第130話 顛末の白いトリ

その日のうちに、ドクター滝川こと、滝川拓哉の調書が届き、それを持って、お父さまが参内した。


すでに内裏に提出している高村愛の調書、麻生仁郎の記憶の記録、そして今回の滝川拓哉の調書の三つで総合的に判断がなされた。結果、速水伯爵家の再興は認められなかった。そして、先に断絶となった麻生伯爵家に加え、楢原伯爵家と滝川子爵家も断絶となり、両家の直系の家族は、曙光玉を頂くことになった。


ところが、検非違別当の楢原伯爵は、既に数日前から行方不明になっていた。楢原伯爵家には、西条侯爵と陰陽師達十名が、滝川子爵家には賀茂さんと陰陽師十名が乗り込んだそうだ。


「戦力が偏ってんなぁ。英喜が、たかだか陰陽頭と同等の戦力なわけないだろ」


享護おじさまが、稲荷屋のお狐様饅頭を頬張りながら、報告書の内容に感想をもらした。おじさま、もっと凄く重要なポイントがあったよね。何で、そこに食いつくかな。


「というより、賀茂君は、内裏で私たちの奥義を見れなかった陰陽師達に私の【火箭】を見せたかったらしいんだけどね。肝心の楢原がいなくて、何も仕事がなかったよ」

「東宮が、あの時、記録に撮った画像でも見てればいいだろ。最終奥義を、ぽんぽんと見せてどうする」


父様が、英喜おじさまに渡されたお饅頭を受け取りながら、呆れたように言った。


はい、今日も今日とて、チーム嘉承は、我が家の食堂に集まっているよ。牧田に美味しいお茶と稲荷屋のお菓子を出してもらって、二週間ぶりに帝都から戻って来た英喜おじさまの報告を聞いているところだ。今週は、お祖父さまの側近の当番制を変則的にして、南条家の先代と当代が内裏にお手伝いに上がっている。速水、麻生、楢原、滝川の四家の貴婦人達や家人から話を聞き出すのに、あの無駄な美貌と物腰が役に立っているそうだ。


「何も彰ちゃんが、あそこまで責任を感じる必要はないのにねぇ」


博實おじいさまが、ずずっとお茶を飲んだ。


「それは、なー君も、陛下方も、ついでに、あの宰相も同じことを言っていたが、さすがに水の家が四家も一気に粛清されたからね。水の一族に対する世間の目が厳しい中、その頂点にいる立場としては譲れないものがあるそうだ」


昨日まで、お祖父さまの傍にいて、南条親子と入れ替わりで西都に戻ってきた北条の時貞おじいさまが、3つ目のケーキに手を出した。高位の魔力持ちは、皆、甘いものが大好きだ。


「彰の様子を見に行ってやりたいなぁ」


父様がぼそりと言った。さっき、英喜おじさまから受け取ったお饅頭も一口齧っただけだ。


お父さまが、滝川の調書を持って参内した翌朝、みっちー宰相が国内外のメディアを呼んで記者会見を開いた。古妖が、隣国の大学教授に長年憑りつき、学生達を利用して眷属を増やそうとしていたこと。大学を追われた後、教授の弟に憑りつき帝国に渡ってきたこと。その後、学習塾を経営し、下位貴族家の子女を、大学の学生達と同じ手口で利用し、眷属を増やそうとしたこと。土蜘蛛たちが、本来なら数世代に渡る時間が必要なところを、魔力持ちの体内の魔力に触れ、わずか数年で彼らの心身を乗っ取るまでに成長してしまったこと。そして、彼らのほとんどが、検非違使庁に勤めていたこと。検非違使庁以外にも、各省庁で数名から数十名の眷属、眷属もどきが発見されたこと。時系列を追って、宰相が淡々と説明した。


次々に発表される恐ろしい内容の数々に、記者会見は完全に静まり帰った。


そして、古妖の正体が、土蜘蛛と妖蛾であったことも発表された。土蜘蛛は、その後、牛鬼に進化するほどに力をつけたと宰相が説明した途端に、記者会見場で動揺が走り、悲鳴を上げる記者もいた。


「落ち着きなさい。牛鬼は西都の嘉承公爵家の嫡男、不比人卿に既に退治されています。眷属の土蜘蛛になってしまった者達も、嘉承一族が全て退治、浄化してくれました」

「妖蛾は、妖蛾はどうなったんですか」

「妖蛾は、陰陽頭が退治しました」


そう。喜代水の依頼で、賀茂さんが妖蛾を退治したことにさせてもらった。プレーリードッグの小僧さん達も、国外から来た妖なので、世間に誤解され、騒がれるようなことは避けたいらしい。


そして、会場にいる記者やカメラマンたちがほっと安堵をもらした時に、白皙の美貌を持つ大公爵が現れ、また会場がざわついた。瑞祥彰人公爵は、その公家の頂点ともいえる雅な佇まいで、帝都でも広く知られている。突然現れた大公爵が、いきなり深々と頭を下げて、水の四家の失態を謝罪した。


傍で全てを見ていた英喜おじさまの話では、一部の記者を除いて、血の繋がりもない、親戚とも言えない四家に対し、お父さまがそこまで責任を感じる必要はあるのかという疑問の声が上がり、彼らの記事を読んだ帝都の世論は、比較的、同情的だったそうだ。


お父さまは、謝罪の後、まず四家の処分について発表し、自身の処遇についても話をされた。速水と千台に戻り、四家と四家に縁の連なる者を訪ね、将来の不安を完全に拭い去るため、全員に浄化と回復をかけていくそうだ。気の遠くなる話だが、これには、過保護なお祖父さまが付き添うことを頑固に主張したので、いつものように、お得意の【業火】でかりっと焼いておけば、広範囲で土地も人も浄化が出来る。それでも、家人の中には、すでに速水と千台を離れている者も少なくないらしく、彼らの行方を捜す方が時間がかかりそうだ。ただ、お父さまの下には、土の一族がいるので、二条と四条が既に捜索を開始している。


これにより瑞祥のサンルームの再建が一時中断となり、お祖父さまが西都に戻る時期が延びてしまったことは、もちろん、記者たちが知る必要はない話だ。


小僧さん達の話以外に、楢原伯爵の行方と、高村愛と速水の大姫と小野鷹邑卿の話も秘匿することを陛下がお決めになった。楢原伯爵は、帝都の北にある港から出国したという記録が残っていた。パスポートを検めた役人が、帝都から素晴らしい貴人が現れたと言って、よく覚えていたらしい。何が素晴らしいもんか。楢原伯爵になった牛鬼は、隣国に帰るのではなく、北にある帝国に向かったようだが、北の帝国とは正式な国交がないので、手の打ちようがないそうだ。


そして、ドクター滝川は、調書にサインした後、帝都に戻り、毒杯を頂いた。彼の残した自白によると、鷹邑卿は、銃弾を六発も受け、脳死状態だったにも関わらず、魔力変換器官は、麻生に襲撃された夜から六年近くも機能していた。意識を失う前に、全ての魔力を凪子姫のお腹の子供に託していたため、生成される魔力量は多くはなかったが、それでも、六年も機能していたのは、彼の変換器官の尋常でない質の高さを示している。


植物人間状態になった鷹邑卿を、速水伯爵とドクター滝川が、速水伯爵邸の離れに移し、そこに隠れるように、凪子姫が住んでいたらしい。凪子姫は、憔悴しながらも、気丈に鷹邑卿の世話を続けたそうだ。お腹の中に風の子がいたので、つわりが酷く、妊娠中期以降は、安定するどころか、妊娠中毒症のような症状になってしまった。その上での鷹邑卿の世話で微量ながらも受けてしまう風の魔力は、弱った彼女には、毒にしかならなかったが、それでも、鷹邑卿のそばを離れなかったという。


高村愛の調書にも、この間の記述がある。罪の意識に苛まれた高村愛が、何度も速水邸を訪れ、異母妹と最後まで信じていた凪子姫と父親の速水伯爵は、彼女の訪問を喜んで受け入れていたそうだ。明楽君が生まれた直後、麻生が速水邸を訪ねてきたらしい。鷹邑卿と凪子姫の子供には魔力があることを見越して、明楽君を狙っていたようだ。妖が魔力持ちを喰らえば、その魔力で、妖力が一気に上がり上位種になれるからだ。自分を守る術を持たない魔力持ちの赤ん坊なら、最高の餌になる。それに麻生家や楢原家や、その周りにいる者達が、赤ん坊の魔力を喰らったあとに、禁忌とされる古の存在の霊魂を魔界より呼び出して、受肉させようという思惑もあったらしい。ところが、ドクター滝川が、死産だったと凪子姫と麻生に告げた。高村愛の調書には、ドクター滝川が、凪子姫の出産直後、愛に明楽君を渡し、逃げろと言ったとなっている。シングルマザーのキャバ嬢、ユミリーに感化されていた愛は、明楽がいれば、自分も彼女のように生まれ変われるのではないかと思ったとも書かれていた。どこまでも、自分の都合しか考えない高村愛だが、その時ばかりは彼女の自己中心的な考え方が幸いした。


愛が産まれたばかりの赤ん坊を抱え、行方をくらませてから、凪子は自分のせいで鷹邑の子供が死んだと自分を責め、さらに衰弱していった。そうなると、速水親子は、滝川をより一層頼るようになり、滝川の昏い虚栄心と自己満足が日々膨れていった。


そんな暮らしが5年近く続いた頃、子供の頃から、時々、速水邸にふらりと現れる麻生が、離れで隠れていた凪子姫を見つけてしまった。ベッドに横たわる、ほとんどミイラのようになっていた鷹邑卿を見つけるやいなや、麻生は、その既に消えつつある魔力を体ごと喰らおうとしたらしい。それに気づいた凪子姫が、半狂乱で麻生を止めようとした。怒りや悲哀や、今まで溜め込んでいた色々な感情が、水の魔力とともに爆発し、真っ黒な瘴気が立ち上った。凪子姫は、厄災の魔物になった。そして、その場にいた麻生と滝川に襲いかかると、そのまま、鷹邑卿を抱えて消えてしまった。


「土御門さんと賀茂さんが、凪子姫が器になった厄災の魔物は、水なのに風のようにすばしっこかったって言ってたのは、末の君の魔力を喰らったからだと思ってた。ご遺体が真っ黒になって、魔力が枯渇していたのも、それが理由かと」

「凪子が厄災になった時には、もう鷹邑の最後の魔力が消えつつあったんだな。俺が見た鷹邑の遺体には、瘴気もなかったが、魔力の欠片も残っていなかった。凪子の厄災の魔物は、速水の魔力で作られたからな。速水と滝川は、親戚同士の家だ。どちらも勢いのある水という名を持つ。早くて当然だろ」


この話は、小野家にも報告され、峰守お爺様と篤子お婆様が、言葉を選んで慎重に明楽君に伝えた。全てを聞いた明楽君は、涙を見せずに、固い声で私と麻生の戦った記録の画像を見せて欲しいとだけ言ったそうだ。そして、私のぱんころが、麻生だった牛鬼をボコボコにしたところで、「ふーちゃん、ありがと」と言って、わんわん泣いて、そのまま寝落ちしたと小野子爵が教えてくれた。【遠見】の子爵の声も涙声だった。


それから、明楽君が最後まで気にかけていた高村愛は、隣国の国籍を持っていたため、帝国の土を二度と踏まないという誓約書にサインをした後、強制送還となった。隣国では悪事を働いていないので、服役することもなく、そのまま釈放されるらしい。これには、少しモヤっとしたものを感じたが、隣国の法に干渉することは出来ないので仕方がないそうだ。英喜おじさまが持って帰って来たシャーレを使って、小野家が隣国政府と「ちょっとお話」してみればいいのに。


「ふー、お前、ロクでもないことを考えていないか」


父様が、食べかけのお饅頭を全て口の中に入れて、もぐもぐと咀嚼しながら、私のほっぺをつまんだ。子豚のほっぺは、むにむになので、よく伸びる。いい加減、私も痩せないとな。


「あーあ。彰、大丈夫かな。早く帰ってこないかな」


父様が長い足を投げ出して、椅子にだらしなく座った。


「敦ちゃん、そんなに気になるなら、見に行けば?」


誠護おじいさまが、五つ目のどら焼きを手に取りながら仰った。


「おじさま、彰人が西都にいないんだから、享護を連れても動けませんよ。ボケたんですか」

「ほんと、口の悪さは、なー君の血だよね。敦ちゃん本体は動けないけど、ふーちゃんの土人形に入れば、古の約定には反しないんじゃないの?」

「それだ!東条の割に冴えているじゃないですか。どうしたんですか、おじさま」


父様のあまりに失礼過ぎる発言に、食堂にいる皆が爆笑した。東条家、一緒になって笑っている場合か。そこは、ちゃんと反論してよ。


「ふー、土人形、ハンザキ以外なら何でもいいから出してくれ」

「え、お父さまが小野家のお庭でやったようなリモートで作るのは私には無理だよ」

「ここで作れば、俺が飛ばす」


そっか。それなら問題ないか。


「父様、私も連れてってよ」


もう何日もお父さまのお顔を見てないから、私も心配だ。父様のいつもの「おう」という返事をもらって、すぐに二体出して、そのうちの一体に父様を入れて、もう一方に私自身が入った。


「おい、バカ息子、何で、俺がこんな太った犬なんだよ。彰が前に作ったのは、もっとしゅっとしていただろ」

「製作者に似るんだって、土御門さんが言ってたよ」

「お前、本気で痩せろ。今すぐに!」


うるさいなぁ。あんまり文句を言うと、土人形を解消しちゃうよ。私がむすっとしていると、「ちっ」と父様の舌打ちの音が聞こえ、ふわりとした浮遊感に襲われた。わんころ姿でも、冥王の魔力は衰えない。


気がつくと、前回と同じ場所だった。


「あれ、摂家門って言うんだっけ?内裏に行くの?」

「おう。今日、彰は内裏にいるんだよ。ちゃんと【遠見】で見ているからな」


やだ、怖い。ストーカーがいるよ。誰か、検非違使に通報して。


「あ、もう検非違使はいないんだ」

「そうだな。警察官が内裏の警備も担当しているらしい。魔力関係は、相変わらず陰陽師だけどな」


二人で、ぺらぺらとお喋りしながら摂家門をくぐると、バタバタと数人が走ってくる足音が聞こえた。


「何ですか、あなた達は。はっ。この太った猫には見覚えがありますよ。あなた、嘉承の恐ろしいちびっこですね。もう一体は誰ですか」


宰相が、官吏数名を引き連れ、走りながら叫んでいた。


「おう、みっちー、俺だ」

「はあああ?嘉承公爵が、西都を出たら、古の約定違反ではないですか」

「だから、俺じゃなくて犬で来ただろうが」

「犬の姿で来ても、魔力は同じでしょうが。何のための約定だと思っておられるんです?公爵、あなた、実は馬鹿なんですか」

「ああ?誰か何だって。やんのか、みっちー」


曙光帝国の貴い皇帝陛下がおわす内裏で、小さいおじさんが、太った犬と真剣に喧嘩している。その上から、ぴぴぴぴ、じりーじりーと独特の鳥の鳴き声が聞こえた。見上げると、白いもこもこした鳥が数羽、木の枝にとまって、父様達を見ていた。


「シマエナガだ。初めて見たよ。かわいー」


嬉しくて、よく見ようとぴょんぴょんと飛び跳ねていると、シマエナガが全部飛んで行ってしまった。ええ、何で?私は怖くないよ。


「にゃんころは可愛いけど、普通、猫が飛び跳ねていたら、鳥は逃げるよね」


突然、掛けられた声に振り向くと、都の雅、公達はかくありきを体現した、大好きなお父さまが立っていらした。


「ふーちゃん、兄様と会いに来てくれたの?」

「うわあああん、お父さまだーっ」


すらりとした美貌の紳士に抱きついて、わんわんと泣く太った猫を、同じ木の枝に戻ってきたシマエナガの家族が不思議そうに見ていた。


かわいいシマエナガが森に戻ってしまう前に、ウグイスたちが戻ってくる前に、お父さまが西都に戻ってくるといいな。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る