第87話 お届け物、貢物、困りモノ

今朝、目が覚めると、ものすごく冷え込んで寒かった。放射冷却で気温が下がった朝は雲一つない快晴になるという通り、窓を開けると、気が遠くなりそうなほどに綺麗な青い空だった。青が透明過ぎて、ちょっと不安になるくらいだ。


今日は、明楽君と、明楽君のお母様、梨元宮、香夜子姫が、瑞祥家に来る。お父さまが主催者で、私と瑞祥のお母さまは参加するが、嘉承一族も陰陽師の二人も参加しない。あまり数が多くなると明楽君のお母様が委縮し、場合によっては逃亡の恐れがあるからだ。どうやら、南条侯爵が明楽君のお母様と面識があるらしく、当時もいつのまにか行方をくらましたという経緯があるそうだ。


という訳で、今日は七名でランチ会になる。もちろん、【遠見】と【風天】で見学する人たちもいるよ。その数は軽く十名を超える。とんだ野次馬集団だよね。そのうちの三名は、猫になって潜り込みたいという、おかしな人たちだし。


その奇天烈な三名は、まだ午前九時前というのに、もう到着している。ランチは正午からなのに。


「ごめんね。鷹邑に会えると思ったら、三時に目が開いてしまって」


小野子爵、安定の兄馬鹿ぶりだよ。それで、何でこの人、痣だらけなの?


「小野子爵、何で、そんなにお怪我をされているんです?」

「怪我?あっはっは。何のことやら、さっぱり」


ギャグ漫画のキャラでも、もうちょっとマシなごまかし方をすると思うけど。私の呆れた視線に気がついて、二の君が苦笑しながら教えてくれた。


「ほら、ふーちゃんと東条の君と鷹邑に、父が【風壁】を教えて、兄が【風天】を教える約束になったでしょ。【風天】で空を飛ぶなんて、無理だって言うのに、何回も庭で練習していたんだよ」


やっぱり、あれは、うちの冥王スペシャルだったか。嘉承の父は、膨大な魔力にものをいわせて力技でねじ伏せているようで、得意な風はもちろん、火も、結構、器用な使い方をするんだよね。応用も独創的だし、二属性の合わせ技の鬼才だとも言われている。


「ふーちゃん、もう少しで飛べそうなんだ。待っていて欲しい」


小野子爵が、申し訳なさそうに言った。だから、その雨の中に置き去りにされたような柴犬の目で見つめてくるの、やめてってば。この一家は、要注意だ。私の弱いところを突くのが上手すぎる。


「まぁまぁ、とにかく、何をするにしても制御を完璧にしてからだね。そうでないと魔力が暴走しかねないし、魔法が上位になればなるほど、制御が悪いと、魔力の変換効率が悪くて、すぐに魔力切れを起こすからね。下手をすれば、命に関わる話になるから、ちゃんと魔力制御から頑張ろうね」


峰守お爺様が、真っ当なことを仰った。そうなんだよ。私の場合、無駄に大きな魔力を制御できるようになったら、お祖父さまや父様のように、【業火】も使えるようになるから、北条と西条の次代がついてくる。そして何よりも、痩せるはずなんだよ。


「峰守お爺様、よろしくお願いします」

「うん、こちらこそ宜しく。今日も、瑞祥と嘉承の両家に助けてもらって感謝しかないよ」


峰守お爺様と私がえへへと笑い合っていると、二の君が焦れたように言った。


「早く猫ちゃんになりたいんだけど、瑞祥公爵、今朝はお忙しいのかな」


・・・この空気を読まないフリーダムぶり。まるで三十年後の真護が目に見えるようだよ。何で、そんなに猫になりたがるんだ、この人は。


微妙な空気が流れた始めたときに、ばーんと大きな音を立てて応接間のドアが開いた。


「ふーちゃん、おはよっ」


本物の真護が元気いっぱいに入ってきた。


「ふーちゃん、ねえねえ、今日は香夜子姫のお父様の宮様だけ来るの、お母様も?」

「ふーちゃん、ねえねえ、瑞祥公爵のご様子、見て来てよ。お願い」


右に真護で、左に小野の二の君。無理だ、面倒見きれないよ。本気で制御を頑張ろう。それで【嵐気】が使えるようになったら、父様みたいに【風天】と組み合わせて、この二人をできるだけ遠くに弾き飛ばそう。


私がおかしな決意を固めていると、玄関のあたりが騒がしくなった。声からして、四侯爵と一緒に先代の四侯爵も到着したようだ。あの人たち、絶対に物見遊山で来ているよね。しかも何で皆、そんなに早くから来るかなぁ。嘉承一族、まとめてヒマなのかな。


「ふーちゃん、おはよ。いよいよ、今日だね」

「博實おじいさま、英喜おじさま、おはようございます」


先代と当代の西条侯爵に挨拶すると、何故か大きなバスケットを二人で運びこんでいた。この人達、うちでピクニックでもするつもりなのかな。


「ふーちゃん、これ、これ、どこに置いたらいいー?」


誠護おじいさまと享護おじさまが、宙に浮いた大きな酒樽を指さした。何を持ってきたんだ、東条家。【風天】の使い方を激しく間違えているよね、この親子。


「ふーちゃん、これは、今朝、領地から届いたんだが」


次は、北条家だ。時貞おじいさまと時影おじさまが雌雄の大きな鯛の尻尾をそれぞれ掴んで見せてくれた。今日、誰か結納するの?


「牧田、料理長に渡しておいて」

生ものは、さっさと厨房に引きと取ってもらおう。西条、東条、北条とくれば、絶対に南条も何か持ってくるはずだ。


「ふーちゃん、おはよう、いい朝だね」


出たよ、元祖・都のスケコマシ。スーツのボタンホールには赤い薔薇だ。今時、国際ロマンス詐欺師でも胸元に花は飾らないと思うよ。


「おはようございます、佳比古おじいさま。今日は一段とダンディーですね」

「そお?ありがと」


嫌味で言ったつもりが、先代の南条侯爵には、誉め言葉にしか聞こえなかったようだ。さすがは、嘉承一族の中でメンタル最強を誇るポジティブ南条だよ、と思っていたら、突然、深紅の薔薇の花が何百本も佳比古おじいさまの後ろに現れた。


「父上、これで全部、搬入終わりました」


織比古おじさまが、すちゃっと片手を額にあてて敬礼をしてみせる。おじさま、父様に弾き飛ばされてから、昨日、ようやく実家に戻れたのに、何で早朝から業者みたいなことをしているかな。


「あの、佳比古おじいさま、この薔薇は一体?」

「ふーちゃん、麗しの葛葉殿がいらっしゃるというのに、手ぶらで来るなんて無粋なことを、この南条が出来ると思うかい?」


ああ、土御門さんのお母様狙いか。そう言えば、学園の同級生だったっけ。


「土御門伯爵夫人は、今朝早くに帝都にお帰りになりましたよ」

「え?」


ダンディー南条がフリーズしている後ろで、東西北の三家の面々は、にやにやしている。ディナーをご一緒した三侯爵達は知っていたはずなのに、南条家に教えなかったんだな。皆、性格、悪いよね。

再起動した佳比古おじいさまが、私を見てにっこりと微笑んだ。


「ふーちゃん」

「はい」

「着袴の儀、無事終わって良かったね。これ、お祝いのお花」


嘘つけ!さっき、土御門伯爵夫人に持ってきたって言ったよね。


「いりませんよ。こんな何百本も、どうしろって言うんですか」

「ふーちゃんがもらってくれれば、一番平和でいいんだよ。なー君に渡したら、気色悪いって怒られるでしょ。私が焼かれてもいいの?」

「そうだよ、ふーちゃん、敦ちゃんに見つかったら、私、また飛ばされるし。昨日やっと戻ったばかりなのに」


何で、ここで私が責められるんだろう。めちゃくちゃ理不尽だよ。朝から激しい疲労感を感じているところに、ようやく小野家待望のお父さまが、賀茂さんと土御門さんと現れた。


「瑞祥公爵閣下、おはようございます。本日は宜しくお願いします」


小野の二の君には、賀茂さんと土御門さんは目に入っていないようだ。真横に立っているのにね。


「おはようございます。こちらこそ、よろしくお願いします。それで、ふーちゃん、このお花は、どうしたの?」

「彰ちゃん、それは、南条家から、ふーちゃんの着袴のお祝いだよ」


絶対におかしいでしょ。何で七歳児の着袴に大量の赤い薔薇なんだよ。さすがのお父さまも返答に困っていらっしゃる。


「お父さま、これね、お母さまにお渡ししてもいい?お母さまだったら、ポプリとか、そういうのに使えるよね」


お母さまは、西都でも調香師として有名だし、お勤めの図書館が年末のチャリティーバザーをするので、そこで売る小物作りでお忙しくしていらっしゃるから、その材料に重宝するんじゃないかな。


「ふーちゃんが頂いたのに、いいの?」


全然、全く、どうぞ、お気遣いなく。佳比古おじいさまと、織比古おじさまと三人で、こくこくと頷いた。魔王と冥王が来る前に、牧田に頼んで瑞祥に届けてもらおうよ。それが西都の平和のためだよ。

牧田を呼ぶと、土御門さんが、瑞祥まで一緒に届けるお手伝いを申し出てくれた。


「これくらいさせてよ。これでも、招待もされていないのに居座っている客だという自覚はあるんだよ」

「それなら、私も手伝おう。私も似たようなものだからね」


どうした、チーム陰陽寮、今日は、まともな紳士ぶりだよ。いや、南条家の相手をした直後だから、そう感じるだけか。私とチーム陰陽寮が牧田に事情を話していると、そわそわした小野の二の君が、お父さまの後ろを露骨にウロウロし始めたので、さすがにお父さまも無視できなくなったようだ。


「小野の皆さんには、今日は、こちらの猫ちゃんを用意しましたよ。気に入って頂けると嬉しいんですけど」


お父さまの言葉に合わせて、三体の土人形が出現した。


「何この猫ちゃん、かわいいね!」

「ベンガル猫ですよ、父上!」

「うわーっ、早く入れてください!」


小野家の三人は大喜びだ。お父さまの土人形は、本物にしか見えない精巧すぎる美しいヒョウ柄の猫だった。ベンガル猫って言うのか。きれいな猫だな。


「ベンガル猫は、ヤマネコと交配させた種なので、かなりジャンプ力があるそうなんです。小野子爵が飛び跳ねていらしたのを見て、これならお似合いになるかと」


確かに、小野子爵、この間、ぴょんぴょん跳んでたよ。お父さま、よく覚えていらっしゃるよね。確かに、ベンガル猫は、小顔で目がくりくりしていて、小野家の三人みたいだ。


「まだ時間がありますけど、試しに入ってみますか」

「はい!私を入れてください!」


二の君の食い気味の返事に、お父さまの優しいお顔が引きつっていた。


「じゃあ、2,3秒、浮遊感がありますけど、すぐに治まりますからね」


お父さまがそう言って、二の君をベンガル猫の中にいれた。とたんに、一匹の猫が大はしゃぎで、ぴょんぴょん飛び跳ねた。


「すごい。視界が全然違うよ。父上、兄上、どうです?」

「良真、いいなぁ。瑞祥公爵、私もぜひお願いします」


続いて、二匹目の猫が、私の周りをぴょんぴょんと飛び跳ねた。いやいや、さすがに、ベンガル猫でも、人間みたいに直立で飛び跳ねないでしょ。ちゃんと猫やろうよ。


「兄上、写真を撮りましょう」

「そうだな、良真」


仲いいなぁ、この変態猫兄弟。


「「あっ!」」


二匹が同時に大きな声を上げた。


「どうしました?何か、不具合でもありましたか」


心配そうにお父さまが尋ねる。


「猫の手だと携帯で自撮りが出来ないよ。ふーちゃん、代わりに写真撮って」



決めた。【嵐気】をマスターしたら、一番先に弾き飛ばすのはこの兄弟だ。

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