第102話 嘉承一族
麻生が小野鷹邑を撃った。高村愛が、小野鷹邑と速水凪子の赤ちゃんを盗んだ。
確かに、そう聞こえた。高村愛は、峰守お爺様から目を逸らして、ガタガタと震える手を床に這わせながら逃げようとしている。
「彰人、目障りだ。さっさと連れて行ってくれ」
お祖父さまが、珍しくお父さまの名前をきちんと呼ばれた。お父さまが片手を上げると、高村愛が途端に静かになって動かなくなった。
お祖父さまは、大魔王だけど、変なところで優しいんだな。嘉承一族が高村愛を落ち着かせようとすると、火と風の一族なので、どうしても手荒になる。私だと思いつくのは、また【風壁】で閉じ込めて、そのまま浮かせて外に出すとか、【風天】で弾き飛ばすとか。私はまだ使えないけど、父様達なら、高村愛の周りの空気を薄くして意識を飛ばすかな。火に至っては、この状況では、全く使えそうな手が分からないよ。
「でも、なー君」
峰守お爺様が、お父さまの【鎮静】で静かになった高村愛を見て、お祖父さまに乞うような視線を送る。小野兄弟も同じような瞳で訴えるが、父様が憎まれ役を買って出た。
「小野は関われませんよ。明楽が気がついたら、早々に篤子おばさまのところに連れていって下さい。享護、真護を明楽に付き添わせろ。真護もいいな」
「御意」
東条侯爵が即答したが、真護は、私の方を伺うように見た。真護、ありがとね。もう立派に私の側近になってくれているんだね。
「真護、私はいいから、今は明楽君が落ち着くまで一緒にいてあげて。私もすぐに行く」
今は、明楽君の傍にはいれないけど、すぐに行くから、ちょっと待っててね。まだ、私にはやることがあるんだよ。
「英喜、至急、総督府に行って事情を話して来い。検非違使佐の麻生と言えば、皇弟殿下の正妻の実家だからな。面倒くさいものは、上から先に潰しておくぞ」
「御意」
父様に頭を下げると、西条侯爵が一瞬で消えた。西条侯爵家は、【
「時影、あいつの裏に何がいるか、可能性を全て上げろ」
「御意」
北条侯爵も父様に頭を下げて消えた。北条家は昔から、嘉承一の学者一族で、今は帝国一の薬学の権威のような家になっているが、元々は、霊泉先生の伯爵家と並んで、西都で最も学者や科学者を輩出している家だ。霊泉家との違いは、先生の一族が文系で、特に古文書の管理や歴史の伝承を担っているのに対し、北条家は理系。実験や発明が好きすぎて引き籠っている人が多い。お祖父さまは、お祖母さまのことで、霊泉先生と仲が悪いけど、北条家は霊泉家と交流が活発で、両家の蔵書を合わせれば、帝国立図書館でもかなわないらしい。
「織比古、その女に馬鹿なことをさせるんじゃないぞ。罪は絶対に償わせるからな」
「御意」
南条侯爵が、先代の侯爵と高村愛の両脇を抱えて出て行った。南条侯爵と先代は、お父さまと深瀬刑事と高村愛の話を聞き、真相を更に探っていく。これらは全て、調書として深瀬刑事が帝都に持ち帰る。警察署での取り調べではないが、西都の公爵家は西国の統治者でもあるので、法治権を持っている。ここで作成された調書は、警察組織のそれよりも効力があると言っていい。南条侯爵家は、名前が標す通り、有名な「北風と太陽」の話の中の後者のアプローチを得意としている。代々、整った容貌の物腰の柔らかい美丈夫を輩出する家で、今は心療内科の権威だが、元々は、嘉承一族の渉外を担う家だ。
「享護、不比人と帝都に行く。ついて来い」
「御意っ!」
東条侯爵が嬉しくて堪らないという顔で応えた。東条は、代々、嘉承の忠犬にして狂犬と呼ばれる家だ。嘉承一族が動く時は、東条が斬り込みの名乗りを上げる。四侯爵家の中で、一番魔力量があり、一族は例外なく【風切り】の上位互換の【風刃】を得意としている。直系は、深奥に【風天】の最上にして最強の【
「父様、英喜が頼子のところから戻り次第、帝都に行きますので、留守はお願いします」
「おお、任せておけ」
父様が西都を離れる時は、お祖父さまが西都と西国の統治者代理になる。私ではまだ無理だからね。それに今回は、私も帝都に行って、麻生という検非違使に一発見舞ってやらないと気が済まない。
「お父さま、帝都に行って、麻生を捕まえるんだよね。その後、どうするの?」
「麻生の単独か、一族の犯行か、それとも検非違使庁の組織ぐるみか。その辺を見極めないとな。考えるだけでも面倒だ」
「西条家に調べてもらうの?」
「いや、面倒だから、全員縛りあげる」
出たよ。帝国随一の面倒くさがり。帝都の「冥王の支配下に置いてみました、てへっ」という絵が見えたよ。トリさん、戻って来てから調子いいよね。
「閣下、あの、全員というのは、検非違使も全員という意味ですか」
賀茂さんが顔色を変えて訊いた。
「そうだ。心にやましいことがない者は問題ない。心配するな」
「いえ、あの、検非違使の人員に変化が出ますと、先ず陰陽寮にしわ寄せが来ますので、陰陽頭としましては、知る必要がございまして」
「だったら、お前もついて来い」
「ありがとうございます」
父様の覇王モードに反応して、賀茂さんが完全に子分モードになっちゃってるよ。
「帝都に行くのは、父様と享護おじさまと賀茂さんと私の四人だけ?英喜おじさまと時影おじさまは?」
「俺が享護と動くだけでも、やれ過剰戦力だ、謀反の走りだと、帝都貴族がうるさく言ってくるから面倒だろ。賀茂はもともと帝都の人間だからいいが、お前は、言い訳担当な」
言い訳担当、何それ?ま、連れて行ってもらえるだけでも有難いからいいけどね。それより、英喜おじさまが戻って来るまでに準備をしなくっちゃ。
「牧田ーっ」
牧田を呼びながら、厨房に走って行く。帝都に悪いやつを捕まえに行くんなら、私のやることは一つだ。お菓子を持って行かないと。
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