第97話 Double Sin 6
速水凪子が鍵となって、忘れていた記憶が次々に溢れ出して来て、頭痛がしてくるようだった。とりあえず、祖父母と家に帰って落ち着こう。今は、とにかく横になって目を瞑りたい。今日は店に行く予定をしていたが、状況を考えると無理そうだ。
「お祖父さん、今日の葬儀の最後に来た人たち、速水さんでしょ?何で、お母さんの葬儀にあの人達が来たの?何で、向こうの人と喧嘩なんかしたの?」
頭痛薬が効いて来たのか、少し楽になった愛は、祖父を問い詰めたが何の返事ももらえなかった。「向こうの人」とは、愛の母の再婚相手の呼び方だ。母はこれを嫌っていたが、お父さんと呼べるほど一緒に過ごしていないし、可愛がってもらった記憶もないので、十分だ。
「愛が心配することは何もない」
祖父はまた同じ返答をして、不機嫌な顔で自分の書斎に籠ってしまった。祖母が溜息をつきながら、愛にお茶を出してくれた。
「お祖母さんは知ってるんでしょ。速水さん、あたしの高校時代の先輩なんだよ。何であの人が、お母さんの葬儀に来たの?」
「お母さん、愛には何も言ってなかったのかい?お母さんもお祖父さんも愛が知らない方がいいって決めたことをお祖母さんが言うわけにはいかないよ」
祖母が困ったように、それでもきっぱりと愛に言い切った。母も、祖母も、自分と同じ強情な性格で、こうなると祖母からは何も聞き出せないのは明らかなので、愛はさっさと見切りをつけて、自分のアパートに戻ることにした。
アパートに戻って、喪服を脱ぐと、倒れ込むようにベッドに寝転がった。今日は、座っているだけだったのに、疲労困憊だ。うとうとして、気がつくと夜中になっていた。慌ててメイクを落とそうと洗面台に向かって、クレンジングをしている時に、ふと麻生と車の中で話した内容が頭の中でプレイバックした。
「お父様からは、そういうご指示を頂いています」「これで、伯爵に恩が着せられるかと思えば、安いものです。凪子姫の幸せのために、伯爵は、私に感謝するべきでしょう」
麻生はそう言った。愛の頭の中に、突然何か降りてきたように、ひらめくものがあった。
「伯爵が、あたしの父親ってこと?そうすると、あの凪子が、あたしのお姉さん?」
心臓がドキドキして、呼吸が上手くできなかった。過呼吸だ。洗面所の床に座り込んで、口の周りを手で覆って呼吸が落ち着くのを待った。どんどん愛の中で、色々なジグゾーパズルのピースが合わさるように見えてくるものがあった。
「あたしが、速水伯爵やあの女に悪さするんじゃないかと思って、あの蛇男が脅迫したってこと?」
今日、会った凪子は、落ち着いたら家に立ち寄ってほしい、力になると言っていた。麻生が愛を遠ざけようと脅迫していることは知らないのだろうか。
「いや、貴族の言うことなんか真に受けちゃ、馬鹿を見るだけだよね。人前だからカッコつけてるだけでしょ」
今考えれば、麻生の言ったことを何故、きちんと考えることなく流してしまったのか。母が存命の間に話を聞いておけばよかったという後悔が立つが、あの時は、恐怖に支配され、何もしない、逃げるという選択をしてしまった。中野のこと、刑事達のこと、麻生のこと、梶原のこと、母のこと。この二年で色々とあり過ぎて、自分自身も環境も変わり過ぎた。
「頭、痛い。もう寝よう」
これ以上考えるのは、今日は無理だと考えて、愛はそのまま寝入った。
翌朝、アパートのドアをドンドンと叩く音で目が覚めた。ドアの後ろで自分を呼ぶ声が聞こえる。刑事だ。早朝から勘弁してよ、と携帯を見ると、既に午後一時過ぎだった。そう言えば、今日の午前中に必ず警察署に来るようにと言われていた。ドアを開けると、不機嫌な顔をした若い方の刑事が立っていた。
慌てて顔を洗って着替えを済ませて出かけたというのに、若い刑事は相変わらず不機嫌に車を運転している。
「あのね、これでも大変だったのよ。お店が忙しくて、あたしもこれからって時に、母親が亡くなって、今まで見たことも聞いたこともない父親っぽい人が現れて、大嫌いな女が姉かもしれないって、ちょっと酷くない?あの女は鬼門よ。何が、お力になれることがあれば、仰ってね、よ。あの喋り方がむかつくのよ」
刑事が聞いていようがいまいが、どうでもいい。愛は、車の中で溜まりまくった不満と不安をまき散らした。警察署に到着すると、深瀬が愛を待っていて、すぐに遺体を安置してある部屋に連れて行ったが、本当に嫌なら遺体の確認はしなくてもいいと言う。
「ちょっとな、あんたが見ても分かるかどうかって感じでな」
「は?わざわざ感じの悪い刑事に疲れて寝ているあたしを叩き起こさせて、ここまで連れてきて、何言ってんの?意味が分からないんですけど」
腹が立った愛は、遺体を覆っている布を粗雑に取り払った。瞬間、愛は叫び声をあげて錯乱状態に陥った。
深瀬と若い原田と二人がかりで、愛を抱えて部屋から出そうとすると・・・
そこで画像が乱れて、宙に浮いていた【魔鏡】が、どんどんと薄くなり消えていった。
宵闇の君こと梨元宮がぐったりと椅子の上で倒れていた。
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