第98話 三歩歩けば、かりっとね
えっ?もしかして、宮様、魔力切れで気絶しちゃってる?
「お菓子、ずっと召し上がっていらしたのに、何で魔力が切れちゃうの?」
隣のお父さまを見上げると、お父さまが困った顔をして私の頭を撫でて下さった。
「だから、お菓子を食べてりゃ魔力が回復するのは、お前だけなんだよ。普通は応急処置にしかならないって教えただろうが、トリ頭」
振り向くとドアのところで、呆れたような顔の父様が立っていた。冥王スペシャルで、食堂から飛んできたみたいだ。それより、今、トリ頭って言ったよね。三歩歩いたら忘れるってやつだけど、こっちはトリさんを抱える身だから、ぎくりとしちゃったよ。
「真護、大丈夫か?」
父様の視線を辿って、後ろを向くと、青い顔をした真護がガタガタと震えていた。真護は、宮様の闇の魔力にあてられて眠っていたはずなんだけどな。
「宮様よりも、真護君の方が魔力が強いから、すぐに気がついて、ふーちゃんのところに戻って来たんだよ」
そうだったのか。見上げた側近根性だよ。でも、あの真っ黒い遺体を見ちゃったんだ。すぐに傍に行って背中を摩ってやると、真護が赤ちゃんのようにすがるように抱きついてきた。真護は私よりも上背があるから、抱き止めるのが大変なんだよ。でも、真護は頑張ったよね。宮様の魔力が切れて【魔鏡】が消えるまで、文句も言わず、叫び声も上げずに、辛抱強く座っていたからね。ガタガタと震える真護に、【
「敦人、今度【嵐気】の応用、教えてくれ。あれは緊急時にさっと移動するのに便利だよな」
お祖父さまが父様に仰ると、父様が私の方を指さした。
「いいですけど、代わりに、あれ、教えてくださいよ。あんなの、習ってないですよ」
父様の言葉に、お祖父さま達が私の方を凝視する。皆で魔力を見てるんだろうけど、全員の視線が集中すると、さすがに怖いってば。
「【仄火】だよな、それ。全身に纏わせているのか。敦人もおかしいが、不比人も大概、魔力の使い方が変だな」
「お祖父さま。これは、癒しの火だよ。人はショックを受けると、温かい飲み物とかで落ち着こうとするでしょ。癒しや浄化は水の魔力持ちが得意としているけど、火でも浄化が出来るってことは、当然、癒しもできるって理論だよ」
私が、そう言うと、先代の北条侯爵の時貞お爺様と賀茂さんが、両手放しで褒めてくれた。
「初期魔法の【仄火】をそういう風に捉えるとはね。素晴らしい理論だ」
「理論もだけど、完璧な実践と応用だよ、ふーちゃん」
そう、父様が習いたいと言う【仄火】って、火の魔力持ちの中では、マッチ代わりに使われる程度の魔力を習いたての子供が使う魔法なんだよ。【業火】を自在に操る父様が習いたがるような代物ではないんだけどな。じーっと父様の顔を見ていると、何かひらめいた。
「父様、実は初期魔法が使えないとか?」
一瞬、父様の目が泳いだ。図星だ。帝国一の魔力の使い手と言われる嘉承公爵は、初期魔法が使えない。我が父ながら、あり得ないよ。何か色々と変過ぎないか、嘉承公爵家。
「みー、大丈夫か」
お祖父さまの心配そうな声に、真護の肩越しに小野家のにゃんこーズが座っていたソファの方を見ると、猫の小さな肩を落として、どんよりとした空気を纏った小野にゃんこーズがいた。父様の方に視線を向けると頷いてくれた。
「ああ、小野鷹邑と同じ状態だったな」
あの梶原という高村愛の同棲相手の遺体の状態が、小野の末の君と同じ。以前、北条侯爵が教えてくれた人型をした木炭という表現そのものだった。大事な息子、弟の最後の姿を思い出しちゃったんだろうな。まだ三回忌をようやく過ぎたくらいだから、つらいよね。
お祖父さまが、ふわりと【風天】で小野のにゃんこーズを自分の顔の高さまで持ち上げた。ふんわりと温かい風が流れて、【仄火】と組み合わせているのが分かった。ちょっと、お祖父さま、それ、私のパクリだよ。ロイヤリティー払ってよ!
「峰守、俊生、良真。今回のことは、当初の予想を遥かに超えた根深さだ。小野一族は一旦引いておけ。お前らは、不比人と一緒に明楽のことに全力を尽くせ、いいな」
「でも、なー君、あれは酷いよ。鷹邑に何があったか知りたいのは遺族としては当然の気持ちだよ。ここで引くなんて絶対に嫌だ。この二年、小野は地獄の中で暮らしてきたんだよ。小野は、絶対に引かない」
峰守お爺様のにゃんこの石英の目から涙が、ほろほろと零れた。
「敦人」
お祖父さまが、父様を呼ぶと、父様が魔力を解放した。人の身に非ざる強大で濃密な魔力に、目の前の空気が陽炎のように揺らめき出した。以前と同じように、体の奥が共鳴して、歓喜のような、ぞくぞくするものが立ち上がってくる気がした。髪が逆立ち、鳥肌が立ってくる。
『嘉承の言葉に従え』
言霊だ。属性に関係なく強い魔力持ちが、弱い魔力持ちを魂レベルで蹂躙する、問答無用の力技だ。父様の両目が緑青になっている。身に纏うオーラも緑青の覇王のごとき強さだ。
でも、これ、今の時代だと、禁忌に指定されるべきなんじゃないの?これは、ずばり風の魔力持ちに特化したパワハラだよ。
私が呑気に父様の魔力観察と評論をしている間に、お父さまが素早く水の魔力で、気絶している宮様と真護と土御門さんと賀茂さんを覆った。宮様は魔力が完全に切れているし、真護はまだ小さいから魔力が少ないし、土御門さんは魔力器官を傷めているので、父様の凄まじい魔力にあたるのは良くないからね。賀茂さんは、えーと。おまけ?先代と当代の侯爵たちは、父様の目を見ないように下を向いて跪いている。確かに。あの目を見ちゃうと石になっちゃうかもね。ほんと、あれじゃまるでメデューサだよ。うぷぷ。
「ふー、お前、この状況で、また何か失礼なことを考えているだろ」
緑青の眼が私を捉える。げげっ。私が石像にされちゃうよ。慌てて、土の魔力でサングラスを作り父様の緑青のオーラを阻害した。
「ああ、ふーちゃん、もう石英を使ったガラスの錬成を覚えちゃったんだね」
お父さまが、いつもの「うちの子自慢」モードでニコニコと嬉しそうなお顔をされるが、お父さま、そうじゃなくて、今、緊急事態なんだって。私も結界の中に入れて!早く!
「ふーん、石英でガラスなぁ」
メデューサが、そう言いながら腕を組んで、私の方に歩みを進めてきた。一瞬、父様の目が緑青から白になったかと思うと、長い指がぷすりと私のサングラスを突いた。瞬間、サングラスのガラスが溶けたかと思うと、蒸発したように消えた。うぎゃあああああ。ちょっと待ってよ、何、この大人。何で、すぐに目潰しするの?嘉承親子、めちゃくちゃサイコパスだよ。
そうか、青い炎を持つ人が白い火を出すのは簡単なんだ。【仄火】使えないくせに。おかしいよね。と明後日に向かって思ったところで、また身の危険を感じたので、お父さまの背中の後ろに隠れた。嘉承親子と同席するときは、ここが一番安全だよ。
小野にゃんこーズは、冥王の魔力にあてられたのと、父様が指だけで私のサングラスを消したのを見て、ガチガチに固まっていた。もしかして、本当に石になっちゃったのかな。まぁ、もとは土のお人形だから、あんまり状態に変化はないと思うけど。
「兄様、ふーちゃんの可愛い顔が火傷したらどうしてくれるんですか」
お父さまが柳眉を逆立てて父様に抗議して下さったが、父様はケロッとしている。
「するか。何のための文福の加護だよ」
お父さまも、私も、「あっ」と声を上げてしまった。そうだったよ。すっかりと忘れていたけど、喜代水の叔父様が【火伏せ】の加護を下さったんだった。ほんとに、三歩歩いてすっかり忘れちゃってたかも。
「でも、それ大魔王レベルの火でも効くの?」
「誰が大魔王だ」
父様の言葉に、跪いていた侯爵達の忍笑いが聞こえる。お祖父さまの方を見ると、「確かに、それは気になるな。不比人、とりあえず今度、頼子に焼いてもらえ。それで大丈夫そうだったら、俺か敦人で、一回焼いてみるか」と仰った。いやいやいや、お祖父さま。何が悲しくて、わざわざ焼いてもらうんだよ。おかしいでしょ。「かりっとね」と西条の博實おじいさまが、いつもの言葉を呟いたので侯爵達の忍び笑いが爆笑に変わった。この一族だけは・・・。
「あのぅ。小野は嘉承に全面的に従います」
お祖父さまの風天で持ち上げられていた小野にゃんこーズを代表して、小野子爵が、そろそろと片手を上げて全面降伏を宣言した。確かに、こんな狂った親子を敵に回してもロクなことにはならないからね。とたんに父様が魔力を抑えたので、お父さまの結界も解除された。
父様の言霊に従ったので、小野はもうこの件からは、肉体的にも魔力的にも直接的に関われなくなったそうだ。賀茂さんが説明してくれたところによると、父様の命令に反して動こうとすると、体が硬直したり、魔力が発動しなくなるらしい。三人とも落胆していたが、特に峰守お爺様の落ち込みが酷かった。お祖父さまが、風天を解除して、三人をソファに戻すと、峰守お爺様だけを持ち上げた。
「みー、小野の誰かに何かあったら、篤子はどうなるんだ。あいつ、俺たちの前では気丈に振る舞っていたが、実際は、かなりやばいんじゃないか」
お祖父さまが、峰守お爺様のにゃんこの目をじっと見ると、お爺様の目から、またぽろっと涙が流れた。足元にいる小野兄弟も心配そうに見上げている。
「うん。鷹邑が、ずっと行方不明の後、あんな姿で戻って来たからね。篤子は、ここ二年ほど、鬱状態で、起き上がれないような日もあるくらいなんだ。だから、万が一のことを考えて南都から、更に人のいない外れの村に逃げていたんだよ」
「そうだな。そんな時に、お前らに何かあったら、闇落ちもありうるだろ。あいつが厄災の魔物の器になったら、南条も俺も、情が湧いて完全浄化は無理だ。頼むから、明楽を篤子のところに連れて行ってくれ。過去は俺達がまとめて引き受けるから、お前らはいい加減に過去の地獄から這い出て前を向け。いいな」
峰守お爺様は、「うん、うん」と涙声でいいながら、何度も何度も頷いた。篤子おばあ様の実家の南条家の佳比古おじいさまも、「なー君、敦ちゃん、ありがとう」と涙声で言いながら、跪いて低くなっていた頭を更に下げた。
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