第13話 玉子先生の過去

「えーと、次に何をすればいいの?」

「お前、全部の水晶を呼び出してどうする。この舶来の子と一緒に帰ってもいいと思うやつだけ呼び出せばよかったんだ」


 お祖父さまが興味なさそうに仰った。


「・・・はくらいのこ?」

「コレ・・・こちらのお嬢さんは、元々は曙光帝国の外から来られた方ですから」


 牧田が、溜息をつきながら、お祖父さまの言葉を補足してくれたが、まだよく分からないよ。


「玉ちゃん、もういいんじゃない?完全にバレてるみたいだし」

「はい。銀の一族の方がいらっしゃる時点で、観念してます」


 玉子先生がそう言うと、ゆらゆらと妖力が揺らめき、黒い顔をして丸くて長い灰褐色の尻尾を持つ獣が現れた。黒い顔に白線の入った特徴的なそれは・・・。


「アライグマ!」

「ハクビシンですっ!」


 間違えちゃった。ハクビシンなんて絵本でしか見たことがなかったから、よく分からなかったけど、本当にいるんだ。


「ハクビシンの妖が占い師をしているの?」


 すごいね、西都新聞の雇用の多様性、ダイバーシティの極致だよ。


「はい、あの、私は弱い妖なので、強い妖や魔力持ちを避けるために毎日占っていましたら、それが段々と上達して、よく当たるようになりまして」


 玉子先生が、丸くて長い尻尾を両手で持って、もじもじしながら答えてくれた。


「なるほど、死活問題ですもんね」

「そうなんです。特に熊や虎や狼に会ったりしたら、もう最悪で・・・あっ」


 玉子先生が、顔を青くしたかと思うと、ささっと叔父様の後ろに隠れた。先生、牧田の前で最悪はマズイって。


「えーと、じゃあ、今日は、何でうちに来てくれたの?うちには、魔王がいるのに」

「誰が魔王だ、誰が」


 どう見ても、お祖父さましかいないでしょ。


「はい、あの、どうしても不比人卿に会いたくて。私の一族は、元々、南洋の島に住んでいたのですが、虎が多いところでして、小さい弟達が育つには厳しい環境だったので、家族で北に逃げたんです」


 私の脳裏に、風呂敷包みを抱えて夜逃げするハクビシンの親子が浮かぶ。南洋の島に風呂敷があるのか知らないけど、緑地に白の渦巻きが、ハクビシンの黒い顔によく似合う。玉子先生には可愛い桜模様の風呂敷だな。


「それで隣国まで到着して、そこで落ち着こうとしたんですが、そこには大きな土蜘蛛がいて・・・」


 そこまで言うと、先生の目が涙目になった。え、今、隣国の土蜘蛛って言った?おかしな妄想をしている場合じゃなかったよ。


「弟達が、小さかったので、その・・・」

「玉ちゃん、もういいよ。辛いことは言わなくていいからね」


 叔父様が先生を自分の後ろに隠すと私達に向き合った。


「玉ちゃんの小さい弟たちが蜘蛛の罠にかかっちゃったんだよ。それで玉ちゃんの親御さんたちも助けようとして犠牲になった」

「隣国は、魔力持ちが極端に少ない分、妖が多いからな。弱い妖には地獄のような場所だ」


 お祖父さまがそう言った途端、玉子先生の目からぽろぽろと涙が流れた。


「仇を打ちたくても、私には到底無理な話で。家族がいなくなってしまったので、怖くて、ここまで逃げて来たんです。私、何もせずに、自分だけ逃げて来ちゃったんです。それで、私、ずっと自分が許せなくて、大嫌いで。そしたら、ある日、VousTubeで、私よりも小さい男の子が、牛鬼と戦っているところを観て。ボコボコにしてくれて。それで、あの、私、その子の役に立てるんなら何でもしようと思って、それで、あの・・・」


 そこまで言うと、玉子先生の嗚咽が酷くなり話せなくなった。


 隣国にいた牛鬼は、高村愛の祖父の弟として曙光帝国から渡って来た牛鬼と同じ妖なのか、違うのか分からない。あげくに、あいつには逃げられた。全然、先生の敵討ちにはなっていないのに、それでも私の役に立とうと、牧田と魔王二人という怖い存在がいるのに頑張って会いに来てくれたんだ。


「玉子先生、会いに来て下さってありがとう。私はまだ未熟者だから、あいつしかやっつけられなかったけど、弱い妖も安心して暮らせるように、魔力の制御、頑張りますから」

「あでぃがどございまず」


 尻尾を両手で持って、えぐえぐと泣くハクビシンは、とても頼りなげで哀れに見えた。家族を失って独りぼっちになってから、心細くて、自分の尻尾を抱きかかえるのが癖になったんだろうな。怖い妖や魔力持ちに会わないように、毎日、一生懸命占っていた姿が目に浮かぶよ。


『誰か、玉子先生の傍に居てあげてよ』


 私がそう言うと、一際大きな曙光玉が、ごとりと動いて、ゴロゴロと私の足元に転がって来た。持ち上げると、「任せとけ」とでも言っているように光った。親分肌気質な雰囲気のある曙光玉。魔水晶も曙光玉も、もとは水晶なので無機物のはずなのに、曙光玉は、何故かその一つ一つに性格や気質のようなものを感じる。


「玉子先生、これはどうかな」


 泣き疲れたのか、すっかり大人しくなった小さなハクビシンに曙光玉を見せると、恐々と黒い短い手が伸ばされた。


「はい。これ、すごくいいですね。私の相棒になってくれるそうです。本当にこんな立派な魔水晶をもらって行ってもいいんですか。私が割ったものよりも、何倍も良質なもので、一生かかってもお支払い出来そうにない高価なものなんですが」


 そう言いながら、きゅっと曙光玉を両手で抱え込むハクビシンに、もともと面倒見の良いお祖父さまも、父性本能がくすぐられたようだ。


「気にするな。こんな水晶くらい、好きなだけ持って帰れ」


 やんごとないお父様に頂いた国宝を「こんな水晶」呼ばわり。うちは、つくづく不敬な家だよね。でも、こういうのは、不比等も許してくれると思う。


「今日は、短い間に色々とあって、玉ちゃんはお疲れだろうからね。僕たちは、ここらで失礼させてもらうね。僕が、玉ちゃんを送っていくから、心配しなくていいから」

「色々と、ありがとうございました。あの、銀の方がいらっしゃるので、お呼びではないとは思うんですけど。それでも、何か私でお役に立てることがあったら、いつでも仰ってください」


 短い前足で大事そうに曙光玉を抱えたハクビシンがぺこりとお辞儀をすると、叔父様と一緒に静かにお蔵から出て行った。叔父の横を歩いているハクビシンの姿は、小さくて頼りなげだったか、それでも曙光玉を抱えて嬉しそうに見えた。

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