第75話 魔力の共鳴

意識を自宅の食堂に戻すと、小野子爵に無理やり頭を押さえつけられ、二の君が私に頭を下げていた。


「嘉承の君、申し訳ない。弟は、おもしろいと思ったら、何でもすぐに飛びついてしまう短慮なところがあって」

「ごめんね~。家の戸締りしてくれてありがとう」


すごいな、二の君といると小野子爵が、まともなお兄ちゃんに見えるよ。上には上がいるもんだよね。峰守お爺様とは入れ違いになってしまったが、代わりに良真氏の出席で、お祖父さまが言うところの小野子爵と土御門さんの奇行・妄言の釈明が始まった。


先ず、小野子爵が、明楽君を見て弟の鷹邑だと言い張ったのは、そのそっくりな容姿ではなく、むしろ魔力の共鳴によるものだったという。


「魔力の共鳴?」


私がきょとんとしていると、何と真護が説明してくれた。


「両親が同じ兄弟だとあるんだよ、ふーちゃん。例えば、弟の優護と僕は、そっくりって言われるけど、魔力的にみると、絢子姉さまと僕のほうがそっくりなんだよ。絢子姉さまと優護だったら、僕の魔力は絢子姉さまの方に共鳴するんだ。お母様が同じだから」


うーん、ごめん。何を言っているか全然分からないよ、真護。


「不比人は兄弟がいないから、分かりづらいんだろ。同じ完全四属性の魔力持ちもいないしな」


父様によると、同じ父母を持つ兄弟姉妹で、魔力属性が同じ場合、魔力の共鳴性という作用で、魔力の変換や循環の機能が上がるという。先祖返りのように魔力が少ないと、単に家族といる安心感程度にしか感じないが、魔力変換機能が高く、常に大量の魔力を体内で循環させている上位の魔力持ちは、明らかに違いを感じるらしい。真護の弟の優護は、兄と仲がよくて容姿がよく似ているので、東条侯爵夫人の実子と思われているが、第二夫人の子供だ。まだ小さい頃に、東条家に引き取られている。貴族家では、さして珍しい話ではない。


「だから、絢子姉さまが近くに来ると、魔力を持っていかれるんだよね」

「何それ、怖い」

「同じ魔力だから、高い方から低い方に流れるのは自然なことなんだよ、ふーちゃん。それに、魔力の変換と循環が上がるから、兄弟への供給は全く負担にならないしね」


お父さまが説明して下さっても、自動供給のどこらへんが自然なのか、全く理解できないよ。兄弟はいないし、同じ属性持ちは、今のところ1400年前の先祖だけという私には、一生分からない感覚だと思う。


「その共鳴は、親子とか伯父と甥とかで起きるの?」

「起きない。お前の好きな料理で例えると、塩胡椒を想像してみろ。塩と胡椒をふると、量によって辛さは変わるが、味の本質は同じだよな。塩と胡椒なんだから。塩が親父で、胡椒が母親だと想像すると、塩胡椒の子供たちは、塩も胡椒の味も持っているが、塩の親父には胡椒の味はないだろ。子供たちは、その時々の分量で、塩が強かったり、胡椒が効いていたりはするがな。ま、それが性格の違いだったり、姫の言う魔力の型の違いだな」


お祖父さまは、私に説明して下さるときは、いつも料理を例にして教えて下さるので、一番よく分かるんだよね。


基本は分かった。小野子爵が明楽君に感じた共鳴は、同一父母から生まれた兄弟間でしか起きないという事実から、明楽くんは小野子爵の甥ではないということだ。


「うーん。小野子爵、ごめんなさい。明楽君が、鷹邑氏にそっくり過ぎて、幻影ならぬ、幻共鳴を感じたということはないですか」


小野子爵の態度で分かる通り、弟を溺愛していたようだし。失礼ながら、あれだけ情緒不安定なら、正常な判断が出来ているのかも疑わしい。猜疑心の強い子豚と思われるけど、そう考える方が普通だよ。何がどうなったら三十代の男性が、七歳児になるんだよ。


「いや、ふーちゃんがそう思うのは当然だ。実際、私もそう思い直して、鷹邑にずっと引っ付いて何度も確認したが、やっぱりあれは鷹邑だった。良真もこの場にいたら、同じ結論に至るはずだ」


この人、さっきまでの挙動不審ぶりを、一気に有能な大人の行動に塗り替えたよ。いやいや、外務大臣もやってたような人だもん。何とでも言うよね。あれは、どう言い訳しても、不審者の行動だから。


「にわかには信じがたいが、明楽が鷹邑だという荒唐無稽な話を確信するだけの情報が土御門にはあるんだろ。さっさと説明してくれ。不比人との約束だぞ」


何となくだけど、父様は、既に明楽君が鷹邑氏だと思っているような気がする。


「うん、分かってる。ふーちゃんには嘘はつかないよ。僕があの子を鷹邑と思う理由は、いくつかあって、まずは魔力の色だね。鷹邑と全く同じ色だよ。でも、これは、型を視るほど正確ではなくて、親子や兄弟で似た色というのはよくある話だから決定打にはならない。ちょっと長い話になるんだけど、最初の違和感は、厄災に対峙した時だった。あれは水の魔力で作られた厄災なのに、風の特性も持っていたんだ」


そう言って、土御門さんは、目の前に置かれたお茶を飲み干して、小野兄弟の方を見た。


「先に言っておく。聞いていて気持ちのいい話じゃないよ。まだ鷹邑の死のショックが癒えていないお兄さん達に話すのは躊躇うよ」

「晴明君、ありがとう。でも、そういう生殺しは止めてくれ」


小野兄弟は覚悟が出来ているようだ。じゃあ、私だって腹を括らないといけない。明楽君のことは私の責任で嘉承が保護するんだから。


「土御門さん、僕たちもいいよ」


真護が東条侯爵にがっつりとへばりついてから、言った。実は私もお父さまの背中にくっつている。だって怖いんだもん。


「ねえ、本当に平気?」

「いえいえ、私たちにはお気遣いなく」


土御門さんが、お父さまにへばりついている私を見て、ちょっとだけ柔和な顔になった。この人は、本当は真面目な優しい人だ。秘密主義なのは、多分、色んな人に気を使いすぎちゃうからかもしれない。


「分かった。二年前、襲われた播磨と施火を葉月に頼んで、病院を出てから、僕は一旦、帝都に帰って、気になることを調べてから、隣国に渡ったんだ。高村愛の祖父母と母親は隣国からの移民だって言ったよね。帝都に戻って、高村家が、いつ曙光に来たのか、外務省に記録を調べに行った。高村愛の祖父は、ある名門大学を職務倫理に大きく反するという理由で解雇になった研修者だったんだ」


「もしかして、あの高英実コウスンシル博士か?」


父様が、土御門さんに訊いた。土御門さんが頷くと、私と真護以外の全員が、息を吞んだ。そしてすぐに、「最悪」「何で曙光にいるんだよ」とおじさま達が怒りだした。


「俊生、良真、外務省は何をやっているんだ。知っていたのか」


お祖父さままで、露骨に嫌悪感をあらわに、小野兄弟に詰め寄った。


「博士の研究内容を、現地のメディアに知られ、国中から連日批判を受けて、ようやく大学側が認めたのは、博士が解雇になってから一年後でした。我が国が帰化申請を認めたのは、そのずいぶん前のことで、高博士ではなく、彼の弟の方です。指紋も、顔認証も、虹彩認証の記録も全て弟のもので間違いがありません」


「本気でそう思っているわけじゃないんだろ」

父様が静かに問いただした。まずいよ、これは嵐の前の静けさだ。父様は、静かになればなるほど、怖いんだよ。


「閣下、私が言えることは、曙光帝国が帰化申請を認めたのは、あくまで博士の弟です。博士自身は、大学を解雇になった三か月後に亡くなっています」


現役外務省役人の二の君が答えた。当時も今も昔も、曙光帝国の外務を背負うのは、小野子爵家だ。父様が、冥府の王さながらに、小野兄弟を見据えた。周りは息を殺して見守っている。


「高英実は、死人の体に、違う誰かの魂を移し替える禁忌に手を染めた外道だ」

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