第86話 晩餐

家に帰ると、もう夕食の時間だった。賀茂さんと土御門さんと土御門伯爵夫人という、瑞祥家に滞在しているお客様が三人もいらっしゃるので、今日は、両家の間にある食堂で、お祖母さまや、瑞祥のお母さまも一緒の夕食になるらしい。


お祖母さまとご一緒する時は、嘉承家は十分前には着席が鉄則だ。これを守らないと、魔王と冥王の両方を相手にすることになるので、嘉承公爵の愉快な側近三名は、一時間前から食堂にいる。はい、今日も今日とて、三侯爵で、一名は絶賛行方不明中。


十分前に着席していればいいのに、しっかり私も一緒に食卓についているよ。二十分前になって、父様と賀茂さんという珍しい組み合わせの二人が現れた。例のわん、にゃん、ぱんの三体を陰陽大学校に、サンプル品として送る手配を牧田に頼んでいたらしい。2メートル近い大きさに加え、土を捏ねたものを火で焼き入れて固さを出している代物なので、搬送には余裕で耐えうる強度はあるものの、重量があり過ぎて、トラックに載せるにはフォークリフトがいると業者に言われたそうだ。その前に、梱包のうえ、パレットに載せるなど、色々と準備が必要で時間がかかってしまう、というような話を賀茂さんが牧田から聞いていたところ、通りがかった父様の「面倒だな、それ。俺が送ってやるわ」という、いつもの面倒くさがり発言が出た。


そこで、賀茂さんが、大学校に電話を入れ、搬入場所を指定してもらった瞬間、三体がどんっと風と共に現れたと、大学校の職員が半狂乱で賀茂さんに報告していたそうだ。陰陽大学校の職員さんも、いきなり巨大な猫と犬とパンダの人形が現れたら、そりゃ驚くよね。


賀茂さんは、私の作ったぽんころも持って帰ってくれるらしい。冗談のつもりで言ったのに、賀茂さん、真面目だよね。ぽんころは、旅行鞄に入れてハンドキャリーされて、本当に賀茂さんのお父様のお土産になるそうだ。ただし、おまけの曙光玉1600個は「謹んでお断り」されてしまった。


「あれは、魔力を吸う性質があるから、管理が難しくてね。12個でも大変なのに、その100倍以上の数を持って帰ったら、帝都中で魔力欠乏症が起きてしまうよ」


私達の会話をすぐ横で聞いていたのか、嘉承公爵の側近達が、にやりと笑って悪い顔で何やら怪しい会議を始めた。でも、直ぐに父様に「面倒なことを思いつくな!」と怒られていたので、今日も曙光帝国の平和は守られたようだ。


「ふーちゃん、公爵閣下があそこまで面倒くさがりじゃなかったら、今頃、帝国の名前は曙光から嘉承になっていたと思うよ」


ないない、それはない。まぁ、瑞祥だったら、喜んで神輿を担いでくれる人たちが沢山いるから、まったくあり得ないとは否定できないけど、嘉承は300%ないよ。嘉承家の領地経営は、基本的に瑞祥家に丸投げで、会計管理は、牧田に丸投げだもん。嘉承一族の皆は、お祖父さまと父様の圧倒的なカリスマと強大な魔力でついてきてくれているけど、基本は自由奔放に生きている人達だから、政なんかできるはずがない。牧田が過労死する未来しか見えないよ。


「賀茂さん、滅多なことを言わないで。牧田が過労死すると、うちは三日で滅ぶんだから」

「何で、そこで牧田さん?」


賀茂さんは、嘉承一族の帝国乗っ取りの話に何で牧田が出て来るのか分からないようで、きょとんとしていたが、三侯爵には思いっきり通じたようで、「違いない!」と爆笑していた。そこに、ふふっという品のある笑い声が聞こえた。


「相変わらず、嘉承は皆で楽しそうだこと」


お祖母さまだ。一斉に皆で立ち上がって挨拶をする。隣にいるお祖父さまの凶悪な視線が「おせーんだよ、お前ら」と語っていた。怖過ぎるって。お祖父さまは、お祖母さまが絡むと、大厄災も仔犬に見えるほどに大魔王化するからね。お客様の賀茂さんまで、一緒になって睨まれちゃってるよ。


お祖母さまの横には、土御門伯爵夫人と土御門さんがいて、その後ろに、瑞祥の両親がいた。ご婦人方が着席するまで、私たちは立ったままだ。お祖母さまとお祖父さまが、長いテーブルの両端に座り、賀茂さんと土御門夫人がお祖母様の一番近くに座って、その隣にそれぞれ瑞祥の両親が座る。私の席は、お母さまの隣で、向かいは土御門さんなので、気を使わなくていいね。反対の隣は西条侯爵だし。ベストポジションだよ、牧田、ありがとう。


お祖母さまが視線で合図をされた。牧田が頷くと、すぐに一品目の料理がテーブルに運ばれてきたよ。今日は、12名のディナーなので、いつもの美也子さんや美咲さん以外に、瑞祥の方で働いている三人が給仕のお手伝いをしてくれている。瑞祥は、ちゃんとした貴族家みたいに何名も働いている人がいるけど、嘉承の家には、牧田しかいない。そもそものところで、うちって、家の中に人がいる時間が少ないんだよね。お祖父さまも父様も、ほとんど病院にいるし、母様は、大学の研究室と実家を往復で、嘉承家には住んでいらっしゃらない。古い都の西都や南都の貴族家には珍しくない通い婚夫婦というらしい。かくいう私も、生まれた時から瑞祥家で養育してもらっているので、寝室は瑞祥家にあるし。


「アミューズグールは、フォアグラとレーズンバターのサンドをご用意いたしました」


牧田が、いかにも執事といった口調で一品目を紹介してくれた。牧田は、本当は家令で執事じゃないんだけど、嘉承が、牧田以外を置きたがらないから、結局、執事めいたことをしてくれている。うちは牧田がいないと三日で滅ぶって言うけど、私は翌日でギブアップする自信があるよ。


アミューズグールのフォアグラのサンドはバターも入って濃厚なので、重くなり過ぎない絶妙なサイズで作られていた。皆の前には食前酒が置かれたが、私は子供なので、エルダーフラワーコーディアルを水で割ったものを出してもらっているよ。


「ふーちゃん、今日は、大忙しだったんですって」


お祖母さまが、私に会話をふって下さった。土御門さんが頷いているところを見るに、先に帰って、お祖母さまに話したんじゃないかな。


「いえ、喜代水の小僧さんたちが、良い仕事をしてくれたので、私は見ているだけでした」


真護の猫被りをとやかく言えたもんじゃないよね。私の被っている猫も大概、大きいかも。


「ふーちゃんのお友達なんですって?」

「お友達・・・なのかな。喜代水に行くたびに、お菓子やお茶を出してくれたり、一緒に遊んでくれる優しい小僧さん達なんです」

「あら、いいわね。私が喜代水に行くと、小さい可愛らしい妖は出ないのよ。いつか見てみたいものだわ」


お祖母さまが、ふふっと綺麗な笑顔を見せて下さったが、これがいつもちょっと怖いんだよね。大きい可愛くないのは出るのかなとか考えるのは穿った見方かな。


「お母様。変わった物をご覧になりたければ、西都総督府とか、内裏に行けば山ほどいるでしょう」


身も蓋もないな、嘉承父。せめて物じゃなくて、者って言ってあげて。


「西都公達学園にも、山ほどいたよなぁ。変わったモノ」


父様の隣に座っている東条侯爵が言うと、西条侯爵と北条侯爵も、うんうんと大きく頷いた。もう、この人達、また、百鬼夜行の姫たちの悪口を言うつもりだな。


「あの音楽室のヤツ、あいつ結構、ヤバいよな」

「体育倉庫のヤツの方が質が悪いと思うけどな」


ちょっと待った!それ、百鬼夜行の姫達じゃなくて、ほんとにヤバいやつだよ。


「おじさま、何それ。聞いてないんですけど」


私の隣に座っている西条の英喜おじさまの袖を思わず掴んでしまった。


「だって、ふーちゃん、怖がりだから、言うと登校拒否するでしょ」


する。絶対にする。もう学園には行かない。ただでさえ鬼が出るのに、あっちこっちにヤバいヤツが潜んでいるなんて、ありえないでしょ。テーブルには、二品目のスープに続き、冷前菜で帆立の貝柱のマリネが出てきたが、それどころじゃないよ。残さず食べるけど。


「ふーちゃんの前には出ないと思うよ。敦ちゃんにそっくりな子に手出しするほど、やる気のある霊は、あそこにはいないよ。しょせん霊だし」


霊なんだ。もっと怖いよ。妖は小僧さんたちのおかげで、怖くなくなったけど、霊はやる気があってもなくても怖いって。恨みとか未練とか持って彷徨っている連中でしょ。絶対に無理だよ。それにしても、この帆立のマリネのソース、絶品だな。レモンとオレンジが使われていて、爽やかなお味だ。キャビアも載ってるし。


「ふーちゃん、学校には行かないとダメだよ。飛び火的ではあるけど、嘉承の【業火】を何回か浴びているはずなんだから、残っているものは、そう悪いものではないと思うよ」

「そうだったよ、最近で言ったら、お祖父さまの【業火】が西都のほとんどを浄化しているよね。学園は完全に範囲内だったから、もう、完全に浄化されているよね」


洗練された料理長の芸術品のようなお料理が次々と運ばれてくるというのに、この奇々怪々とした会話が残念過ぎる。次はアワビのシャンパン蒸しだった。料理長の渾身の料理は、その後、鯛のポワレに、生ウニが添えられたものが続き、今、目の前には海老のソテーにビスク風のソースがかかったものが置かれている。海老のビスクだ。料理長、ほんと、天才だよね。絶対に何があっても、牧田と料理長だけは、私の人生に必要だよ。長く勤めてもらうためにも、陰陽寮のお仕事で荒稼ぎして、早く慰安旅行に連れて行ってあげよう。


最後のお料理は、嘉承の領地の黒毛牛のポワレをボルドレーズソースで頂いた。


「ここの料理長は素晴らしいですわね。どれも本当に美味しくて感動ですわ」


土御門伯爵夫人が絶賛して下さった。そうでしょ、そうでしょ。うちの料理長は帝国一の天才シェフだよ。和洋中でも何でも美味しいんだよ。私は料理長が大好きなので、料理長が褒められると自分のことよりも嬉しくなる。


最後のデザートは、可愛らしくデコレーションされたオレンジ風味のビターチョコレートムースだった。女性陣が嬉しそうだ。瑞祥のお母さまは、いつもにこやかだけど、ムースを見て満面の笑みだ。ああ、幸せと思いながら半分ほど食べ進んだところで、お祖母さまが仰った。


「あら、大変、すっかり忘れていたわ。四条家の二の君が行方不明なんですって。嘉承の【遠見】をお願いできないかとお願いがあったの」


それ、四条先生だよ。そっか。お祖母さまが、忘れていらしたんなら、それはしょうがないよね。先生、ごめん。私は、「長いものにはぐるんぐるん」を信条として生きている忖度子豚なんだよ。


「姫、四条の次男なら、その辺で埋められているぞ。死にはしないだろ」


お祖父さま、絶対に面倒くさいと思ってるよ。帝国一の面倒くさがり男のルーツが見えた。


「四条の二の君、この週末に、またお見合いをされるそうなの。だから、週末までに戻って来れそうかだけでも見て欲しいということだったわ」


四条家、見るだけでいいんだ。救出はしなくていいのかな。


「お母さま、今、蔵馬くらまにいますね。五時間ほど歩けば帰宅できるんじゃないですかね」


父様に、お祖母さまがにっこりとされたが、隣に座っている賀茂さんは青ざめていた。


「公達が埋められて行方不明って、犯罪に巻き込まれたのでは。すぐに検非違使に連絡しましょう」


賀茂さんは真面目だ。西都ではまともな人が苦労するんだよ。これは、もう1400年の土地柄で伝統だから。土の四条家の二の君が土の中にいても、誰も気にしないよ。


「父様、召喚してあげれば?」

「ダメだ。敦人、あんな泥だらけの見苦しいものを姫の前に晒すな」


お祖父さまが反対した。ちゃっかりお祖父さまも【遠見】で見てらしたな。


「あ、大丈夫そうじゃない?あれ、織比古だよ。織比古の【風天】で一緒に帰ってくれば五時間もかからないでしょ」


東条の享護おじさまが言うので、私も【遠見】を飛ばした。脳裏に泥だらけのアラサーの男性が浮かぶ。間違いない、四条先生だ。隣にいるのは確かに織比古おじさまで、二人で何か話している。先生、真っ黒な泥が顔にこびりついていて人相が分からないよ。あれじゃあ、西都のご自宅に辿り着いた途端に、家人に不審者と思われて通報されるよ。ああ、もう、しょうがないなぁ。


瞬間、嘉承の風チームの間にふっと笑みが広がった。


「ふー、お前は、本当に甘いな。何でもかんでも情けをかけていたらキリがないぞ」


父様が呆れたように言ったけど、知らんぷりだ。蔵馬山には、昔から、烏天狗という妖が住んでいるというのは有名な話だからね。天狗が水と火の魔力を使って四条先生をきれいにしてくれたんだよ、きっと。


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読んで下さってありがとうございました。

デザートのイメージは、近況ノートにある通りです。いよいよ、次話から、土曜日の昼食会が始まります。引き続きよろしくお願いします。

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