第14話 鞍作一族
「ふー、お前は妖に好かれ過ぎだ」
「別に意識して妖を呼んでるわけじゃないよ。気がついたら、周りに増えていたというか」
私がお祖父さまに言い返すと、牧田が後ろで苦笑していた。
「嘉承のお爺ちゃん、こんにちは!」
お祖父さまの【風壁】が解除されたので、明楽君が元気な挨拶をした。
「おう。明楽、元気か?」
「うん、元気」
「そっちの坊主は?」
「お祖父さま、私達のクラスメイトの鞍作斗利君だよ」
「ああ、南都の鞍作
「爺ちゃんを知ってるのか」
トーリ君が驚きのあまり声を上げたが、すぐに顔を赤らめた。
「えと、すんません。俺、貴族への口の利き方とか知らなくて」
「そんなもん、お前のジジイも知らんから、気にするな。お前は、クラスメイトの祖父と喋っているだけだ」
お祖父さま、今日も安定の山賊の親分だよ。
庭に出ると、お蔵の前のテントで働いている人達が増えていた。西都大学歴史学科のオタクの皆さん、うちの庭で日々増殖してないか。
「ふーちゃん、ごきげんよう」
霊泉先生の声がしたので振り返ると、ほっかむりに地下足袋のお爺さんが立っていた。
「先生・・・」
私が、普段の知的で上品な老紳士のイメージからかけ離れた御姿に絶句していると、お祖父さまが、にやにやしながら失礼なことを言った。
「牧田、どこかの田植え老人が徘徊して紛れ込んでいるな。すぐに通報してくれ」
霊泉先生に向かって、そんな憎まれ口を叩けるのは、お祖父さまくらいだ。
「やかましいわ。お前は相変わらず、失礼だな。先週から双子が戻ってきているそうじゃないか。元気か」
「おう。戻って来たのは三番目だけだ。末っ子は戻って来なかった」
お祖父さまも、霊泉先生も、ちょっとツンデレの傾向があると思う。仲が悪そうに見えて、実は結構、信頼関係があるんじゃないかな。
「先生、ごきげんよう。クラスメイトの明楽君とトーリ君だよ。トーリ君はね・・・」
「鞍作のところの孫か。大きくなったな」
私が紹介する前に、霊泉先生がトーリ君の苗字を当てた。え、こっちもお知り合い?
「ほっかむりに地下足袋の変なじーさんがいると思ったら、やっぱり霊泉の爺ちゃんかよ」
「変なじーさんとは何だ」
二人の遠慮のないやりとりに、呆気に取られていると、わらわらとチーム霊泉が集まって来た。
「あれ、トーリ君、嘉承の若様と知り合いだったの?」
「あ、おっちゃん達もいたのか」
西都大学の教授や講師も、おっちゃん呼び。トーリ君、何かすごい人脈を持ってない?
先生たちの話では、鞍作一族というのは、曙光帝国の歴史研究家の中で知らない人はモグリだと言われるほどに有名らしい。始祖になる止利仏師の没後、一時は傾いたものの、その孫の代から都の有力貴族の後援を受け、千年以上に渡り、他家の追随を許さないほどの数の仏師、彫刻家、宮大工、建築家など多岐にわたる匠を輩出している名家だそうだ。止利仏師の生きていた時代から現代に至るまでの歴史的価値を持つ像、工芸品、建築などの修復は、価値が高いものほど鞍作一族に依頼するというのが、歴史学者や考古学者、博物館、古物商に至るまで広く認識されている「その筋の常識」らしい。
「名工が集中して仕上げたものには、恐ろしいほどの魔力が込められていることが多くて、それを知らない職人が修復しようとすると、残された魔力が未熟な職人に反発してバラバラに壊れてしまうからね」
霊泉先生より、少し若い感じの成田教授が説明してくれた。
「鞍作一族というのは、【土生らし】という特殊な魔力を持っていて、名工が残した思いを汲み取って昇華することが出来てね。だから、彼らが触れると壊れずに修復が可能なんだよ」
その鞍作一族を取り纏める長老が、トーリ君のお爺様で、帝国随一の腕を持つ天才仏師。名工中の名工らしい。
「釈迦三尊像、トーリ君のお爺様なら、直してもらえそうなのに。もう引退されちゃったんだよね」
残念無念。やたらに人間臭くて、愛嬌のある仏像たちに、もう完全に情が湧いている私としては、何とか元の荘厳な姿に戻したいんだよ。先ずは、あの腕だよね。それに、せっかくの光背も頭光も罅だらけで、ちょっと割れているところもあって切ないことになっている。
「確かに、鞍作老くらいの腕がないと修復は無理だねぇ」
「ましてや曙光玉に始祖様の魔力まで蓄えた一級品だ。しくじると呪物化することもある」
じゅぶつか?・・・今、成田先生と霊泉先生が、怖いことをぺろっと仰った。
「先生、今、聞いちゃいけないことを聞いた気がするんですが」
「ああ、ふーちゃんは怖がりだったな。聞かなかったことにしなさい」
いや、無理だって。しっかり聞いて、がっつり記憶に刻まれましたよ。
それにしてもトーリ君のお爺様以外に腕のいい鞍作一族の仏師、誰かいないのかなぁ。私が絶望的な顔をしていると、お蔵の前でずっと待っていてくれた釈迦三尊像が、「ふひとぉ?」と私の名前を呼んだ。
「ごめんね。時間がかかっても、いつか絶対に直してくれる人を見つけてあげるからね」
私が仏像たちにそう言うと、トーリ君が悔しそうに、きゅっと唇を噛んだ。
「ふーちゃん、さっきの妖の姉ちゃんが持って行った水晶玉、あれ、釈迦三尊の頭の中にあるやつと同じ不比等様がもらったやつだよな」
曙光玉は、あれでも一応は国宝で、特に出処は、上位の公家にも認識されていないはずなんだけどな。
「うん、そうだよ。トーリ君、曙光玉のことは、お爺様に訊いたの?」
「まぁな。まさか、あれが、あんなに沢山あることは知らなかったけど、トリの時代は、仏像に水晶を魔力で研磨して魔水晶にして入れるのは普通だったから」
「トーリ君は、すごいね。仏像のことなら何でも知っているんだ」
明楽君が、くりくりの豆柴の目をきらきらさせながら素直に感心しているので、トーリ君は、また、ぷいと横を向いた。段々、君のパターンが分かって来たよ、トーリ君。
耳、赤いよ。
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