第84話 喜代水のおともだち
喜代水寺は、稲荷屋や西都総督府のある西都の中心地から見ると北の山側にある。西都は盆地にあって、中心部から山の麓までゆっくりと歩いても小一時間を超えるかという距離だ。喜代水の小僧さん達が六人ついてきてくれたので、九人で20分ほど歩いたところで、小僧さん達が話しかけてくれた。
「嘉承の若様ー、魔力を消さないとダメですよー。もう蛾が気づく範囲ですー」
「結構、距離があると思ったけど、妖蛾ってそんなに敏感なんだ」
「弱っちーやつほどー、神経質なんですー」
【風壁】で自分自身を覆って「どうかな?」と小僧さん達に訊くと「完璧ですー、さすが若様ですー」と六人で拍手してくれた。えへへ。何か気持ちいいな、この太鼓持ち集団。
賀茂さんと土御門さんも、完全に魔力を遮断している。完璧な制御だ。さすがは陰陽寮のツートップ。
「若様ー、先ずはー私がお店の中を見てきますー」
「私はー、見張りをしますー」
そう言って二人の小僧さんたちが、消えた。あの二人は妖蛾に気取られないのかな。残っている四人に尋ねると、「しょせんはー、蛾ですー。虫ごときにー、遅れをとるようなー我らではありませぬー」と、ふんす!っと胸を張られた。うん、全然分からないけど、大丈夫そうだね。
ほんの二分ほどで、前哨部隊の二人が戻って来た。
「いましたよー。今、お店のお客は二人だけですー。閉店直後を狙いますー」
稲荷屋の閉店は六時だ。あと、数分か。
「私たちは何をすればいいの?」
「若様たちはー、魔力が大きいのでー、蛾が逃げちゃいますー。何もしないで見ててくださいー。【遠見】はダメですよー、バレますからー」
小僧さん達に、丸投げしちゃっていいのかな。賀茂さんと土御門さんの方を見ると二人も困惑している。
「まぁ、見ててって言われたら、しょうがないので、店の外で見てましょうか」
そのまま、七人で慎重に歩き続け、稲荷屋と西都総督府のある西都大通りに出た。
喜代水の小僧さん達四人は、素早く店から数歩というところまで移動して斥候の二人に合流した。そして、何事かを相談すると、同じ二人が静かに店の中を伺いつつ、すうっと店の中に吸い込まれるように消えた。
「消えた!ほら、やっぱりあいつらも妖だよ、ふーちゃん」
いやいやいや、土御門さん、何を言っているか、良く分からないんですけど。西都では、人が消えるのは日常茶飯事なんですってば。南条の織比古おじさまとか、四条先生とか、いまだに消えたままでしょ。
斥候の二人から、合図があったのか、四人の小僧さんたちも、音もなく静かに店の前に移動し、これまたすうっと消えた。げげっ。土御門さんが、「ふーちゃん!」と言いながら、ほんのさっきまで小僧さんたちがいた稲荷屋の前を指さすが、見てない、見てない。何にも見てないよ。
賀茂さんが、すっと人差し指を口の前にあてたので、慌てて口を噤んだ。「行こう」と賀茂さんが口パクで合図してくれたので、出来るだけ足音を立てないように、閉店直後でガラス戸が閉められた稲荷屋の前に移動して、中の様子をうかがった。
店の中では、店員さん達が、数台あるレジの前で、売り上げの勘定をしていたり、商品棚に布をかぶせたり、箱や包装紙などを片付けたりしていた。前にお店に来た時に比べて、皆、顔色が悪くて、疲れ切ったような雰囲気だ。閉店の作業は同じだけど、いつもの稲荷屋じゃない。もっと奇異なのは、小僧さん達が六人も、店の真ん中で陣取っているというのに、誰も気づいていないことだ。
見えていないのかな。私がそう考えていると、店の奥から、昭二と高村愛が何かを話しながら出てきた。愛が、何か冗談めいたことを言ったのか、昭二が大笑いして、彼女の頭をぽんぽんした。次男こんちゃん、昔から、女性が苦手って言ってたよね。南条の桃色の風が吹いてるじゃん。これじゃ、浩子さんの立つ瀬がないよ。
「何を見せられているんだよ。あいつ、掃除もしないで男とじゃれているだけじゃないか。学園時代から変わらないな」
土御門さんが青灰色の目を暗くして吐き捨てるように言った。次の瞬間、店の中から「きゅん!」という動物の鳴き声が聞こえたかと思うと、小僧さん達の姿が、人から、茶色の毛皮を持つ短い四肢の何かに変化した。「きぃーっ」と鋭い鳴き声が上がり、6匹の獣が二本の前歯を剥き出しにして、高村愛の頭、両手足とみぞおちを襲う。紫色の煙が立ち上り、一気に店の中に広がった。完全に視界が遮られて店の中の状況がつかめない。【風巻き】を使いたい衝動にかられるが、魔力は使わない約束だ。
何が起こったのか理解が追い付かないまま、店の中を凝視したが、数秒後には、もう紫の煙も何もなくなっていた。店員さんたちは相変わらず、何事もなかったかのように、掃除をしている。高村愛だけが、呆けたように立ち尽くしていて、昭二が「おーい、愛、どうした?」と言いながら、目の前で手を振っていた。
小僧さん達の姿が、店のどこにもない。どうしたんだろうと思っていると、足元を、ちょいちょいと、小さい何かに触られた。下を見ると、茶色い生き物が6匹、直立して私を見ていた。へ?
そのうちの4匹は一緒になって、紫色のごわごわした気色悪い何かを咥えている。
「若様ー、終わりましたよー。これが妖蛾ですー」
うわっ、この茶色い生き物、喜代水の小僧さん達だったよ。
「ごっ、ご苦労さまです」
「はいー。それで今朝ー、北条侯爵さまからー、研究したいから妖蛾は殺さずにー、生け捕れとご依頼ありましてー。今からお届けに行きますのでー、若様ー、先方に連絡しておいてくださいー」
「はいー、分かりましたー」
呆気に取られ過ぎて、小僧さん達の喋り方が完全にうつっちゃってるよ。直立姿勢の何かが、私を期待を込めた目で見るので、リモートで土人形を作り、時影おじさまに連絡をする。もう、いつものにゃんころでいいや。
「おじさまー、不比人ですー。今から、妖蛾の配達がありますよー」
喋り方が直らないよ。さっき見た攻撃の凶暴な姿と、この脱力感を覚える喋り方のギャップがあり過ぎで、脳ミソにものすごい衝撃を受けた感じなんだよ。
「ありがとうございますー、じゃ、若様ー、私達はこれでー」
何も咥えていない方の茶色い何かがぺこりと頭を下げた。あ、ご丁寧にどうも。反射的に私も頭を下げちゃったよ。いや、だから、そうじゃなくて、貴方達、何?
「若様ー、さよならー、報酬のお菓子ー、忘れないでくださいねー」
茶色い毛皮の直立姿勢の6匹の何かが、一斉に、短い前足でパタパタと手を振ってくれた。かわいいな、おい。
「お菓子は、明日にでも届けますー、ご苦労さまでしたー」
「はーい」
瞬間、喜代水から来た、6匹の優しい小僧さん達だった何かが消えた。
「賀茂さん、土御門さん、あれ、何ですか?」
「あれは、ふーちゃんの喜代水のお友達じゃないの?」
そうじゃなくて。そうかもしれませんけど、何の妖なのか知りたいんですって。
「義之さん、あれ何の妖?」
「
「あの人達、鼬の妖だったんだ」
私が、そう呟くと「プレーリードッグですーー-」と、宵闇の西都大通りに木霊が響いた。
「・・・ふーちゃん、プレーリードッグなんだって」
「そうみたいですね」
それ以上は、もう会話が続かなかった。
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