第16話 西都の姫の会

 結局、昨日は、楽器の練習が出来ず、三人で音楽会の日まで、毎日一緒にうちで練習すると決めて二人は帰った。


「ふーちゃん、おはよ。あれから、明楽君と鞍作君と楽器の練習したの?」


 朝の通学路を、少し痩せたとは言え、まだぽっちゃりな体で、ぽてぽてと歩いていると、真護が後ろから話しかけてきた。


「真護、おはよう。叔父様と西都大学の先生たちのおかげで、予定が狂いまくり。何にも出来なかったよ。真護は?」

「昨日は、水瀬の大姫がピアノを弾いてくれて、蝶々と花の皆と歌の練習の予定だったんだけど、歌詞なんか無いんだよ。皆でハミングするだけ。やっぱり、四条先生のセンスは変だよ」


 蝶と花は十人だったかな。それと真護でひたすらハミングか。ちょっと笑える。


「それで、姫達が先生に抗議するんだって。彰人先生の前で恥をかかすなって」

「四条先生って、老若問わず、西都の姫達と相性が悪いよね」

「それは、ふーちゃんと僕も同じじゃない?」


 それは、そうなんだけどさ。そんなこと言ったら、うちのお祖父さまとか父様とか、嘉承の四侯爵とか、皆、相性は良くないよ。


「まぁ、西都の姫だから」

「そうそう。西都の姫だしね」


 この辺は、西都の公卿の嗜み、深く詮索したら負けだ。藪をつついて蛇を出してはいけない。特に西都の藪には毒蛇や大蛇が紛れ込んでいる。


「ふーちゃん、真護君、おはよう」


 教室に入ると、明楽君が、いつもの豆柴の笑顔で迎えてくれた。


「おはよう、明楽君、トーリ君」

「おはよ」


 私の挨拶をトーリ君がぼそりと返してくれたので、真護が衝撃を受けた。


「鞍作君が反応した」


 真護、気持ちは分かるけど、失礼だって。真護はトーリ君が転校してきてから、毎日にように話しかけて撃沈していたからね。真護の顔を見て、明楽君は大笑いしている。


「ふーちゃん、あの猫、出せるか」

「にゃんころのこと?出せるよ。何がいいの?アビシニアンは見たことがないから出ないけど」

「黒猫がいい。昨日見せてもらったような金目のやつ」


 はいはい、黒猫くらいならお安い御用だよ。ぽんっと出してトーリ君に黒い仔猫を渡す。


「あははは。やっぱり、ぽちゃっとしてて可愛いなぁ」


 トーリ君は、猫好きなのか、ぽちゃ好きなのか悩ましいところだけど、楽しそうなので何よりだ。


「ふーちゃん、俺、これもらっていいか。ちょっと試したいことがあるんだ」

「うん、いいよ。あげる。何を試すの?」

「トリみたいなのは無理だけど、俺でも回路が作れないか試したいんだ。釈迦三尊像の修復は無理だけど、応急処置くらいしてやりたいなと思って」


 何と!図画工作が嫌いと自分のことを紹介した鞍作斗利君が、釈迦三尊像の応急処置をしたいと思っている。明楽君も、真護も驚いて、マジマジと三人で見つめると、トーリ君がむすっとして言った。


「お前らが言いたいことは分かってる。俺、黙ってたけど、ふーちゃんとは、かなり違うけど、土の魔力をちょっとだけ持ってるんだ」

「うん、知ってる」


 私がそう言うと、明楽君も真護も、横でこくこくと頷いている。


「え、気づいてたのか?」

「気づくも何も、鞍作君、あなた、全然、制御が出来ていないから、魔力が無駄に洩れていますわよ。もったいないこと」


 突然、岩倉の大姫が後ろから声をかけた。くるりと後ろを振り返ると、大姫が頭を下げた。


「立ち聞きしたようで申し訳ありません。でも、鞍作君の魔力の駄々洩れには、同じ土の者として、思うところがありまして」

「うん、いいよ。私たちの傍に立ってたら聞こえちゃうよね」


 私たちの会話を聞いて、赤い耳をした鞍作君が訊いてきた。


「あの、俺の魔力、駄々洩れって、その、どういうことなんだ。教えてくれ」

「多分、僕と同じだよ。僕もふーちゃんと会った頃は、魔力の制御なんか聞いたことも試したこともなかったから、今のトーリ君みたいだったと思う」


 明楽君の場合は、正確に言うと、お父様の故鷹邑卿の魔力が明楽君の中で明楽君を守っていたから、駄々洩れではなかったけどね。でも、昔の明楽君のように制御を知らないと、自分の感情の起伏に魔力が引っ張られてしまうので、制御を知らない魔力持ちは暴走が怖いんだよ。


「その、今、岩倉さんが言った、もったいないと言うのは?」

「あら、私の名前をご存知でしたの。もったいないというのは、そのままの意味です。そんなに常時魔力を垂れ流していると、大きな魔力が必要になる上位魔法が使えないですわよ。というか、それですと、魔力の発動自体、難しくありませんか」


 岩倉の大姫の言葉にトーリ君が瞠目した。


「俺、そう言うの、考えたことなかったけど、そうだと思う」


 トーリ君が、黒にゃんころを抱えたまま、ぼそりと言って項垂れたので、腕の中のにゃんころが「うにゃ?」と伺うようにトーリ君を見た。


「あのさ、俺も、その制御ってのを覚えたら、魔力が使えるようになって、こういうの、作れるようになるのか」


 そう言って、トーリ君がにゃんころを大姫の前に差し出したので、にゃんころが「てへっ」と笑った。


「それだけの魔力ですから、土人形は間違いなく作れますわね。ふー様の猫のような、人間臭い動きをする土人形になりますと、かなりの訓練と魔力量が必要になりますけど」

「そうなのか。俺でも作れるようになるのか」


 トーリ君が今まで見たこともないほどに、真剣な顔で私と姫を見てきたので、二人で頷いていると、ガラリと教室のドアが開いて、四条先生が入って来た。


「おはよう!どうした、皆で真剣な顔をして。とうとう学園長室を襲撃するのか」


 誰がするか。とうとうって何だよ。


 四条先生は、ほんとに、脇が甘いと言うか、学習しない人だよ。学園長の東久迩先生は土の魔力の名手だ。魔力もめちゃくちゃ強い。土には【潜伏】があるというのは、土の四条なら分かっているだろうに、何で自分の首を自分で絞める愚行を繰り返すかな。


「先生、笑えない冗談はよしてください」


 岩倉の大姫の冷笑で一刀両断されちゃったよ。大姫は間違いなく「あの会」の会員だ。


「鞍作君の魔力の制御について話していたんです」


 明楽君が素直に申告すると、先生が大きく頷いた。


「それな。先生も思っていたんだよな。もったいないなぁって。鞍作君、もしも興味があったら、ふーちゃん経由で彰人様に頼んで、二条侯爵家か、その縁の誰かに基礎だけでも教えて頂けないか訊いてみるといいぞ。お前だと、間違いなく、四条より二条の魔力の使い方が合うぞ」


 どうしたんだろう。今日は、四条先生がまともな大人に見える。


「ふーちゃん、今、失礼なことを考えていないか」


 四条先生が、ジト目で私に訊ねると、集まって来たクラスメイト達が爆笑した。


「先生、家によって魔力の使い方が違うのか、じゃなくて、違うんですか」


 トーリ君だけは、笑うこともなく、どこまでも真剣な顔で先生に質問してきた。


「違うな。正確には、家によってではなく、魔力の質と大きさで、最適な使い方が違うんだが、家族の外見が似るように、魔力も似るからな。例えば、明楽君の家だと、子爵と弟君のお二人、末の君は私の先輩になるんだが、魔力だけで言うと、三人とも見分けがつかないくらい魔力量も質もよく似て・・・」


 先生がそこまで言うと、「げふっ」と謎の声を上げて、お腹を押さえて体を前に倒した。土と水の魔力が動いたから、岩倉の大姫と水瀬の大姫だ。明楽君に気を使って、小野の末の君の話を強制終了してくれたようだけど、手口が荒過ぎるってば。「まぁ、先生、どうされましたの?」と白々しく微笑んでいる、その手の扇には、牡丹の花の紋章が入っていた。


 西都の姫の会、恐るべし。

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