第15話 釈迦三尊像、動く

「そうだ、トーリ君。さっきの話、先生たちにもしてあげてよ」

「ふーちゃんの魔力を釈迦三尊の中に注入するという話か」


 私達の話を聞くなり、チーム霊泉がいきり立った。


「何言ってるの?ダメだよ、そんなことしちゃ」

「始祖様の魔力と混じってしまうじゃないか」

「始祖様の魔力は帝国最大の発見なんだから」


 思わず後ずさりしてしまう私に、更に詰め寄る歴史オタク集団。怖いって。


「全員、落ち着きなさい。我々の意図を知っているふーちゃんが、そんな分別のないことをするわけがないだろう。ちゃんと話を最後まで聞いてから発言しなさい」


 霊泉先生の鶴の一声で、皆、落ち着いたが、お祖父さまは、むすっとしたお顔だ。


「お前ら、俺の前で、うちの孫に詰め寄るなんざ、いい度胸だな。不比等のものは、全部、不比人のものなんだよ。何をしてもお前らには関係ないだろうが。蔵の調査も、完全にこっちの厚意だろうが。つけあがってんじゃねーぞ、青二才どもが」


 そして、少し間を取って、いつものアレが出た。


「纏めて焼かれたいのか」


 出たよ、伝家の宝刀。まるで刀を鞘から抜いた山賊の親分のように立つお祖父さまに、チーム霊泉は、先生以外、全員青ざめ、ガクガクと震え出してしまった。それにしても、不比等のものは不比人のものなんて、初めて聞いたよ。今は、当主の父様のものなんじゃないの?


「長人、嘉承の四侯爵相手じゃないんだから、焼くとか言わないでくれ。うちの研究室の連中は自業自得だが、子供たちが怯えるじゃないか」

「どこの子供が怯えるって?」


 お祖父さまが、器用に片眉だけを上げて、先生に訊いた。これ、父様もよくやるんだよ。私もやりたい。


 霊泉先生が、お祖父さまの視線を辿って、後ろを振り向くと、目を輝かせてわくわくしている明楽君がいた。


「・・・あんまり怯えてないな」


 先生、ドンマイ。明楽君は、お祖父さまや父様の無双ぶりが大好きで、特に自分にはない、圧倒的な攻撃力を持つ火の魔力に憧れている節があるからね。


「えーと、トーリ君の話では、不比等の魔力に干渉せずに、私の魔力を釈迦三尊像に注入することが出来るそうなんです」


 私が先生の後ろから、チーム霊泉に向かって言うと、「おおおおっ」と、どよめきが広がった。立ち直りが早いな。何と言うか、西都大学歴史学科、纏めてこんなので大丈夫なのかな。


「トーリ君、どういうことなの。もっと詳しく!」


 だから、子供に詰め寄らないでってば!学習しない学者集団。


「そういう作りの回路なんだよ。おっちゃん達も知っている通り、頭の中の魔水晶は、魔力を溜めておくものだろ。うちの家の仏師が作る回路は、胸に魔力を注入して、それが全体に行き渡って動くんだけど、大きい像や細かい動きが出来るやつだと、必要な魔力量も大きくなるから、予備の魔力庫として魔水晶を入れておくんだ。像の主が変わったことを想定して、魔水晶は取り換えられるし、魔水晶から胸までは一方通行で逆行しないように、【土生らし】の魔力を乗せた弁をつける。これは、トリの時代から変わってない」


 トーリ君の説明を、成田先生はスマホに録音し、助手たちは、恐ろしい勢いでスマホでメモしている。歴史の研究家の割に、スマホは最新機種なんだな。


「だから、胸に注入した魔力は、魔水晶に蓄えられた魔力とは混濁しない。高位の魔力持ちの家から受注されたやつは、その家から魔水晶をもらって埋め込むのが普通だ。うちでは魔水晶は用意できないから。それで、この釈迦三尊には、強すぎる力を持った皇子の魔力に堪えられる特別な魔水晶を、皇帝陛下からトリの孫がお預かりして埋め込んだんだ」


「おおおおおっ」と、またチーム霊泉がどよめいた。いや、もうそれはいいですって。


「トーリ君は、やっぱり、すごいね!」


 明楽君が素直に感心した。ほんど、そうだよ。理路整然とした説明だった。うちの言葉足らずの魔王親子も見習ってほしいくらいだよ。


「いや、そんなんじゃない。全部、爺ちゃんの話の丸暗記だから」


 そう言うと、トーリ君が、またぷいと横を向いた。もちろん、耳は赤い。


「なるほど。ふーちゃんの魔力が弾かれるということはないのか」


 霊泉先生のご懸念はもっともだ。私も、それが一番気になるよ。魔力反発で、仏像が傷んだら本末転倒だもんね。


「弾かれない。釈迦三尊像は、ふーちゃんを見て、名前を呼んでいる。ふーちゃんを所有主として認識している証拠だ」

「そうか」


 霊泉先生が、一言そう仰って、目を閉じて考え込んでしまわれた。待つこと数十秒。


「よし。じゃあ、ふーちゃん、ちょっとやって見せてくれるか」


 いやいや、そんな気軽に言われても、やり方が分からないよ。曙光玉に魔力を注入するのは、着袴の儀でやったから分かるけど。


「お祖父さま、やり方が分からないよ」


 お祖父さまの方を振り返ると、お祖父さまは釈迦三尊像の前で仁王立ちで考え込んでいた。釈迦三尊像が委縮して固まって、普通の仏像になっちゃってるよ。ああいう怖がりなところも、私と相通じるところがあって、情が湧くんだよね。


「付与魔法だろうな。ふーの場合、制御が甘くて無意識で付与していることがほとんどだから、意識的に付与をするのは、逆に難しいかもな」


 そう言うとお祖父さまが、三体の像の胸のあたりをぺたぺたと触り始めた。


「ここか。よし、ふー、俺の手が置かれたあたりを見ながら、【風天】を使って四つの魔力を飛ばしてこい」

「四つの魔力を飛ばすというのが分からないってば」

「四つと考える必要はない。さっき曙光玉を呼び出したように、普通に魔力を放出すれば、お前の場合は、それが四つになる。それをいつものように【風天】で、この辺を狙って、魔力を置いてみろ」

「はぁい」


 イマイチよく分からないけど、考えると負けだ。さっきみたいに魔力を出して、【風天】でぺたっと置いてくればいいんでしょ。魔力を放出するのは、峰守お爺様に教わっているから、ちゃんと出来るんだよ。何も考えていないと四つになるから、風の訓練をするときは、私だけ、四つの色から風の緑青になるまで錬成していくんだけど、四つなら出すだけだもんね。


「それで、これを【風天】で、ぺたっと置くと・・・」


 私の魔力が、すうっと弾かれることなく三体の仏像に吸収された。次の瞬間、ゴトゴトと三体の仏像が揺れたかと思うと、真ん中の釈迦如来像から、ミシミシと軋む音が聞こえた。


「トーリ君、ミシミシいってるよ。大丈夫なのかな」

「古い仏像が動くと、どうしても軋むのはしょうがない」


 そっか。トーリ君がしょうがないって言うんなら、しょうがないよね。もう私の中では仏像関連では、トーリ君への信頼は揺るぎないものになっている。


「ふひとぉ~♪」


 両脇の菩薩像が嬉しそうに体を左右に振った。確かに以前よりも動きがかなりスムーズになっている。多分、さっきの「ふひとぉ」は御礼だな。段々、仏像と意志の疎通が出来ていることが怖いよ。


「ふ~ひ~とぉぉおおおおっ」


 真ん中の釈迦如来が私の名前を、力むように呼ぶと、ガタガタと大きく体を軋ませながら立ち上がろうとした。


「足があったのか」

「デカい!」


 周りが騒然となる中、立ち上がった釈迦如来像は二倍の高さになった。心なしか、三体ともに、神々しく見える。そして、その荘厳で優美な姿は・・・。


 五秒しか持たなかった。


 両脇侍仏は、頭光が落ち、真ん中の釈迦如来も背光が、ずり落ちた反動で、膝から崩れ落ちた。ゴゴゴゴッと大きな音を立てて取れた背光の下敷きになった釈迦如来が、立ち上がろうと藻掻くので、また腕が肩から外れてしまった。


「うぎゃああああっ」

「頭光がーーーっ!」

「背光がーーーーっ!」

「釈迦如来像の腕がーーーーっ!」


 チーム霊泉は、阿鼻叫喚状態だ。


「学者どもが、うるせえ」


 お祖父さまが呆れて天を仰いだ。牧田も困ったように眉毛を八の字にして苦笑している。


「えーと。何か、分からないけど、皆、ごめんね」


 1600年の間、全く魔力が注入されていなかった仏像の回路には、私の魔力は刺激が強すぎたらしく、損傷の激しい部分が耐えきれなかったらしい。


 外れた腕を包帯で巻いて固定していくお祖父さまと、助手を務める牧田に怯えて、ガチガチの硬直状態になっている釈迦三尊像を見ながら誓う。



 鞍作一族の魔力を持った天才仏師を見つける。

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