第9話 サプライズゲスト

「おかえり~っ♪」


 げげっ。何でいるの?明楽君と鞍作君と一緒に我が家に帰ると、いつものように牧田が出迎えてくれると思ったら、思わぬ人に迎えられた。


 うちに悪魔の双子の片割れがいるよ。お父さまの弟の遥人はると叔父様だ。この叔父と双子の弟は、瑞祥家の人間なのに、やたらとたちが悪い。魔力がたまたま水と土だっただけで、本当は嘉承家の人間なんじゃないかと、前々から疑っているんだよね。


「ふーちゃん、ちょっと今、何か失礼なこと考えてない?」


 目を合わせた途端に絡んでくるって、どこの破落戸ごろつきだよ。牧田、変な人は、うちに入れないでよ。瑞祥の二の君こと、遥人叔父様は、先週から瑞祥家に帰省している。瑞祥家と嘉承家は、共用部分が繋がっているので、実はこっちにいつでも入って来れるんだけどね。


 遥人叔父様は、お祖母さまとお祖父さまと三番目の息子だけど、長男の父様が嘉承の当主なので、瑞祥家では二の君になる。でも、最近は、お父さまの次男の真人兄様が瑞祥の二の君なので、西都では、遥人卿と名前で呼ばれることの方が多いかな。これは、古代からの慣習で、魔力や体力が十分でない子供の頃に呪いを受けると跳ね返す力が弱いので、上位の公家になるほど外で子供が本名で呼ばれることを嫌う。真人兄様は、小さい頃から、うちの父様に弾き飛ばされ過ぎて、異常に魔力を躱すのが上手くなったという経緯を持つ人だから、成人していなくても本名で呼ばれるのは全く問題ないと思うけどね。


 叔父の帰省目的は、教え子の東宮殿下が、西都でご不自由をされていないかの確認だそうだ。叔父様は、著名な音楽家で、東宮殿下と弟宮のピアノの師でもある。末っ子の悠人叔父様と違い、社交家な遥人叔父様は、やたらと顔が広く、最近ではVousTubeで、自身の演奏をライブ配信したり、謎に大きな人脈を生かして、有名人をゲストに迎えて対談をしたりで、結構な人気チャンネルになっている。瑞祥の血を引く人間だけあって、見た目だけは上品で優雅な感じだからね。本当は嘉承並みに口が悪くて毒舌だけど。


 いつも、朝から晩まで遊び歩いているくせに、何で私が明楽君と鞍作君を連れて来た日に限って家にいるんだよ。それも嘉承家に。


「ふーちゃん、学校のお友達?紹介してよ」


 めちゃくちゃ嫌だよ。トラブルの予感しかしない。でも、いつもながら好奇心の旺盛な明楽君は、目を輝かせているので無視するわけにもいかないよね。


「えーと、叔父様、同じクラスの小野君と鞍作君だよ」

「こんにちは。小野明楽です」


 明楽君がぺこりとお辞儀をすると、叔父様がいかにも瑞祥家な人間のふりをした。


「ごきげんよう、明楽君。私は不比人の叔父の瑞祥遥人です。いつも不比人と仲良くしてくれてありがとう」


 ・・・嘘くさい。明楽君、悪魔の言葉なんか聞いちゃダメだよ。


「鞍作君も、今日は、遊びに来てくれてありがとう」


 叔父様は悪魔だけど、都の公達歴は、私や真護なんかより、うんと長いこともあって、悔しいけど、それなりにカッコいいんだよ。鞍作君が、緊張しているのか、さっと頭を下げて、ぼそりと言った。


「鞍作斗利です」

「えっ、ほんとにトリだったの?」


まさかのトリ仏師と同姓同名。


「ふーちゃんと同じで字が違うけどな」

「斗利君って下の名前で呼んでもいい?」

「トーリって伸ばして呼んでくれるならいいよ。家族はそう呼ぶから」


 トーリ君か。うん、鞍作君に似合うね。


「僕も、トーリ君って呼んでもいい?」

「いいよ」


 明楽君が、豆柴のようなくりくりの目で訊いてくると断れないよね。


「僕もいい?」


 しれっと遥人叔父様が、私たちの輪に混じってきた。かぶっていた猫が取れて「私」が、いつもの「僕」に戻っているよ。


「叔父様はダメだよ」


 私がトーリ君の代わりに断ると、叔父様がぶすっとした。


「せっかく、今日は、ふーちゃんが大ファンの人に会わせてあげようかと思ったけど、止めておこうかなぁ」

「私がファンの人って誰?西都の料理人さんや、菓子職人さんやパティシェさんとは、だいたい面識あるけど」

「美食系から外れると?」


 美食から外れると特に会いたい人はいないけどな。


「いませんよ」

「えっ、うそ。いるでしょ。もう本人には、うちの甥が大ファンって言っちゃったよ」


 叔父様、勝手に私の推しを作らないでよ。


「とにかく、もう呼んじゃったし、今日家に来るから、ファンじゃなくても、ファンになってもらうよ」


 言ってることが、めちゃくちゃだよ。それに今日は、明楽君とトーリ君と三人で楽器の練習をするんだってば。絶対に、この叔父は私に災難を運んでくる疫病神だ。私がむすっとしている割に、明楽君とトーリ君は面白そうにしている。


「遥人様、お客様がお見えです。あと十分ほどでご到着されるようです」


 瑞祥家の執事が叔父様に伝えた。あと十分!どんだけショートノーティスなんだよ。私は人見知りなんだから、気持ちの準備があるのに困るよ。私達が住んでいる嘉瑞山は、嘉承と瑞祥のそれぞれの四侯爵家とその分家になる十三家や、古い公家の屋敷が並んでいて、山自体がお父さまの結界でぼわんと包まれているため、出入りできるのが正門の一つしかない。そこに管理事務所があって、お客様は、そこでどの家に行くのか申告する。管理事務所の職員さんは、各家に連絡して間違いがないか確認してから開門する。元々は、セキュリティー対策が目的だったが、お父さまの結界は、うちの父様の【転移】を除いて鉄壁の防御をしているため、ほとんど形骸化している。今では、各家の執事が来客に備えるという目的になっているが、うちに来るお客は、今日の二人のように、私と一緒に来るか、あの夜な夜な現れる嘉瑞山内に住んでいる四侯爵くらいなので、ほとんど関係ない。


「ふーちゃん、とりあえず、一緒に来れば分かるから」


 叔父様が、私たちの後ろに回って、背を押すように歩き出そうとすると、がっつりと肩を牧田に掴まれた。


「遥人様、一分ほどお待ちください」


 牧田はそう言うと、ささっと私達全員の髪にブラシを入れて、制服のリボンを結び直して、ジャケットにも服用のブラシをかけてくれた。ものすごいスピードなので、明楽君とトーリ君が驚く前に全て終わっていた。


「牧田、制服の上着は脱ぎたいんだけど」

「女性のお客様ですので、上着は着ておきましょう」

「え、女の人が来るの?」


 私が瑞祥の執事に訊ねると首肯された。ええっ、それは嫌だよ。嘉瑞山の公卿を訪ねるような女の人なんて、だいたい、あの会の会員だよね。下手に機嫌を損ねると、火で焼かれるか、土に埋められるか、水に沈められるか、風で切られるか。いずれにせよ、ロクなことにならない。


「彼女は公家の姫ではないから心配しなくていいよ。そういうところ、ふーちゃんは、本当に兄様にそっくりだな」


 私の露骨に嫌そうな顔をを見て、叔父様が笑った。


「ま、一緒に来れば分かるから」


 叔父様に手を引かれて、新設された瑞祥のサンルームに行くと、瑞祥のお母さまが、他家の奥様方や姫達と談笑していらっしゃった。げげっ。何でこんなに女性のお客様が沢山来てるの。怖過ぎるって。明楽君とトーリ君もぎゅっと私の手を握って来た。


「皆様、ごきげんよう」


 勇気を振り絞って挨拶をすると、一斉に皆の視線がこちらを向いた。怖いっ。


「ふーちゃん、おかえりなさい」


 瑞祥のお母さまは、図書館の司書さんで児童書の責任者なので、子供の扱いは公爵夫人なのに、やたらと上手い。


「こんにちは。瑞祥董子とうこです。ふーちゃんの叔母さんで、明楽君とも友達です」


 お母さまが、少し屈んで私達と目線を合わせながら、そう仰ると明楽君が嬉しそうに、こくこくと頷いた。


「董子ちゃん、こんにちはー」

「えと、俺は、僕は、鞍作斗利です」

「トーリ君だよ、お母さま」

「はい、トーリ君こんにちは。董子ちゃんって呼んでね」


 公爵夫人、董子ちゃんでいいのか。軽いな。まぁ、お母さまだから、いっか。私達が、えへへへーと笑い合っていると、品の良い夫人が現れた。


「皆様、ごきげんよう。ふーちゃん、今日は良かったわね。実は、私も彼女のファンなの」


 今、うちのお蔵に居座っている霊泉先生の嫡男の奥様の霊泉伯爵夫人だ。霊泉夫人が一番に私に話しかけたということは、今日は伯爵家とその下位の家の女性陣ということか。良かったよ。


「嘉承の君、わたくしたちも、本当に楽しみにして参りましたのよ」

「今日は、董子様にお声をかけて頂いて、本当にラッキーですわ」


 皆が、突然、きゃあきゃあと騒ぎ出したけど、そもそものところで、私、誰がお見えになるのか分かってないんですけど。


「皆さん、今日のゲストは、ふーちゃんにはサプライズなんですよ」

「まぁ、素敵」


 いやいやいや、疫病神の友人の知らない女の人に会うなんて全然素敵じゃないから。他家の女性は怖いので、とりあえず、お母さまと叔父様に挟まれるように明楽君とトーリ君と三人で座って待っていると、すっとドアが開けられた。


魔水晶玉子ますいしょうたまこ様がいらっしゃいました」


 執事の言葉に、きゃあああああっと黄色い叫び声が上がった。


 魔水晶玉子先生だ!

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