第91話 星のオリー
明楽君と真護と香夜子姫が、ぱたりとテーブルに突っ伏した。高村愛は呆然自失状態だ。
「あれ、子供達には刺激が強すぎるかと思って眠らせたんだけど、嘉承の君は眠くない?」
「甥は、兄の【風壁】が包んでいるので、闇の魔力が弾かれていますね」
お父さまが「過保護な人なので」と苦笑しながら、こちらをご覧になる。
「私は、香夜子姫のお相手をする予定だったのですが、子供達と一緒に席を外しておきましょうか」
お母さまが、お父さまと宮様に申し出られた。そうだよ。予定とちょっと違うよ。
「今日は、私と真護が明楽君を外に連れ出す予定だったんですよ」
「ごめんね。どうも香夜子が何かを察しているのか、そう簡単に私のそばを離れてくれそうになくてね。昔から、妙に勘のいい子なんだよ」
「香夜子姫は、今日の主旨は知っているんですか」
「いや、全く知らない。この子は何で西都に引越ししたのかも知らないよ」
スパイの姫じゃなかったんだ。真護にも後で教えてあげないと。すぅすぅと、かすかな寝息を立てて眠っている香夜子姫の顔を見てほっこりした気分になった。
牧田が呼ばれると、お父さまの例のレスキュー隊が三組出て来て、真護と明楽君と香夜子姫をストレッチャーに載せて運んで行った。瑞祥家には、結界が張ってあるけど、守護に秀でた水の魔力を持つお母さまが付き添って下さるので、更に安心だ。お母さまたちがサンルームから出て行ったのを見て、にゃんこーズのうちの一匹が、ぴょこっとソファの上で直立して話しかけてきた。
「ねぇ、ふーちゃん、もう喋ってもいいんでしょ」
「いいって言う前に、もう喋っているじゃないですか。直立してるし」
私が猫に答えると、宮様が驚きのあまり、硬直してしまった。
「宮様、気絶しそうになっている場合じゃないでしょ。制御が乱れて、高村愛と子供達が目を覚ますよ」
テーブルにジャンプしてきた猫の二の君に、肉球のついた手で頬を、ばちんと叩かれて、宮様が再起動した。
「この声、もしかして、小野良真卿か」
「そうだよ。かわいいでしょ。父と兄もいるよ」
ソファの上で、二匹の直立した猫が「お久しぶり~」と手を振っている。
「宮様、気絶しないでください。制御が乱れます」
お父さまの清涼な魔力が流れたのを感じた。水の魔法で目覚ましをくらったのか、宮様が姿勢を正した。
「瑞祥の土人形か。噂には聞いていたけど、凄まじいですね。小野家の三人がいるとならば、私も元外務省の人間として、自分の持てる力の限り、過去にケリをつけます」
宮様がそう言うと、薄墨色の帳の魔力が揺らめいて、墨色が一点だけ濃くなっていった。そして、それがどんどん形を取り、小さな細い生き物に変化した。
「黒い蜥蜴だ」
「闇の魔力のこういった部分が瘴気を連想させるようでね。昔から忌み嫌われている魔力なんだよ。皇族は、光と闇の魔力のどちらかを持って生まれてくるんだけど、皇帝になるには、光と闇の二属性がいるんだよ」
「宮様は闇だけなんですか」
「そう。私は、元宮家の人間だから、先祖返りだよ。闇だから、特に母には毛嫌いされていてね。家族には魔力はなかったから、ちょっとしんどいこともあったよ。同じ魔力を持つ皇太后陛下が、不憫に思われたのか、代わりにとても可愛がって下さった。陛下が手を差し伸べて下さらなかったら、今の私は存在していないだろうね」
皇家の、文字通り闇の部分だな。
「さてと、嘉承の君、お喋りはまた後でね。瑞祥公爵閣下、始めますか」
宮様がそう言うと、黒い小さな蜥蜴が、ちょこちょこと動き回り、高村愛の肩によじ登ったかと思うと、耳から、するりと入ってしまった。うげげげっ。ちょっと気持ち悪い。見ていた私の耳の中も、痒くなる感じだよ。
「高村愛の何歳くらいの記憶を映せばいいですか」
「彼女は、帝都公達学園の高等科を卒業して、その後、地元の大学に進学、卒業後は、地元の企業に勤め始めるんですが、二年ほどで退社しています。その辺りからの経緯が、少々不明でして、速水凪子嬢や小野の末の君と再会したあたりが正確に調査出来ていません。24歳くらいからお願いできませんか」
お父さまが、宮様に依頼すると、目の前に大きな鏡が浮かび上がった。闇の魔力の上位魔法の【魔鏡】だ。
「ふーちゃん、実は、高村愛は、キャバクラ嬢と言って、主に男性客の横で一緒にお酒を飲みながら、お話をするお仕事をしていた時期があってね。これが、あまり君には見せたくない世界なんだよ」
「宵闇の君、18禁のところだけ切り取って、あとは、全部、不比人に見せてやってくれ」
お父さまの言葉にどう反応すべきか悩む間もなく、突然、父様の声がした。【遠見】だ。
「すみません。うちの兄です」
「ああ、嘉承公爵閣下ですか。【魔鏡】は、かなり魔力を使うんですけどね」
宮様が苦笑しながら答えた途端に扉が開いて、牧田がお菓子が山積みにされたワゴンを押して入って来た。
「嘉承公爵家からでございます」
「はい。分かりましたよ。私に拒否権はないわけですね。魔力変換器官が焼き切れない程度に頑張りますよ」
お菓子の山で人を脅迫できるのは、嘉承家くらいだよ。宮様、察しが良くて助かったよ。でないと、香夜子姫のお父上が冥府の門に飛ばされるところだった。
【魔鏡】から、ざざざっと、古いテレビで周波数を合わせているような音が聞こえ、ぼんやりと何かが映り始めた。
「これは、高村愛の目線です」
私達が生まれてくる前に流行った音楽が流れている。何だったかな。
「懐かしい。これWinner Takes It Allだよね。歌っているのは DIVINOだっけ」
二の君、それだよ。お母さまは、その中の一番背が高い人のファンだ。
画像がはっきりして来たが、画面の一部が煙っているので、高村愛が煙草を吸いながら、誰かと話をしているのが分かった。すぐに、鏡に映った愛の姿が見えた。面影はあるけど、今よりも数段、化粧が濃くて、申し訳ないけど、いかにも付けている感満載の重たいつけまつげが下品な感じだ。赤い口紅を、鏡の前で塗り直しているので、本人がどこにいるのかが分かった。鏡やロッカーがいくつも並んだ、狭い部屋。どこか控室のようなところだ。隣の、きらきらの肩の剥き出しになったドレス姿のお姉さんたち二人が愛に話しかけた。
「愛、あんた、あたしの客に手を出すのやめてくれる?」
「はぁあ?あたしが誘ったんじゃないっての。あんたの手垢のついた男なんか誰が相手にすんのよ」
「あんたね、店に来て間もない新人のくせに態度がでかいのよ。ちょっと売り上げがいいからって舐めるんじゃないわよ」
「うるさいわね。稼ぎが悪いババアの妬みでしょ。みっともない。言っとくけど、あんな気障なおっさん、好みじゃないわよ。あっちが指名してくるんだから、しょうがないでしょ」
・・・どうしよう。何かいきなり、もの凄い場面から始まっちゃったよ。お父さまの方を見ると、完全に眉毛が八の字になって困っていらっしゃるし、小野のにゃんこーズも慌てて、私の横に来てオロオロしている。
私は、トリさんの記憶があるから、精神年齢は還暦を超えているんだけど、周りには七歳児にしか見えないから、当然ながら心配するよね。
「すみません、とんでもないところが出ましたね。本当の18禁は、カットしますから。編集しながら、記憶を見せるのは大変なんですよ」
宮様が、もうワゴンのお菓子に手をつけながら、紅茶を飲み干して言った横で、牧田がお茶をつぎ足した。どうやら、牧田は、宵闇の君の横で、わんこそばのように、お菓子と紅茶を給仕し続けるようだ。牧田は、本当は家令なんだけどな。全てが片付いたら、本当に慰安旅行に行かなくちゃ。
また鏡に視線を戻す。
「ラブさん、奥のテーブルのお客様のご指名です」
ボーイ服の男が、控室に入って来て、愛に告げた。ラブさん?何、その安直な源氏名。
「はーい。すぐに行きまーすぅ」
愛が、煙草をもみ消して、素早く鏡で化粧と服をチェックする。びっくりするくらい短いワンピースに厚底サンダルだ。胸元のカットも深い。うわあ。これは、私よりも、お父さまが、大丈夫かな。にゃんこーズのウロウロが止まらない。三匹のヒョウ柄の猫が同じところをくるくると歩き続けている。人種問題で発売禁止になったけど、こういう子供向けのお話があったな。あれ、最後にバターになるのは豹じゃなくて虎だったっけ?
愛が、控室から、パタパタと早歩きで、店内に出て行った。壁は鏡張りで、白いレザーのソファが、壁伝いに置かれている。店の中央には、大きなシャンデリアがあり、その真下の丸いマホガニーテーブルの上に大きなフラワーアレンジメントが置かれていて、一番奥の席は、その裏にある。ステージのように数段高くなっていて、愛を指名したという客が、すでに座っているらしい。ローテーブルの上には、高級そうな酒瓶が並び、グラスも沢山並べられていた。客が真ん中に座り、それを囲むように、既に二人の超ミニスカートの女性がしなだれれかかるように座っていた。
「オリー、今日もご指名ありがとぅ」
オリー?西洋人のお客なのかな。
「ラブちゃん、遅いよー。待ちくたびれたよー。さ、こっちに座って」
ん?どっかで聞いた声だよ。と、思った瞬間、「うわああああああああっ」と大きな叫び声が嘉承家の方から聞こたかと思うと、「あぁ――――――っ」と言う声が瑞祥家の真上を通りすぎ、次第に小さくなって、嘉瑞山を越えて行ったのが分かった。
「お父さま、あれは?」
「うん、南条侯爵が、また兄様に弾き飛ばされたみたいだね、瑞祥の結界が綻ぶから止めて欲しいんだけど」
宵闇の君の【魔鏡】には、スーツのボタンホールに赤い薔薇をさした、都のスケコマシ、ダンディー南条が映っていた。
今日、オリーは南の空で、お星さまになった。
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