第12話 言霊と曙光玉

 叔父様と玉子先生の後を、子供組で、てくてくと歩く。


「何か今日は、予定と大きく変わっちゃって、ごめんね」


 今日は、三人で楽器の練習のはずが、何をやってるんだかな。


「ううん。僕はふーちゃんといると楽しいことが起きるから大丈夫だよ」

「俺も」


 明楽君の笑顔に連れられて、トーリ君もぼそっと同意を示してくれた。トーリ君は性格的にお世辞とか言わないタイプだから本当だよね。


 叔父様と玉子先生が先にお蔵の中に入ってしまったので、釈迦三尊像に、蔵の外で動かずに待っているように頼んでから、三人で後を追った。


「ふーちゃん、兄様の話だと、ふーちゃんがいると、不比等のものは何でも出て来るって話だから、曙光玉を出してよ」

「知りませんよ、そんな話」

「兄様が言葉が足りないのは今に始まったことじゃないでしょ。とりあえず、曙光玉に出て来いって言ってみて」

「いやですよ。それで何か変なのが、いっぱい出て来たら、怖いじゃないですか」

「あのね、牛鬼を一人でボコボコにした七歳児の方が、世間的には数倍怖いから」


 失礼な。あれは、皆の無念を代表しただけだよ。


「まぁまぁ、ちょっと呼んでみるだけでいいから。ふーちゃんが大ファンの魔水晶玉子先生に、まさか水晶なしでお帰り頂くわけにはいかないでしょ」


 そう言われると、弱いんだよね。西都新聞の占いの連載が止まるのは嫌だし。


「おーい、曙光玉」

 ・・・。蔵の奥からは物音一つ聞こえない。


「何にも起きないよ、叔父様」

「魔力を乗せていないからだよ」

「言霊ってこと?あれ、やり方がイマイチ分からないんだけど」


 風の魔力の使い方は、きちんと基礎から明楽君の祖父の峰守お爺様に教えてもらっているけど、それ以外は、最近は、ほぼ放置だからね。嘉承も瑞祥も、かなり感覚的に魔力を使っているせいか、教えるのが下手過ぎて、教わる側の魔力の成長効率が悪い。去年三か月ほどだけど土の魔力の基礎を陰陽師第一位の土御門さんに教えてもらって分かった。峰守お爺様の教え方もすごく上手で、今は確信に変わっている。嘉承も瑞祥も魔力の使い方が、おかしい。特に我が父。


「まぁ、言霊は、事故が起きないように、小さい子には教えない家が多いからね」


 嘉承は、言霊どころか、何にも教えないってば。だって、父様、初級魔法が使えないからね。それで、あの人はおかしな応用魔法ばかり使っているんだよ。あり得ないよね。あーあ。水と火も誰かまともな人に習いたいよ。


「ふーちゃんは魔力が強いから、ちょっと慎重にやろうね。ちょっと待ってて」


 そう言うと、叔父様がほんの一瞬動きを止めた。次の瞬間、凄まじく濃密な強い魔力が蔵の中に充満した。髪が逆立ち、全身に鳥肌が立つ。


「魔王降臨・・・」

「ほんとに魔王がいた」

「誰が魔王だ、クソガキどもが」


 目の前の空気が揺らめいて、元に戻った時、現れたのはお祖父さまだった。明楽君は、いつものように楽しそうにしているが、お祖父様と初対面のトーリ君は、呆然としている。


「俺を水人形で呼びつけるとは、出世したもんだな、遥人」

「あはははは。すみません、父様。貴方の大事な孫が言霊の使い方を知らないって言うんですよ。それで僕では心もとないので、お手伝いをお願いできないかと思いまして」

「何で、ふーが言霊を使う必要がある?」

「蔵の中にある魔水晶と曙光玉を全部呼び出して欲しいんです。あの、父様、頭の中の魔力器官が爆発しそうになるので、可愛い息子を威嚇するのは止めてもらえませんか」

「その子はお前の友達か。よく牧田に入れてもらえたな」


 お祖父さまが玉子先生に視線を向けると、先生がぱたりと倒れてしまった。


「えっ、先生がまた倒れちゃったよ。お祖父さまが何かしたの?」

「するか」

「玉ちゃん、魔力や妖力に敏感なんだよね。牧田ーっ、助けてーっ」


 また叔父様が牧田を呼ぶと、牧田が嫌そうに現れた。


「遥人様、ソレが気絶する度に、呼び出すのは止めてください。この家ではキリがありません」

「そうなんだけど、彼女はふーちゃんのお気に入りなんだよ。助けてやってよ」

「嘉瑞山を出るまでは、若様の【風壁】をまとった方が効果的ですよ」


 牧田の言葉に全員の視線がこちらを向いた。


「へ、私?何で?」

「大旦那様の魔力ですと、コレには精神的に負担が大きく本末転倒になりますが、若様の魔力なら、コレと仲良くしていらっしゃるようですから問題ないでしょう」

「牧田、お客様にソレとかコレとか失礼だよ」


 私がそう言うと、牧田が「失礼しました」と言って、溜息をついた後、またデコピンをした。先生、おでこが真っ赤だよ。もっと穏便な起こし方ってあるはずだよ。私はできないけど、水の【回復】みたいなやつ。


「も、も、も、申し訳ありません。一度ならずも二度までも銀の方にご迷惑を・・・」


 目が覚めた玉子先生はパニック状態だ。叔父様が、慌てて背中を摩って落ち着くように声をかけた。


「ふー、また倒れる前に【風壁】で覆ってやれ」


 先生の恐怖の対象は間違いなくお祖父さまと牧田だよね。魔力や妖力に敏感なタイプだと、確かに壁が一枚ある方が安心かも。何と言ってもうちには、曙光帝国一の魔力の大きさを誇る冥府の王がいるからね。


「玉子先生、あの私の魔力で壁を作りますので、纏ってもらっていいですか。多分、その方が楽になると思うんです」

「玉ちゃん、ふーちゃんの魔力だと怖くないでしょ。ごめんね、こんな家に招待してしまって」

「おい、こんな家とは何だ」


 お祖父さまが、叔父様に文句を言うと、玉子先生が「ひいっ」と短い叫び声を上げた。


「若様の仰る通り、すぐに【風壁】をお借りしなさい」


 牧田が珍しく上から目線で、玉子先生に言うと、先生がめちゃくちゃ怯えながら首肯した。


「ふ、ふひ、不比人卿、お、おね、お願いします」


 歯がガチガチ言って、言葉にならないようだ。牧田もお祖父さまも完全に力を抑えているのに、この怯え具合は尋常じゃないよね。先生が気の毒なので、すぐに【風壁】を出して【風天】で先生の周りに付与した。


「ほぅ。毎週、峰守に教わっているだけあって、錬成と展開がだいぶ様になってきたな」


 えへへへー。制御の鬼と呼ばれる、お祖父さまに褒められると、やっぱり嬉しいよね。


「玉子先生、どうですか。具合の悪いところとかあります?」

「ふぅ。あの、ありがとうございます。本当に信じられないくらい楽になりました」


 そう言いながら、叔父様に支えられながら先生が立ち上がったので一安心だ。


「じゃあ、水晶を呼び出しますね」

「言霊のやり方は分かるのか、ふー?」

「分からないけど、父様の言霊を見たことがあるよ。魔力を放出して、それに乗せて話すんでしょ」

「うーん。そうだな、まぁやってみろ」


 お祖父さまと私の会話を聞いて、叔父様が呆れた顔をした。


「うわぁ、さすが嘉承の直系。めちゃくちゃ適当だよ」

「だから、俺を呼び出したんだろうが」


 お祖父さまが、そう言うと、すっと片手を上げた。瞬間、私と皆の間に壁ができたのが分かった。お祖父さまの【風壁】だ。明楽君が楽しそうにガンガンと叩いている。げっ、明楽君、それは【風刃】。物騒だな、小野の子は。お祖父さまの【風壁】を打ち破れるのは、帝国内では多分一人しかいないから、問題ないけどね。


「よし。じゃあ、ちょっとやってみるか」


 魔力を放出すると、自分の周りで四色の魔力が揺らめていているのが分かった。我ながら本当に四つの魔力持ちなんだなと今更のように思った。残念ながら火はまだ赤かったけどね。


『不比等の水晶、魔水晶、曙光玉、我ぞと思うものは嘉承不比人の前に出て来い』


 瞬間、ゴゴゴゴゴゴゴと地響きがしたかと思うと、夥しい数のクリスタルの球体が現れて、その全てが私に向かって飛んできた。


「うぎゃああああっ」


 慌てて【風壁】で自分を守ると、お祖父さまが呆れたような視線を向けてきた。


「アホかお前は。1600個も飛んで来たら、当然だろうが」


 こんもりとした水晶の山が、私の後ろで「けけっ」とバカにしたように笑った気がした。

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