魔力持ちの代表だ。四条先生が立ち直ったようだけど、余計なことは言わないでよ。
「基礎は、家族に教えてもらうことが一番いいんだが、その次にいいのは、鞍作君の着袴で魔力を測定した陰陽師に魔力の型を訊いて、それに近い魔力持ちを紹介してもらうことだな。鞍作君のような魔力持ちは、二条侯爵家のような技巧派の、簡単に言うと、やたらと器用な魔力持ちに習うのがいいんだよな。ああ、その点で言うと、瑞祥の二の君もそうだな」
「先生、真人兄様は無理だと思います。最近、陰陽寮の賀茂さんや土御門さんと交流が出来て、気づいたんですけど、瑞祥も嘉承も教えるのが、めちゃくちゃ下手なんです」
「陰陽師は、皆、陰陽大学で魔力理論を叩きこまれるから、基礎を教わるのは理想だよな。瑞祥と嘉承が教えるのが下手なのは、仕方がないと思うぞ。天才と秀才のどちらが良い教師になるかというと、間違いなく後者だろう。それと同じだ」
先生がそう言うと、皆が、「ああ、そうかも」と納得したように、口々に感想を述べ始めた。魔力のない一般家庭の子達も、さすがに西都育ちだけあって、「なるほど~」と会話に入っている。蚊帳の外のような顔をしているのはトーリ君だけだ。
「着袴で魔力を測定した陰陽師って何ですか」
「ああ、すまん。鞍作は名門の旧家だが、爵位は賜っていなかったな」
魔力持ちは、公家に多いので、公家の子供が五歳になると、陰陽寮から、属性が同じ陰陽師が派遣されて、魔力測定を行い、その詳細が記録される。一般家庭の子供の場合は、七五三の節目で、就学前に二回、魔力の有無の検査を義務付けられていて、各地の神社の神官が執り行う。
神官による検査で魔力があると判断された場合は、神社から陰陽寮に連絡され、改めて陰陽師による魔力測定が行われることになる。つまり、曙光帝国の全ての魔力持ちは、その存在を陰陽寮に記録されなくてはならない。これは、魔力暴走や闇落ちを対策する目的のためなので、陰陽寮の一番重要な仕事だ。鞍作家は、公家ではないので、地元の神社の神官が七五三の時に、トーリ君の魔力の有無をチェックしているはずだ。そして、トーリ君には明らかに魔力があるので、就学前に陰陽師に会っていなくてはいけないのに・・・。
「陰陽寮の皆さんは、まだまだ忙しそうだが、もしも、土御門さんが西都に来ることがあったら、鞍作君に最適な魔力の錬成方法を教えてもらえるといいな。ま、その前に何はなくとも制御だな。ふーちゃん、二条家に口を利いてあげたらどうかな」
「はい。トーリ君さえ良ければ、二条家にも土御門さんにも喜んで連絡させてもらうから」
私がそう言うと、四条先生は、自分のことのように喜んでくれた。
「良かったなぁ。二条侯爵家は、土の魔力操作では、有名な技巧派の魔力持ちだから、鞍作君の魔力には合うと思うぞ」
先生は、実の妹と西都の姫の会の主宰者からは蛇蝎のごとく嫌われているが、基本的には善人だ。教え子には、いつも親身になってくれる良い先生だと思う。
「本能と狂気で土を操作する百鬼夜行の魔力持ちに習うよりは、数倍、平和で建設的な魔力操作が出来るようにな・・・ぎゃあああああっ」
でも、先生は学習しないんだな。瞬間、先生の足元だけに底なし沼が現れ、ゴボゴボと地中に吸い込まれていく。そして、先生の頭が完全に消えて数十秒経つと、東久迩学園長先生が教室に現れ、「皆さん、しばらく自習していて下さいね」と麗しい笑顔で告げた。
クラスの女子は、東久迩先生の信者なので、「はい!」と良い子の返事をして、男子は、無言で、そそくさと席についた。出遅れたのは、事情が把握できていないトーリ君だけだった。
「トーリ君、席について!」
私がトーリ君の腕を後ろから引っ張り強引に着席してもらおうとすると、東久迩先生のハイヒールのコツコツという足音が近づいて来た。
「あなた、南都から転校してきた鞍作君ね。クラスには馴染めた?」
トーリ君、危ない。東久迩先生と目を合わせちゃダメだよ。百鬼夜行の姫と目を合わせると石化の呪いがかかるって父様達が言ってたから。真っ赤な嘘だけど、先生を前にすると、妙に信憑性があるんだよ。現に私の体はもうガチガチだ。
「はい」
トーリ君が先生に返事をすると、先生がトーリ君が抱えている黒にゃんこに気がついた。「うにぃ」と、にゃんころが怯えてトーリ君に抱きついた。
「嘉承の君、土人形で遊ぶのは放課後にしなさい」
「はい、すみませんでした」
慌てて魔力を解除して、にゃんころを消した。
「えっ?」
抱きついていた黒にゃんこが消えたので、トーリ君が驚いて、その後、すぐに悲しそうな顔になった。
「トーリ君、魔力を解消しただけだから。同じものを放課後に出すよ」
「でも、全く同じものじゃないだろ」
全く同じかと訊かれると、どうなんだろう。私は、まだ制御が下手だから、同じように見えるにゃんころでも、魔力量とか質まで問われると、全く同じではないよね。私は同じ黒い仔猫を出すつもりだけど、実は違う土人形になるのかな。
「全く同じとは言えないかもだけど・・・」
「じゃあ、あの仔猫は、もう消されて、存在しないってことだよな」
いやいや、トーリ君、仔猫を消したとか言われちゃうと、私がまるで、血も涙もない人非人のようで、めちゃくちゃ居心地が悪いんですけど。
「鞍作君、嘉承の君の猫でしたら、放課後に出してもらっても同じ猫が出て来ると思いますわよ」
東久迩先生の言葉に、土の魔力持ちの土曜クラブのメンバーが頷いた。
「土人形と一括りにされていますが、実際には、色んなパターンがあるんです。さっきの猫は、まだ魔力が嘉承の君から供給されていましたから、簡単に言うと、嘉承の君の分身なんです。だから、嘉承の君が作成して、魔力で繋がっている限りは、猫の形をとって出てこようが、犬で出てこようが、同じですわね」
「確かに、いつも出てくる猫ちゃんたち、どう見ても所作が嘉承の君ですわ」
岩倉の大姫が、所作と言ってくれた。本当は体形って思ってるだろうに、そこは公家の情けか。
「にゃんころも、わんころも、ぱんころも、全部ふーちゃんっぽいんだよね」
「くーちゃんと、つっちーもな」
明楽君、正式名称でトドメを刺してくれてありがとう。真護、ツチノコつっちーじゃなくて、あれは、龍のりゅう君だから。
「魔力供給を絶って、本当の人形になれば、もちろん同じ猫でも、貴方の解釈通りで、違うものといえるでしょう。貴方のその感受性や、着眼点は、素晴らしいと思いますわ」
そう言って、東久迩先生が、にっこりと笑った。
・・・怖い。めちゃくちゃ怖いよ。悪い予感しかしない。
「それでは、皆さん、そのまま自習を続けてくださいね。鞍作君、嘉承の君、あなた達は学園長室まで来て頂けるかしら」
ほら、来た。予感的中。西都の姫が微笑むと、絶対にロクなことにならない。
これは、都市伝説でも何でもない。まぎれもない恐ろしい真実だ。
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