第11話 トーリ君と釈迦三尊像

「玉ちゃん、しっかり。牧田、何とかして」


 叔父様が玉子先生を抱きかかえながら牧田を呼んだ。瑞祥でも嘉承でも、緊急時は誰もが牧田を頼る。すっと牧田が現れると、先生の額を人指し指でバチンと弾いた。げっ、それはデコピン。何やってんの、牧田、痛いでしょ。


 私がオロオロしていると、先生がパチリと目を開けた。目覚めたよ。デコピンって、効くんだ。いやいや、あのデコピンには妖力を使ったよね。ちょっとだけだけど、牧田の力は強いから、一瞬ゾクリとしたよ。


「重ね重ね、お手数をおかけします」


 先生が開口一番、謝罪の言葉を口にした。いえいえ、こちらこそ、こんな家でごめんなさい。

先生のおでこ、赤くなっちゃってるし。

 

叔父様が牧田に温かい飲み物を食堂に用意するように頼んだので、一旦、食堂で落ち着くことになった。二人が、食堂に向かって歩いて行ってしまったので、私達三人が釈迦三尊像と廊下に残された。


「えーと、これがトーリ君のご先祖さまの作った釈迦三尊像だよ」


 私が釈迦三尊像を明楽君とトーリ君に紹介すると、釈迦三尊像が「とーり?」と尋ねるように言った。顔は相変わらずアルカイックスマイルだけど、段々と微妙な違いが分かるようになってきたから怖いよ。鞍作止利、恐るべし。


「すごい。仏像が喋ったよ」

「俺の名前、呼んだよな」


 明楽君とトーリ君が私の顔を伺うように見た。うん、「ふひと」って言えるのは知っていたけど、まさか「とーり」も言えるとは知らなかったよ。これって、トーリ君を止利仏師の子孫と認識しているってことだよね。びっくりだよ。やっぱり鞍作止利、恐るべし。


「土の魔力の二条侯爵に視てもらったんだけど、頭のところに曙光玉っていう、魔水晶の親分みたいなのが埋め込まれていて、そこに私の先祖の魔力が残っているんだって。それを少しずつ使いながら今まで、うちのお蔵にいたそうなんだよ」

「知ってる。不比等様の魔力だろ」


 トーリ君が、痛ましげに、真ん中の釈迦如来像の包帯で巻かれた腕をさすりながら言った。すごいな鞍作一族。ちゃんと子孫に伝承が出来ている。うちなんか、かなりいい加減だから素直に感動だよ。


「とーりぃ」

 釈迦如来像が嬉しそうにトーリ君の名前を呼んだ。


「トーリ君、あのね、この腕だけど、仏像が私の気持ちに呼応したみたいで、嬉しそうに体を揺らしていたら、ごとって腕が肩から取れちゃったんだよ。乱暴に扱ってないよ」


 ちょっと言い訳がましいけど、せっかく仲良くなりつつあるトーリ君に、仏像を乱暴に扱う不届きな奴だとは思われたくないもんね。


「うん、それは、そういう設定になっているからしょうがないし、千年以上も経っている古いものだから、修復をしないと、腕が取れるのは当然だと思う。次、体を揺らしたら、脇侍仏の頭光が落ちるんじゃないか」


 トーリ君、図画工作は嫌いだとか、仏像には興味のない感じだったのに、結構、詳しいよね。


「図工?」

 明楽君、それが正しい小学生の反応だよ。


「いや、頭の光って書いて頭光。神様のありがたさを表現するのに使われるんだ」

「そうなんだ。これって何の神様?しゃかさんぞんって名前なの?」

「えーとね。釈迦三尊像というのはセットの名前で、真ん中が釈迦如来で救済、右が文殊菩薩で知恵、左が普賢菩薩で慈悲を司る仏教の神様だよ」


 その割には、動くとモソモソで神様感が薄まるけど。私が説明すると、トーリ君が首を横に振った。


「違う。それは一般の釈迦三尊像。トリは、これを大恩のある摂政の宮様の治癒祈願のために作ったから、脇侍仏は、右が薬王やくおう菩薩で左が薬上やくじょう菩薩だ」


 なんと、さすがはトリ仏師の子孫。同じ名前を持つだけあって、めちゃくちゃ詳しいよね。


「へええええ」


 感心して、明楽君と釈迦三尊像を見上げると、仏像が恥ずかしそうにモジモジと動いた。アルカイックスマイルがデフォルトの仏像のくせに、動作はいちいち人間くさいな。


「トーリ君、釈迦如来も脇侍仏も、色々と傷んでるから、修復してあげたいんだけど、腕のいい仏師でも無理なんでしょ」

「うん。これは、鞍作の魔力を持つ仏師でないと壊れるようになっている」


 げげっ。そうだったんだ。良かった。危うく喜代水に仏師を紹介してもらうところだったよ。


「それとね、不比等の魔力が少なくなってきていると思うから、不比等の魔力を使わずに、たとえば私の魔力で動かしたいんだけど、それは無理だよね。でも、あんまり動きが・・・」

「できるよ」


 え?今、トーリ君、出来るって言った?


「出来るの?」

「うん。ふーちゃん、不比等様の直系の子孫だろ。それなら出来ると思う」


 なんてこった。トーリ君、恐ろしい子。何でも知ってるよ。これを隠しておくと、チーム霊泉に、あの血走った目で全力で呪われそうだ。ここは、本人の許可をもらって公表した方が平和だよね。


「トーリ君、実は今、うちの蔵に、西都大学の歴史の先生達が常駐状態なんだけど、さっきの話をしてもらっていい?でないと私、呪われると思うんだよね」

「呪われる?その先生たちは祈祷師か何かなのか?俺より陰陽師を呼んだ方が・・・」

「あ、陰陽師は間に合ってるから、心配しないで」

「ふーちゃんの家には大魔王と魔王がいるから、陰陽師はお呼びじゃないって、お父さんとお兄ちゃんが言ってたよ」


 小野家、明楽君に何を吹き込んでいるんだよ。


「魔王がいるって、ふーちゃん、大丈夫なのか」

「大丈夫だよ。ふーちゃんのお爺さんとお父さんだもん」


 いやいや、明楽君、それはかなり誤解を招くから、そういう言い方はダメだって。


「ふーちゃんの爺ちゃんと父ちゃんが魔王なのか」

「うん。それで、ふーちゃんは将来、魔王を越える魔皇帝になって帝国を牛耳るから、僕と真護君は、魔皇帝の側近になるんだよ」


 ちょーっと待ったぁあああ!何、その話。絶対に真護から変な話を聞かされてるよね。


「そ・・・そうか。魔皇帝と側近か。それはすごいな」

「そうでしょ。トーリ君もなるといいよ。ふーちゃんの傍にいると、いつも面白いことが起きるから退屈しないよ」


 いやいやいや、明楽君。その謎の進路選択、色々と間違ってるから!


「トーリ君、うちの祖父と父は、確かに山賊で魔王だけど、私は、おかしな野望は欠片も持ってないから。こんな人畜無害の子豚が、魔皇帝なんてありえないでしょ」


 私が必死で訴えると、トーリ君が、ぶぶっと拭き出した。


「自分で人畜無害の子豚とか言うか。それと山賊で魔王な爺ちゃんと父ちゃんって何だよ、めちゃくちゃおかしい」

「だって、本当にそうなんだもん」


 私が言うと、トーリ君が大爆笑した。この子、ほんと笑うと止まらなくなるよね。


「でも、俺は、子豚の魔皇帝とか好きだな。何か平和そうでいい」


 そうですか。でも、魔皇帝なんて冗談じゃないよ。私は、将来、料理長と牧田の三人で世界美食ツアーに出るんだよ。


「えーと、とりあえず玉子先生と叔父様と合流しようか。お待たせすると悪いし」


 私達が歩き出すと、釈迦三尊像もモソモソとついて来た。トーリ君は、釈迦三尊像が心配なのか、ちらちらと後ろを振り返っている。トーリ君、図画工作が嫌いだって言ってたけど、本当にそうなのかなぁ。


 食堂に入ると、「ひいっ」と玉子先生の小さな叫び声が聞こえた。


「玉ちゃん、大丈夫だって。あれは、ふーちゃんのお守りだから怖くないよ。まぁ、ちょっとサイズが大き過ぎる気はするけどね」

「お守り?」


 明楽君が叔父様の言葉を受けて首を傾げた。


「お守りだ。この釈迦三尊像は、うちから買い取られた時に、皇子のお守りにするって言われて、その時に皇子の魔力で反応するようにトリの孫が作り変えたから」


 何と。そんなこと全然知らなかったよ。


「トーリ君、何でも知ってるんだね。すごい」


 明楽君が感心して、くりくりの豆柴の目をきらきらさせて言うと、トーリ君は、顔をそらした。いやいや、ツンデレ少年、耳が赤いって。


「でも、ほんとにすごいよ、トーリ君」


 私がそう言うと、トーリ君が頭を振った。


「俺じゃなくて、すごいのは爺ちゃんだ。俺が知っているのは、全部、小さい頃から寝る前に、爺ちゃんから聞かされてた話だから」


 そっか。トーリ君はお爺ちゃんっ子なんだね。私もお祖父さまは大好きだよ。大魔王で、山賊で、怒るとすぐに何でも燃やす人だけど。


「玉ちゃん、子供達も追いついたし、兄が何でも好きなものを何個でも持って行っていいって言ってくれたから、嘉承のお蔵に曙光玉を選びに行こうか」


 ほら、やっぱり父様も持て余してるよ。叔父様が、玉子先生を促すと、先生が目の前に置かれていたカップの紅茶を勢いよく飲み干した。


「はい、もう大丈夫です。よろしくお願いします」


 うちには、あともう一つくらい、歴史オタクの皆さんという難関があるけど、玉子先生、大丈夫かなぁ。叔父様に頼まれて私のために来て下さったのに、怖い思いばっかりさせてしまって申し訳ないよ。

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