第128話 明楽へのホログラム
「あれ、一条のお爺様と三条の伯父様が、どうして?」
瑞祥公爵の最側近、水の名門中の名門の一条侯爵の先代当主と、董子お母さまの長兄の三条侯爵が、静かに入室し、流れるような所作で、東宮殿下の前に立ち、深々とお辞儀をした。
「ああ、先代の一条侯爵ではないですか。久しいですね。三条侯爵も元気そうで何よりです」
東宮殿下がお声をかけると、二人が頭を上げた。
「東宮殿下、再びお目にかかれる日が来るとは、何という僥倖でしょう」
「東宮殿下、ようこそ西都にいらっしゃいました」
みっちー宰相が、ほぅと溜息をもらした。はい、仰りたいことは、何となく察しがつきますよ。
「それで、二人は、どうしてここへ?」
殿下が、私も知りたかったことをお尋ねになった。
「はい、先ほど、我が君より連絡がありましたので、急ぎ馳せ参じた次第です」
そう言って、二人がお父さまに向かって、軽く頭を下げた。そうか、お父さまが、一条にドクター滝川と高村愛の弁護をさせるって仰ってたね。三条は、断絶が決定するだろう滝川家の介添えだったっけ。いつかの白熊みたいに、水人形伝達だろうな。それにしても、「我が君」ときたよ。うちなんか、当主は、「敦ちゃん」なのに。相変わらず、瑞祥は、まともな公家感バリバリだよね。
「急いで来たとか言う割には、正装で、髪も整ってるよね」
「水の家は、皆、髪の毛がきれいだからね」
おじさま達、コソコソ話は止めて。相手は水だよ。火や風とは違うんだって。
「お休みの日に呼び出して申し訳ありませんね。今から、菅原宰相と小野の二の君が、西条侯爵と一緒に、嘉承公爵の転送で帝都に戻りますから、一緒に行ってください。滝川君の事情については、南条侯爵と北条侯爵が、今、事情を確認していますから、分かり次第、調書を送ります。西条侯爵、お手数ですか、これまでの経緯を、あちらで二人にも説明して頂けませんか」
「任せてよ、彰ちゃん。二の君が証拠を持っているから、現物付きで説明してあげるよ」
お父さまを、いつもの調子で「彰ちゃん」呼ばわりした英喜おじさまに、一条のお爺様の口元がピクリとしたが、さすがの一条家の先代当主は「お願いする」と目礼だけして何も言わなかった。こんな上品なお爺様に、あの二つのシャーレに入った証拠品を見せてもいいのかな。どうなっても知らないよ。
三条侯爵の下には、お母さまの次兄、お母さま、末の姫がいる。本当は五人兄弟だったが、一番上の大姫がお亡くなりになっていて、今は四人だ。何と、この大姫が、うちの父様のかつての婚約者候補だったらしい。噂では、大姫と、三条侯爵と末の姫が、先代侯爵によく似た、いわゆる才色兼備型で、次兄とお母さまが、先代侯爵夫人によく似た、ぽっちゃり系のお人よしタイプらしい。
一条のお爺様と、三条の伯父様が、殿下に頭を軽く下げ、父様のところに来て、お辞儀をした。
「一条のおじさま、うちの父も、今、先代の南条と北条を連れて、陰陽寮にいるから、西条英喜と一緒に話をすり合わせると、もっと事情がはっきりすると思う」
「瑞祥のサンルームを破壊した件ですね。あの長人様が、大姫の御心を乱すようなことをされるとは、何があったんです?」
あれの真相は、お祖父さまが、明楽君を庇って完全に破壊しちゃったんだよね。うちの父様も、お祖父さまも、優しさの方向性が何かおかしいんだよ。
「まぁ、色々と事情があるんですよ、おじさま」
父様がはぐらかす後ろで、つつつ・・・とチーム小野の三人が動いて明楽君を後ろに隠した。
「大姫様は寒いのが苦手でいらっしゃるから、今、二条と四条が一族の者を総動員して建て直しをしていますよ。なに、数日あれば、元に戻るでしょう」
「数日では困るんです。数か月かけて頂けませんか」
いきなり、一条のお爺様と三条の伯父様の間に、宰相がにゅっと顔を出した。後ろにいた賀茂さんも苦笑いだ。
「誰かと思えば、菅原宰相ではないですか。内裏の事情は、我が君より愚息経由で伺っておりますが、我々は、大姫様に数か月もご不自由な思いをして頂くわけにはいかないのですよ。それに、先帝陛下が、疾く終わらせよと修繕費をお贈り下さいまして」
昨日の今日の話だよ、先帝陛下。どんだけお祖母さまが大事なんだよ。
「そ、そうですか。先帝陛下が。それでは、お言葉通り、早く修理を終えないわけにはいきませんよね」
みっちー宰相が、がっくりと肩を落とした。
「みっちー、賀茂、心配するな。うちの親父も側近のジジイどもも内裏が落ち着くまで、陰陽寮に居座るだろうよ」
「嘉承公爵、それは、本当ですか、本当に本当ですか」
宰相が父様ににじり寄った。
「近い。お前、さっさと内裏に帰れよ。忙しいんだろ?」
「はっ。そうでした。ワタクシ、これで失礼しませんと。陰陽頭、あなたは、殿下の御側で、警備をお願いしますよ」
宰相があたふたと、自分の上着を掛けておいた席にもどり、帰る用意を始めた。
「心得ました、宰相。でも、西都では、私では全く役に立ちませんが」
「そうですねぇ。ここは、色々とデタラメな人達が多いですし、どうやら、それに輪をかけた数の妖もいるようですし。それでは、警備は、数百の妖を従えているという、あの恐ろしいちびっこに任せて、貴方は殿下と無事に帰還することに専念としましょう」
恐ろしいちびっこって誰だよ。数百の妖なんか従えてないってば。勝手に警備要員にされちゃってるし。ほんと、この国の児童労働法、おかしくないか。
むっとしていると、誰かの人差し指がぷにょっと私の頬をつついたので、ぷしゅっと息がもれた。
「そうだね、宰相。私は、不比人に守ってもらうから、心配はいらないよ」
東宮殿下だ。にこにこしながら、ヒラヒラと片手を優雅に振っておられるが、要するに、宰相はさっさと帰れという意味だよね。
「まとめて送るから、帝都に行きたいやつは、ここに纏まってくれ」
父様が言うと、宰相、西条侯爵、小野の二の君、一条先代侯爵、三条侯爵が集まった。五人を一気に転送か。人外はやることが違うよね。
「三条侯爵、私は、滝川君の事情聴取が終わってから、調書を持って参内すると陛下方にお伝えしてください。殿下と陰陽頭と一緒に帝都に行きます。滝川君も」
「かしこまりました、我が君」
三条侯爵がお父さまに向かって頭を下げた。
「英喜、ジジイ共と一緒に、楢原をしょっ引いとけ。あの野郎にも聞きたいことがあるからな。親父がいるから、大丈夫だと思うが、ヤバかったらすぐに呼べよ」
「うん、分かった、敦ちゃん」
西条侯爵が、親指をぴきっと上げてみせると「ぶぶっ」とチーム小野が吹き出した。はい、うちは、もう公家じゃなくて、山賊一味でいいですよ。
「何というか、これが同じ公爵と侯爵の会話ですかねぇ。殿下、嘉承一族におかしな影響を受ける前にお帰り下さい。陰陽頭も、くれぐれも気をつ・・・」
「うるせー、みっちー、とっとと帰れ」
父様が、片手を払うようにすると、すっと五人の姿が消えた。ちゃんと【風壁】付きで転送されたと信じたい。お父さまの側近二人も一緒だから、大丈夫だよね。いや、あの人は、一人だけ【風壁】の外に出して転送とか、人間離れしたことも出来るような気がする。
「さてと、うるさいのが帰ったから、最後の仕事をしようかな」
殿下が、そう仰って、ポケットから曙光玉を取り出された。あ、そう言えば、もう一つあったよ。あれは、小野の子に渡してってお祖母さまに言われた方のやつだ。
「嘉承公爵閣下、今日、泊めて下さいね。私、これで魔力切れを起こしますから」
殿下がそう仰ると、もう一つの嘉承玉を掌に載せ、もう片方の手で魔力を注ぎ込んだ。
「小野明楽、こちらに」
突然の殿下の呼び出しに、峰守お爺様と小野子爵の後ろに立っていた明楽君が不安そうな顔をした。小野明楽って呼ばれるのも初めてだろうしね。
「不比人、連れて来て」
殿下も人使いが荒いな。
「明楽君、大丈夫だよ。あれは、うちのお祖母さまが、明楽君に渡してって仰ったものだから、絶対に怖いこととかはないよ」
私が手を出すと、明楽君がこくりと頷いて私の手を取ってくれた。殿下の前に二人で行くと、私の真似をして、明楽君も胸に手を当てて、ぺこりと頭を下げた。
「これは、瑞祥の大姫様が、お前のために特別に作られたものだ。風の魔力で起動するようにしてあげるから、ここにお前の魔力を入れてくれるかな」
殿下が、曙光玉を明楽君の前に差し出されたが、明楽君は困った顔をして私を見た。明楽君は、今まで魔力を隠して生きてきたから、魔力を入れと言われても、やり方が分からないよね。
「殿下、少々お時間を頂けますか」
賀茂さんが、私達の前に来て、明楽君の頭を軽く撫でた。
「明楽君、こうやって、手をすりすりって擦り合わせてくれるかな」
賀茂さんと明楽君が、アライグマのように、体の前で両手を擦り始めた。
「そうそう、両方の手が温かくなってきたよね。そうしたら、こうやって、意識を掌に集中しながら、掌をゆっくりと離してごらん」
明楽君が素直に賀茂さんの指示にしたがって、両方の掌を少しずつ開いた。
「うん。ちゃんと流れているね。温かいものが、掌の間にあるよね?」
「はい」
明楽君がこくりと頷いた。その横で、真護も同じように、すりすりとやっている。
「じゃあね、ちょっと薄目にして、両手のひらにある温かいものを見てくれるかな。私の手のひらの間に何かない?」
「えっと、水色の渦が見えます」
「お、すごいね。これが、私の魔力だよ」
明楽君がすぐに見えるように、賀茂さんが強めに魔力を出してくれていた。
「明楽君、僕のも見てよ」
真護が自分の両手を前に差し出した。
「えっと、真護君のは、緑、青っぽい緑?」
えらい!こんな短時間で、ちゃんと水と風の魔力が見えているよ。うちの豆柴ちゃん、優秀だわー。
「ほれ、真護、これは見えるか?」
お父さまが頼子叔母様を引っ張って、無理やり片手を見せると、真護君が「赤!」と嬉しそうに言った。
「おう、これは火な。この色を持っている公家の姫を見たら、すぐに逃げろ」
父様、何を教えるかな。まぁ、西都で生存するには重要情報だけどね。叔母様が、自分の手を父様の手から抜き取って、火を肩まで纏うと強烈右ストレートを繰り出した。父様は、残像を残しつつ位置を変えるという、おかしな技で躱していたけど、二人ともいい年をした大人なんだから、東宮殿下がいらっしゃる前で止めて欲しいよ。
賀茂さんが引きつった笑顔で、二人を無視して、明楽君に訊ねた。
「すごいね。もうちゃんと見えているんだ。じゃあ、自分の掌には何色がある?」
「えっと、緑があります。あ、真護君と同じだ」
「そう。それは、風の魔力の色だからね。真護君も明楽君も魔力属性は同じだから、同じ色だね」
賀茂さんは、幼年者向けの魔力持ちのための学校の先生になればいいと思う。絶対にこの国の魔力レベルが上がるよ。
「じゃあ、その色を見ながら、殿下のお持ちになっている玉に、その緑青の魔力を乗せられるかな」
賀茂さんがそう言うと、明楽君が真剣な顔つきで、自分の魔力を両手で掬うようにして、殿下の御側まで行き、そのまま、曙光玉の上にそろそろと置いた。すると曙光玉の上の明楽君の魔力がすうっと吸収されていった。
「よくやったな、明楽。後は私に任せるといい」
殿下が、にっこりと笑って、ご自分の闇色の魔力を曙光玉に注中した。瞬間、曙光玉が映写機のように光を投影して、3Dの映像が浮かんだ。ホログラムだ。
「鷹邑!」
ホログラムは速水凪子姫と小野鷹邑卿だった。
「今日は、とても気分がいいの。拓哉にはあと半月ほどで安定期に入るから、つわりが治まれば、遠出をしても大丈夫だって言われたわ」
拓哉というのは、ドクター滝川の名前だ。
「やったね。じゃあ、うちの領地に報告に行くのは5月の連休になるか。兄達も、親戚も皆、里帰りするから、丁度いいタイミングだなぁ。皆の驚く顔が浮かぶよ」
そうか、明楽君のことはサプライズだったのか。だから小野家の皆さんは、明楽君のことを知らなかったんだ。
「凪子、赤ちゃんの名前だけどね、明るく楽しいって書いて、明楽はどう?」
「明るく楽しく生きてくれるように明楽ね。いい名前。でも、まだ、男の子かどうかも分からないのに」
「男の子だよ。間違いなく、風の子が生まれる。」
「本当?」
そうして、二人が、幸せそうに笑っている姿が、薄くなっていき、ふっと消えた。
明楽君の丸い目は、更にまん丸になって、峰守お爺様と小野子爵は泣いていた。
「明楽、これを」
殿下が曙光玉を明楽君の両手に乗せて下さった。
「お前が魔力を注ぎ込めば、いつでもあのホログラムが出て来るようにしたからね」
殿下がにっこりと微笑まれると、そのまま静かに目を閉じられた。
魔力切れだ。
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