第126話 ふーちゃんのくーちゃんとつっちー
「ドクター滝川が何で?」
呆然と立ち尽くす私を、ドクター滝川が白目まで黒くなった眼で、うっすらと自虐めいた笑みを浮かべながら見ていた。げげっ、もしかして、私を狙ってます?
「あー、ふーがロックオンされたー。大変だー」
父様、それはあまりに棒読み。助ける気、皆無だよね。父様が助けてくれないということは、四侯爵の助けも期待できないということだ。西都の児童労働法って、どうなってるの?
私も、父様たちも、もちろん【風壁】で水を防いでいるので飲み込まれることはないし、水から水素を切り離せば、酸素になるので、風の魔力持ちの方が魔力が強ければ全く問題ないが、水の中から酸素だけを取り出す作業は、地味に魔力を削られていくので、長時間になると流石にきつい。
「父様、私、昨日の麻生との対決で疲れているんですけど」
「それは、こっちのセリフだ。お前はさっき、東宮の菓子をこっそり食ってたよな」
ちっ。公爵サマは目ざといな。昨日から重労働なんだから、お菓子くらい、いいじゃん。
父様に言い返そうと、後ろを振り返った途端、ガキンと私の【風壁】に何かが当たった。巨大な氷柱が落下したみたいだ。
「うわぁ。あれは当たると即死だよ。ふーちゃん、敵に背中を見せちゃダメだよ」
「でも、ふーちゃん、敦ちゃんの魔力を使って【風壁】を常時展開しているからねぇ」
「その上に、彰ちゃんの魔力も乗っかってるから、私たち四人が同時に攻撃しても、あれを打ち砕くには時間かかるな」
「死ぬほどのダメージを受けても、一回なら、霊泉の爺さんが引き受けてくれるし」
「ふー、俺の魔力、まだ、それだけ持ってるんなら返せよ」
焦る様子が欠片もなく、父様の【風壁】の中で呑気に喋り続けるチーム嘉承に、ドクター滝川が苛々しているのが分かった。まぁ、勝ち目がないと分かって、一番弱い私を狙ったはずが、四侯爵の同時攻撃を受けても平気な【風壁】の中にいるわ、ロクでもない大人たちは全く歯牙にもかけていない気楽な態度だわ、だとイラっとするよね。私、攻撃されている身だけど、その気持ちは、すごく分かるよ。
『おい、スナギツネ、虚無ってる場合か。さっさと滝川を生け捕りにしろ』
おまけに、この人使いの荒さだよ。【遠見】まで飛んで来るし。あと、スナギツネじゃないから。
「ふーちゃん、とりあえず、この水を何とかしてよ。敦ちゃんの壁の中でも、嫌な魔力を持った水に囲まれていると気持ち悪くて」
英喜おじさま、気持ち悪いんなら、自分で何とかしてよ。出来るくせに。
「ふー、とりあえず、さっさと水を除去して、後は、滝川をかりっと焼いとけ」
「ふーちゃん、彼は、まだ救える。人の姿を保っているということは、まだ完全に闇落ちしていないということなんだ」
父様のいい加減な言葉の後に、時影おじさまの珍しく必死な声が聞こえた。そうなんだ、まだ、完全に闇落ちしていなかったんだ。確かに、ドクター滝川からは、麻生のような禍々しい殺意や狂気は感じない。彼の纏っている気は、まぎれもなく瘴気だけど、それは途轍もなく哀しい闇色をしていて、私達に引導を渡して欲しいと願っているようにさえ見える。
「でも、一番弱い者を狙うなんて酷い。ドクターにあるまじき態度だよ」
私が文句を言うと、突然、広い会議室に溢れていた水が強烈な流れを起こし、その大渦の中から、とぐろを巻いた水の大蛇が現れた。
「蛇と蜘蛛とか、皆、センス悪いよ。もっと可愛いのにすればいいのに」
水が、大蛇の形をとったので、部屋の中に少し空気が戻った。よし、これで火が使いやすくなったよ。こっそりとほくそ笑む私の前方で、幽鬼のように立つドクター滝川の黒い目は、ますます暗さを増し、既に人らしい表情が消え、精巧な蠟人形のように見えた。これは、そろそろ危険な感じ?
「えーと、ドクター滝川、もう投降しちゃいませんか」
私の言葉に激高したかのように、水の大蛇が大口を開けて私に襲い掛かった。やだ、意外に導火線、短いよ、この人。
ぱくん。
「ごぉらああああ、ふー、お前、本気で学習しろっ。ハンザキに変なものを飲み込ませるな。また、お母様の笑顔の尋問を喰らうだろうが」
突然、現れた巨大なハンザキが、水の大蛇を一口で丸呑みしたのを見て、後ろで父様の怒声が聞こえた。蛇の口より、オオサンショウウオの方が口は大きいからね。ハンザキの名前は伊達じゃないんだよ。
「うーん。陛下方のご指摘通り、ふーちゃんのゴーレムや土人形って、どれも何か緊張感がないんだよねぇ」
「ほんと、それ。ここはハンザキじゃなくて、大蛇が相手なんだから、ヤマタノオロチくらい出さないと」
この状況で好き勝手なことを言うチーム嘉承こそ、緊張感の欠片も何もあったもんじゃない。
「うるさいっ!見たことがないものは作れないんだよ」
私が、後ろの外野に怒鳴り返していると、今度は氷の礫が飛んできた。借り物の魔力の【風壁】が良い仕事をしているので、がきんがきんと音を立てるだけで、罅すら入る気配もない。父様の魔力を纏っていると、楽でいいよね。
「投降する気がないんなら、こっちもそれなりの対応になりますよ」
私には【風壁】を完全に解いても、まだお父さまの水の加護があるから、数回、礫が当たったところで問題ないはずだ。父様の魔力に、私自身の魔力を沿わせて魔力を練り上げる。その間も、氷の礫攻撃が止むことはなかったが、まだいける。お父さまの加護が消える、ぎりぎりまで魔力の錬成を続けるんだ。
「出でよ、浄化の龍」
父様の魔力を使い切って、巨大な魔力を放出すると、私の龍がブリザードの中を閃光のようにドクター滝川を目掛けて飛んで行った。
かぷっ。
「やった!」
龍がドクター滝川を捉えた。一気に【業火】を燃え上がらせる。
「出たーっ、白だっ!」
青じゃないけど、白でもピンポイントで小さい範囲なら、追い打ちを掛ければ、お祖父さまや父様の【業火】レベルで浄化できるって、博實おじいさまと時貞おじいさまに習ったもんね。
「くーちゃん、出動!」
クエエエエエエエエエエエエ
どうよ。こういう時のために用意しておいた、文字通り、私の取って置き。
「何だ、ありゃ?」
「またまた、緊張感のないのが出て来た」
孔雀のくーちゃんが、羽を広げると、孔雀明王の真言が展開される。
のうもぼたや・のうもたらまや・のうもそうきゃ・たにやた ・ごごごごごご・のうがれいれい・だばれいれい・ごやごや ・びじややびじやや・とそとそ・ろーろ・ひいらめら ・ちりめら・いりみたり・ちりみたり・いずちりみたり ・だめ・そだめ・とそてい・くらべいら・さばら ・びばら・いちり・びちりりちり・びちり・のうもそとはぼたなん ・そくりきし・くどきやうか・のうもらかたん・ごらだら ・ばらしやとにば・さんまんていのう・なしやそにしやそ ・のうまくはたなん・そわか
魔力が【業火】に足りない私の浄化は、魔を喰らう孔雀明王様の呪を「追い打ち」にお借りすることだ。浄化の龍に完全に動きを封じられ、くーちゃんの真言攻撃を真っ向から受けて、ドクター滝川の顔が苦悶で歪んでいる。そして、それが消え、私がよく知る、いつものドクターの穏やかな表情が戻った頃には、双眸から涙が流れていた。
同時に、水がどんどんと引いていき、そして、終いにはすうっと消えた。浄化の龍に咥えられたドクター滝川が、魔力切れで意識を失ったからだ。
「やった!やったよ、父様!」
初めての【業火】の成功に、思わず、ぴょんぴょん飛び跳ねながら、父様に向かって叫んだ。
「おう、よくやった。俺の魔力で何を作ってやがる、という疑問は残るが、まぁ、よくやったとしておくか。織比古、時影、滝川を嘉承に連れて帰って、全部、吐かせろ」
出たよ、嘉承名物の太陽と北風アプローチ。うちの場合は火(陽)と風が逆だけど、時影おじさまのブリザードの視線に睨まれた後だと、織比古おじさまに完落ちするのは時間の問題かな。
「ふーちゃん、えらかったね。内裏で牛鬼を倒したことといい、大したもんだよ。後は、私たちが始末をつけるから、私の【風壁】に滝川君を入れてくれるかな?そのまま【風天】で浮かべて持って帰るよ」
そう言って織比古おじさまが【風壁】で作った箱を出したので、そこに龍の首を下げて、ドクター滝川をぽてっと落とした。
「七歳児の【業火】は新記録じゃないか。素晴らしい。北条の次代は間違いなく、ふーちゃんに付いて行く」
時影おじさまも、手放しで褒めてくれたが、本当の【業火】じゃないんだよね。どっちかというと【忌火】や【清火】の上位互換かな。
「時影おじさま、あれは、父様の魔力を借りていたし、青い火じゃなかったから、本当の【業火】を使えたって訳じゃないよ」
【業火】というのは、広範囲に渡って破邪していく圧倒的な魔力だから、さっきのあれを【業火】と呼ぶには、ちょっと地味過ぎる気がするよ。おじさま達を話していると、ふっとお父さまの結界が消えた気配がした。すぐに、「ふーちゃんっ!」と叫びながら、真護と明楽君が走って来た。
「ふーちゃん、カッコ良かったよ!」
「うん、すごいカッコ良かった!」
真護が言うと、明楽君もすぐに同意してくれた。えへへ、そお?
「ふーちゃん、それで、この子達は何?」
明楽君が、いつもの好奇心旺盛な、豆柴の丸い目をきらきらさせながら、私の孔雀と龍を指さした。
「この子は、孔雀のくーちゃんだよ。浄化担当」
「くーちゃん、孔雀だったんだ」
明楽君が、まじまじとくーちゃんを見る。
「は?そいつ、まさかの孔雀だったのか。どう見ても七面鳥だろ、それは」
父様が聞き捨てならないことを言った。何が悲しくて七面鳥から、孔雀明王の真言が出て来るんだよ。そんな罰当たりなことをするはずがないよ。
「あの、ふーちゃん、じゃあ、この子は?」
「明楽君、よくぞ聞いてくれました。この子は、私の渾身の出来なんだよ」
何と言っても、父様の魔力を全部使って作ったパワーとスピードを兼ね備えた、私には珍しい超攻撃型ゴーレムだからね。
「はい、はーい。僕に名前を当てさせてよ」
真護が、片手を上げながら、ぴょんぴょんと飛び跳ねた。お父さまの結界の中にいた大人たちも、私と真護と明楽君のちびっこ組の会話を微笑ましそうに眺めている。
「いいよ、真護。じゃあ、問題。この子の名前は何でしょう?」
「僕は、ふーちゃんの名付け方は心得ているからね。この子は、間違いなく、つっちー」
何だ、その名前?どこらへんが「間違いなく」なんだよ。
「ぶー。外れ。この子は、浄化の龍のりゅう君だよ」
私が、ふんすと胸を張って答えると、何故だか、周りから反応が消えた。あれ?
「何だ、それ。どう見ても、こいつはツチノコつっちーだろうが」
「父様、ひどい。どう見ても龍じゃん」
「龍がこんなに太ってるわけがないだろ。一回、
その日、私は、生まれて初めて、魔力で作られるゴーレムが、主人に似るということを知った。それともう一つ、どうやら、西都の北の貴布禰には水の龍神様がお住まいらしい。
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