第121話 出奔
「伯爵、ご旅行ですか」
「ええ、そうなんですよ。厄災が発生してからというもの、休みがありませんでしたので、老いた身には堪えてきました。そろそろ、ゆっくりと骨休みをさせてもらっても良い頃かと思いましてね」
そう上品に苦笑して見せる長身の紳士は、老いた身という表現にはまるで似つかわしくない佇まいだ。パスポートに記載されている生年月日は確かに老齢といっても間違いないが、エレガントなカシミアのコートを腕にかけ、一目でオーダーメイドと分かるウールのスーツを着こなしている目の前の貴人は、どこまでも優雅に齢を重ねているように見える。
「厄災ですか。私の妻の実家も被災しました」
「そうですか、奥様のご実家が。それは災難でしたね」
「はい。ですが、幸い両親ともに無事に避難できまして、今は西国に引っ越して、私の実家の近くに住んでいるんです」
「なるほど、西国ですか。それは良かった。それなら奥様も安心ですね。貴方と貴方のご家族が、これからも健やかに過ごせるように祈りましょう」
その日、曙光帝国の最北の港から、一人の貴族の男が船で出国した。最北の港には、貴族が乗るような客船が停まることがないので、帝都から来た貴人はひどく目を引いた。
「さすがにお貴族様は違うねぇ」
「お優しい素敵な方じゃないか」
「全くだよ。楢原伯爵様と仰る高位の御方らしいよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録(無料)
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます