第10話 魔水晶玉子先生と審判のカード

 魔水晶玉子先生というお名前に興奮して、思わずぴょんぴょんと飛び上がる私に、叔父様がからかうような視線を向けてきた。


「玉ちゃん、忙しいところ悪いね。こちらが、私の甥の不比人だよ」


 遥人叔父様が、私の肩に手を置いて、玉子先生に紹介してくれた。玉子先生は、真っ黒な髪と瞳で、左目の下に泣き黒子のある、すらりとしたミステリアスな雰囲気のお姉さんだった。


「こんにちは。魔水晶玉子です」

「いつも西都新聞の先生の星占いを拝見しています。嘉承不比等です」


 私が興奮気味に挨拶をすると、先生がくすりと笑って「ありがとうござ・・・」とお礼を言おうとしてくれたところに、いきなりお姉様方が、きゃあきゃあ言いながら集まり完全に囲まれてしまった。


「先生、お会いできて光栄ですわ」

「先生、私共も大ファンですの」


 さすがに西都の公家の姫と、元姫だった方の集団だよ。気がつくと、私と叔父様は一番遠くに追いやられていた。


「何というか、西都に帰って来たなという感じがするよ」


 西都の姫の集団が相手では、さすがに叔父様も苦笑するしかないようだ。


「叔父様、私が西都新聞の星占いを毎朝チェックしているのを何で知ってたの?」

「父様が、お母様に怒られて、西都所払いの刑になってたでしょ。その間、帝都の私たちの家にいらした時に、兄様が陣中見舞いと言って、稲荷屋のお菓子を大量に持って、ふらりと現れたんだよ。その時に、ちい兄様がいない時は、必ず朝食の席にいろって兄様が言い渡されててね。ふーちゃんは毎朝星占いをチェックしてから学校に行くのが習慣だからとか細々指示されてた。父様は、相変わらず孫には甘いよね。僕達なんて、しょっちゅう焼かれてたのに」


 しょっちゅう焼かれたなんて、笑顔で言われても困る。確かにお祖父さまとお父さまが西都をお留守の間、父様が朝は必ず一緒にいてくれた。やっぱり、あれはお祖父さまの指示だったのか。毎朝、お祖父さまと全く同じように新聞を渡してくれるから、おかしいと思ってたんだよ。


 私達がお喋りをしていると、みるみるうちに玉子先生の前に行列が出来た。どうやら、先生が、タロットカードと水晶を使って、一人一人占ってくれることになったらしい。


「私も占ってもらわなくちゃ」


 そそくさと行列の一番後ろに並ぶ私を見て、叔父様と明楽君は大笑いしていた。トーリ君はドン引きだ。ごめんよ、トーリ君。私、本当に魔水晶玉子先生の占いのファンなんだよ。


 今日はお客様の人数が多いので、玉子先生に真剣な相談をしたい人は後日アポを取るということで、一人ずつワンポイントアドバイスを頂くことになった。タロットカード七十八枚のうち、一枚引くというワンオラクルという方法と、それに先生のお名前と同じ魔水晶に映った影を読むという二つを合わせて運勢を教えてくれるんだって。すごく楽しみ。


 占いが終わった女性陣は、完全にお茶会モードで、お茶とお菓子を楽しみながら占い結果を楽しそうに話している。明楽君は、いつものことだけど、トーリ君も、聞き上手なお母様や、調子のいい叔父様と一緒にお菓子を食べながら、意外にも楽しそうにしてくれているので、嬉しいな。うきうきしていると、私の番がまわってきた。


「先生、宜しくお願いします」

「はい、こちらこそ。それでは、不比人卿、こちらから一枚選んで引いてください」


 ずらりと扇状に並んだ先生のカードは年季が入っていて、それらしい雰囲気がある。うーん。


「これでお願いします」

 一枚引き当てると、先生がそのカードの上に手を翳した。

「これは、審判というカードです」


 そのカードには、大きな翼を持つ天使が、十字模様の旗がついたラッパを吹いていて、その下に棺桶のような箱から立ち上がった人たちが喜んでいるような不思議な絵が描かれていた。先生が聞きやすいアルトの声で、カードの意味を教えてくれた。


「まず、天使の開いた目、これは、天啓や深い気付きを意味します。この翼は厳格さや大志、そしてこのラッパの十字は分かれ道、もしくは正しい道、行くべき道という意味ですね」

「先生、このラッパの下にいる人達は、何で棺桶に入って喜んでいるんですか」

 

棺桶の中で喜ぶ人ってちょっと怖いよね。


「このラッパに気づきを与えられて復活のチャンスをもらって歓喜しているんですよ。このカードには再生という意味もあります。例えば、古い価値観に埋もれていた人が、気づきを与えられて、本来の行くべき道を知るというような。この後ろにいる三人が自我を現し、前の三人は、絆や誠実さを現しています」


 先生が説明しながら、左手に持った水晶を翳した。

「不比人様が、大志を頂いた誰かと天啓のような大きな変化を生むことになりそうです。このカードの通り、自我をおさえ、絆と誠実さを守り切れば・・・」


 先生がそう言いながら水晶を綺麗な黒い瞳で覗き込んでいると、静かなノックとともに、牧田がワゴンを押して美咲さんと一緒にケーキとお茶のお替りを持って入室した。牧田は相変わらず抜群のタイミングでお替りを持ってきてくれるよね。


 ぱりん。


 突然、何かが割れるような音に振り返ると、玉子先生が真っ青な顔をしていた。先生の視線を追うと、魔水晶が床の上で粉々になっていた。


「先生、大丈夫ですか」


 私が声をかけると先生が顔を上げたが、もう涙目だった。大事な商売道具が粉々だもん。それはショックだよね。


「あの私、大変な粗相をしまして・・・」


 先生がかがんで割れた水晶に手を伸ばそうとすると、すっと誰かの手が先生の手を止めた。

「お怪我をしますので、私共に任せてください」


 牧田が美咲さんに紙を持ってくるように指示した。


「何で紙?」

「お客様の大事な水晶ですから割れてもゴミと同じように扱うわけにはいきませんよ。魔水晶は割れても、それなりの力はありますしね」


 なるほど、さすがは牧田だよ。


「お手数をおかけします」


 先生が恐縮して牧田に頭を下げると、牧田が困ったような顔をした。


「いえ、私のせいかと思いますので、どうぞ謝罪はなさらないでください」


 何で牧田のせいなのかな。お菓子とお茶のお替りをワゴンで持ってきてくれただけなのに。玉子先生は、実は老紳士がお好きで、いきなり好みの牧田が現れたから動揺したとか。


「玉ちゃん、大丈夫?水晶なら、瑞祥家にあるものをもらって行けばいいよ。普通の水晶でも魔水晶でも、ふーちゃん経由で兄に頼めば、絶対に何か出してくれるから」


 叔父様、甥っ子の使い方、間違えていないか。


「このお嬢様ですと、若様の処分なさりたい曙光玉が宜しいんじゃないですか」

「あれは不比等がもらったものだから、魔力持ちに渡すと魔力を吸うからダメだってお祖父さまも牧田も言ってたじゃない」

「お嬢様でしたら、問題ないと思いますよ」


 確かに玉子先生からは何の魔力も感じない。でもそしたら、呪物になるんじゃなかったっけ?


「先生、うちにある魔水晶、ちょっと特殊なんですけど、ご覧になります?良さそうなのがあれば、父に頼んで先生の占い用にもらいましょう。あれは、ふてぶてしいくらいに頑丈だから、落としても絶対に壊れないし」


 なんといっても1400年近くたっても罅も傷もついていない代物だしね。正確には父様に所有権があるから、答えは分かっているけど、一応お伺いを立てておくか。


「牧田、父様かお祖父さまに、曙光玉を先生にあげてもいいか訊いて来て」

「かしこまりました」


 牧田が、部屋から出て行くと、「ふぅ」と先生が深呼吸した。

「さすがは大公爵家。もの凄い人がいますね。あんな強い妖力を持つ人には初めて会いましたので、動揺して大事な水晶を落として割ってしまいました」


 ほんとだ、牧田の言う通りだったよ。先生、牧田の力が分かったのか。凄いな。私でも普段の牧田からは何も感じないのに。というか、牧田が妖力を持っていると気づいたのは、ごく最近なんだけどね。でも、何で牧田は先生が自分を見て動揺したと思ったのか謎だよ。まぁ、牧田だし。うちには、牧田に関しては考えては負けという不文律があるから、私も面倒なので考えるのはやめておこう。


「お客様、紙をお持ちしました。少々失礼しますね」

 牧田と入れ替わりで入って来た美咲さんが、二枚の厚紙を刷毛と塵取りのようにして器用に割れた水晶を全部すくってくれた。それを丁寧に薄紙に包んで先生に差し出す。

「ありがとうございます。こちらの粗相ですから、水晶のことは、どうぞお気になさらないでください」


 先生が丁寧に断ろうとすると悪魔が囁いた。


「玉ちゃん、もらえるものは、もらっとこうよ。商売道具なんだから、なおさらだよ。ふーちゃんの公爵家が水晶玉の一個や千個なくなっても傾くはずがないんだから」


 確かに1600個くらい持って行ってもらえると大助かりだよ。


「そうですか。魔水晶は手に入りにくくて高価ですし、私が占いに使えそうなものとなると、なかなか無いので、見せて頂けるのなら有難いんですけど」


「ふーちゃん、曙光玉、見せてよ。僕、見たことがないから興味津々なんだよね」


 さすがだよ、叔父様。毎度のことながら清々しいほどに遠慮が無くてマイペースだ。


「いいよ。今日は、トーリ君も釈迦三尊像を見たいって言ってたし。嘉承に戻る?」


 明楽君とトーリ君に事情を話すと二人とも、釈迦三尊像と曙光玉を見たいと言ってくれたので、うちに戻ることになった。お母さまは、お客様とお茶会を続けるそうなので、皆さんに挨拶をして退出させてもらった。


「ふぅ。私、貴婦人の前はやっぱり緊張してしまって」

「俺も」


 廊下に出たとたん、玉子先生とトーリ君が溜息をついた。


「ごめんね。まさかあんなに女性陣が集まるとはこっちも想定してなかったよ」


 叔父様が二人に謝った。騙されちゃダメだよ。悪魔の謝罪なんか、ハンザキの背泳ぎくらいあり得ないから。


「僕は、ふーちゃんが並んでいる間に董子ちゃんのお友達と話をして楽しかったよ」


 さすがは小野家の血を引く明楽君だ。どこでも誰とでも、するすると懐に入っていくよね。


「私は、あの女性の集団を見ただけで疲れちゃったよ」


 私が白状すると、玉子先生とトーリ君が頷いてくれた。五人で話していると「ふひとぉ?」と私の名前を呼ぶ声が聞こえた。まずい。あの声は間違いなく釈迦三尊像だ。


 私は瑞祥家で養育してもらっているので、瑞祥家で寝起きしている。今朝、私が戻るまで寝室で動かないように待っているよう釈迦三尊に頼んだので、確かに家に戻った今は、動いてもしょうがないんだけど、不比等の魔力の無駄使いになるから、バレるとチーム霊泉に何て言われるやら。


「ふーちゃん、誰かお家の人が呼んでるよ」


 明楽君、あれは、お家の人なんかじゃないんだよ。階段をモソモソと体を引きずるように降りて来る釈迦三尊像が現れると、玉子先生が失神して、ぱたりと倒れてしまった。凄まじい妖力を持つ古妖が出てきて、大事な商売道具の魔水晶を割ってしまって、そのショックから立ち直る前に動く釈迦三尊像が現れたら、これはしょうがないよね。


「ふーちゃん、誰?」

 明楽君が振り返って私の顔を見た。


「えーと、お家の釈迦三尊像かな」

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