第103話 おやつは300円まで

「ふー、牧田に正装の用意をしてもらえ」


何で正装?悪いやつを殴りに行くんだよね。享護おじさまは、疑問がないのか、さっさと東条家に衣装替えに行ってしまった。おじさまの【風天】もめちゃくちゃ早いな。あの人も実は飛べるんじゃないの。


「正装しておくのが西都の様式美なんだろ。お前は瑞祥が養育しているって誰でも知っているからな。彰人に恥をかかせるな」


父様の意図が分からないけど、養父のお父さまに恥をかかせると言われたら、それは絶対にダメだ。正装でもゾンビメイクでも何でもするよ。


一旦、自分の部屋に戻ると、牧田が部屋に和貴子さんを呼んでくれた。今回は洋装らしい。シャツとズボンくらいは自分で着れるけど、和貴子さんは、とにかくお世話をしたいみたいだ。


「若様は、大きくなったら、間違いなく、お父上のような美しい公達になりますわねぇ」


お母さまも似たようなことを仰ってくれたけど、和貴子さんの言うお父上は、瑞祥のお父さまではなく、嘉承の父だ。


「その前に痩せないとね」

「魔力が安定すれば、すぐにお痩せになりますわぁ。わたくしの兄も弟も、子供時代は丸々として、本当に愛らしい感じでしたのに、今は見る影もありませんわぁ」


和貴子さんの言う兄と弟は、瑞祥一族の水の一条家の先代当主とその弟君だ。水の一条と言えば、誰も彼も、すらりとして上品な、いかにも芸術肌といった人たちの家だ。和貴子さんは、庶子なので、正確には異母兄弟になるが、真護のところの優護が、東条の二の君として育っているのと同じで、小さい頃から一条家に引き取られ一条の姫として育った人だ。「たられば」で話すのは意味がないと父様には怒られると思うけど、それでも、速水伯爵が高村愛を二の姫として育てようとした時に、愛の母親が受け入れていれば、あんな悲しいことは起きなかったかもしれないよね。


「さ、若様、きれいに出来ました。とってもお似合いですわぁ」


和貴子さんが、クラバットというネクタイを結んでくれた。ネクタイというよりも、スカーフみたいな感じ。かわいく蝶々結びになっている。瑞祥のサンルームは崩壊したので、食堂に行くと、先代侯爵たちが、「おお、かわいいじゃないか」と褒めてくれた。かわいいより、カッコいいって言われたいけど、私は、おじいさまたちの実孫より小さいので、しょうがないか。


「ふーちゃん、似合ってるね」


タオルを頭から被った小野の二の君が、髪を拭き拭き、食堂にやって来て褒めてくれた。やっぱり二の君も小野子爵も、峰守お爺様と同じゾンビメイクをされていたようで、三人でシャワーを浴びて来たらしい。


「凝り過ぎのメイクで、顔にも体にも血糊がべっとりついているし、髪の毛も何か変なスプレーでガチガチに固まってて、全部取るのが大変だったんだよ。もう、ふーちゃんの一族って全員おかしいよ。」


そういう小野一族も、なかなかだと思うんだけどな。


「明楽君は?」

「まだ寝てる。小さい体で、あれだけの魔力を使ったんだから、朝まで寝ているんじゃないかな。今は、父と兄が傍にいるから心配しないで」

「南都のお家に連れて行くの?」

「いや、山科の領地に連れて行く。兄の妻と子供たちがいて、母も今は、そこで父を待っているからね。馴染みのない南都の外れの家よりも、山科の方がいいと思うんだ。あそこは、領民が優しいから。鷹邑は、そこで皆に愛されていたから、明楽も受け入れてもらえる」


二の君の目が赤かった。高村愛の言葉で、弟が撃たれたと聞いたから。明楽君が弟ではなく甥だと聞いてしまったから。


「あの、明楽君は、ほんとに、すごくいい子なんです」


変な母親に利用されていたかもだけど、間違いなく性根は優しい気遣いのできるいい子なんだよ。


「うん、ありがとう。弟とあの速水の大姫の子なら、間違いなくいい子だと思うよ。それに、父と母が、鷹邑と同じくらい、いい子に育てるから」


そう言うと二の君が顔を下に向けてしまった。肩が震えている。七歳の子豚に三十路の外交官が泣き顔なんか見せられないよね。ひとしきり、気まずい沈黙が流れたあとに、二の君が、ぱっと顔を上げた。


「ふーちゃんのお祖父様のご指摘通りだよ。この二年、うち、結構ヤバかったんだよ。明るかった母が、鷹邑のあの黒い遺体を見てから塞ぎ込んでしまって、闇落ちしたらどうしようって、いつも心配していたんだ。父も兄も、もちろん私も、親族も皆、あれには堪えてしまってね。明楽が山科に来たら、皆の気持ちは変わると思うから。本当に、ありがとね」

「まだ終わってないですよ」

「うん、でも嘉承公爵閣下が終わらせるって言ったら、本当に全部終わると思う」

「面倒くさがりですからね」

「ほんと、それ」


思わず吹き出して、二人で大笑いしてしまった。良かった。やっぱり、二の君は、しんみりとしているより、ひょうひょうとした態度の方が似合うからね。


「ふーちゃん、これ、私からのお礼だよ」


そう言いながら、二の君が私の頭をぽんぽんとしてくれた。え、これ、もしかして。


「私はね、自分で言うのもなんだけど、なかなか良い風を持っているんだよ。この加護は、【帆風ほかぜ】って言ってね。風を後押しする風だから、ふーちゃんが風を使うときは、威力を上げるお手伝いをすると思うよ。ふーちゃんが公爵になった時には、お祝いに兄が【玉風たまかぜ】を送るからね」


【玉風】って、ものすごい威力を持つ風、嵐を呼ぶ風だよ。深奥じゃん。小野家、それはもらいすぎだって。


「あの、それは、父たちと相談してからでいいですか」

「うん、それはもちろん。でも、ふーちゃん、風持ちなんだから、もらっとけば、損はないと思うよ」


そうだけど、そうなると小野はもう私に逆らえなくなるよ。もうちょっとポップな関係でいいんだけどな。とりあえず、今は、お祖父さまも含めて、要相談にしとこっと。


食堂にビジネススーツの賀茂さんと、正装の父様が現れた。父様は、手足が長く、瑞祥のお父さまより上半身ががっちりしているので、正装をすると、本当に覇王の雰囲気だ。和貴子さんを疑いたくはないけど、子豚が痩せても、こんな感じになるとは思えないよ。


その後、小一時間ほどして、英喜おじさまが戻ってきた。


「お待たせ。頼子姫の提案で、時間を稼ぐために、総督府には既に報告済の体で内裏に報告を入れたよ」


詳細は西条侯爵からと言って、おじさまに報告させて、自分も同時に聞いて二度手間を省いたらしい。さすがは面倒くさがり公爵の妹だけあるよ。


「高村愛の喋ったことは誰が知っている?」

「頼子姫と、姫の西都総督府の最側近と、内裏は陛下と宰相だけにしてもらった。場合によっては、東宮殿下のお力をお借りすることもあるかもしれませんって申し上げたら、陛下は、そうか!って仰って嬉しそうなお顔だったよ」


陛下、本当に嬉しいのかな。失礼ながら、殿下が何に巻き込まれるか、あんまり把握されてないような気がする。


「よし、義理は通したから、そろそろ行くか。で、ふーは何でリュックサックを背負っているんだ。遠足に行くわけじゃないぞ」

「お菓子だよ、父様。魔力切れ用」

「切れる前に終わらせるから、置いてこい」

「私の分だよ。麻生に小野の恨みを込めて一発お見舞いしようと思って」

「ふー、お菓子は300円までだ。残りは置いていくこと。でないと連れて行かない」


お菓子は300円なんて、今時、そんな予算じゃ何も買えないよ。ましてや、帝国中に知られた老舗の稲荷屋のお菓子はどれも、そこそこいいお値段なんだよ。涙をのんで、一つだけポケットに入れて、残りのお菓子の入ったリュックは牧田に渡す。


「若様、稲荷屋もヴォルぺも帝都に店舗がありますから」


しょんぼりとした私に牧田が、こっそりと教えてくれた。そっか。帝都の店舗に行けばいいのか。ちょっとだけ気分が浮上した私を、父様がいきなり抱き上げた。


「お前、本気で痩せろ。重過ぎるだろ」


父様に抱っこしてもえらえるのなんて、数年ぶりだよ。重くなっちゃったから、幼稚舎を卒業してからは、お父さまにも抱っこして頂いてないなぁ。魔力の制御を峰守お爺様に習うから、そのうち痩せるけどね。多分。


「賀茂、享護のように、俺の腕にしがみついていろ。転移する」

「て、【転移】ですか。あれは、始祖様のでん・・・」


賀茂さんが、驚いて何か言いかけたけど、諦めて父様の腕にしがみついた。賀茂さん、父様の魔力に関しては、色々と諦めたようだ。それが正解だと思う。だって、この人の魔力、冥府におわす魔王様並みにデタラメだもん。そういえば、小野家の優秀なご先祖は、冥王府の官吏だったって噂のある御方だよね。


「少しだけ魔力酔いのような浮遊感が出るが、すぐに治まる」


私は抱っこしてもらっているので、大丈夫そうだけど、念のため、父様の首に腕をまわして、がっつりホールドしておこう。


「じゃあ、父様、行ってきます」

「おう、留守は任せとけ」


お祖父さまが片手を上げて見送って下さった。


「サンルームが壊れた件、俺達が戻る前に、お母様にちゃんと説明しておいて下さいね」

「ああっ、お前、それで逃げる気だっ・・・」


お祖父さまの焦った声が遠のいて、浮遊感が襲ってきた。

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