第73話 作って良し、売って良し、買って良し

学園長先生の手口が怖すぎて、三人でくっついて、ダンゴムシのように丸まっていると、お父さまが声をかけて下さった。


「明楽君、今日、うちに来ていることはお母様はご存知なのかな?うちで夕飯を食べてから帰る?」

「あ、僕、もう遅いから帰ります」


明楽君があっさりと立ち上がった。やっぱり風の子だよ。たいがい切り替えが早いよね。すると、小野子爵も立ち上がって、「鷹邑、一緒に帰ろう」と誘ったが、それ、絶対に山科の領地に連れて帰る気満々だよね。ここに誘拐犯がいるよ、誰か検非違使を呼んで。


「俊生、お前は一人でとっとと山科に帰れ。明楽は、美咲に車で送らせる。真護はどうするんだ、夕飯食べてから帰るんなら、自分で家に【遠見】飛ばせよ」

「御前、僕は、お池経由で帰ります」


真護はぶれない。ショウちゃんは、この時期、池の縁の下に潜り込んで出て来ないから、行ってもしょうがないんだけど、真護は毎日、放課後、瑞祥のお池経由で帰る。


真護と明楽君が、帰り支度を始めると、小野子爵が雨の中に取り残された柴犬のような顔になった。うぐっ。小野家、人の弱いところをついてくるのが上手いな。いやいや、ダメだって。そんな顔しても、明楽君は山科に連れていけないよ。小野子爵の目がまた涙で潤んだ。


「俊生、いい加減にしろ。明楽が気になって帰れなくなるだろう」


流石のお祖父さまには通用しないようで、完全に呆れていらっしゃった。明楽君は、帰り支度の手を止めて、ちょっと考えてカバンの中から、にゃんころを取り出した。


「これ、あげる」


え、ダメだよ、明楽君。そんな変なおじさんに気を遣う必要はないんだよ。にゃんころ、すごく欲しがってたよね。


「鷹邑、お兄ちゃんは、お前から、猫ちゃんをもらおうなんて思ってないぞ」


だから、明楽君だってば。貴方は伯父さん。もう、しょうがないなぁ。にゃんころをもう一体作って、明楽君に渡した。


「明楽君、これ、持って行っていいよ」

「え、また作ってくれたの?」

「うん。明楽君、にゃんころ好きだもんね」

「大好き。ありがとう、ふーちゃん」


明楽君が、私の大好きな豆柴のにぱっとした笑顔でお礼を言ってくれた。もう、何体でも魔力が続く限り、作ってあげるよ。二人で、えへへと笑っていると、牧田が美咲さんを連れてきてくれた。


「明楽君、忘れ物はないかな。お菓子をいくつか持って帰る?」

「大丈夫。お母さん、お菓子屋さんで働き始めてから、いつも売れ残りを女将さんが持たせてくれるから」


稲荷屋の女将、相変わらずの世話焼きぶりを発揮しているようで何よりだ。


「そうか。あの女将さんなら、それはあるね」


明楽君は、小野子爵が気になっているようだ。


「あのね。お母さんが、ふーちゃんのお父さんに、土曜日にお昼ご飯に来るように誘われたんだって。お兄ちゃんも来る?」

「鷹邑。お兄ちゃんも来るよ。誘われてないけど、お父さんとお母さんも良真も、みんな連れて来るから」


いやいやいや、小野子爵。言ってることが変過ぎるでしょ。何で、誘われていないのに、来るの。しかも、家族も連れて来るってどういうこと?みんなって誰だよ。


「明楽君、また、明日。学校でね」

「うん、ふーちゃん、猫ちゃん作ってくれてありがと」


お祖父さまが、がっつりと小野子爵をホールドしている間に、美咲さんが明楽君をかばうようにしながら連れて行った。うちの美也子さんと美咲さんは、明楽君の事情をよく心得ているので、ちょっと過保護だ。小野子爵は、そんな明楽君を、にゃんころを抱えて、涙目で明楽君を見送っていた。おじさんが、にゃんこを抱えても絵にはならない。


「敦人が戻ってきたら、食堂で、評定やるぞ。牧田、嘉承の四侯爵を呼び出しておいてくれたか。真護、お前もふーと参加するか」

「はい。父上達が来る前に、お庭に行ってもいいですか」


お祖父さまに訊かれて、真護は帰るのをやめて評定に参加するらしい。でも日課はあくまで崩さないようで、お祖父さまが「おう」と言った途端に消えてしまった。さすがは、小さいつむじ風。


「有名な嘉承の評定ですか。部外者は見学もダメなんですかね」


賀茂さんがお祖父さまに訊いた。


「いや、今回は賀茂と土御門と小野は参加してほしい」

「長人様、僕もですか。東条侯爵と南条侯爵も来るんですよね。僕、静養中なんですけど」

「晴明、お前は魔力の使用を禁止されているだけだ。病人ぶるな」


土御門さんは、うちのチーム風を避けたいようだ。相性、良くないもんね。土御門伯爵夫人は、お母さまと、お祖母さまのお帰りを待って、女性同士で平和に夕食をとられるようだ。早速、女性陣と男性陣に分かれて、後者は、ぞろぞろと瑞祥と嘉承の間にある大きな食堂に移動した。

私がいつものように、お父さまと手をつないで歩いていると、賀茂さんに話しかけられた。


「嘉承の君、さっきの土人形、あと何体くらい作れるの?」

「ふーちゃんでいいですよ。うーん。あのサイズのにゃんころなら、今日は200くらいは出来るかな。お菓子を食べながらでいいなら、500くらいは出来ると思います」

「今日は五百体なんだ。そ、そうなんだ。さすがだね」

「あ、でも肉球をぷるぷるにするとか、お鼻をしっとりさせるとか、お父さまみたいな細かい作業は出来ないです」

「そうなんだ。流石が多過ぎて、ちょっと今、言葉が出ないよ」


賀茂さんも、ちょっと情緒不安定なのかな。最近、多いよね、そういう人。

食堂に着くと、また、賀茂さんが話しかけてきた。


「ふーちゃん、私くらいの大きさの土人形は作れる?」


何だかよく分からないが、賀茂さんの身長を確認して、毎度の、にゃん、わん、ぱんの三体を出した。


「おおっ、いきなり三体!」


賀茂さんが嬉しそうに、三体を確認し始めた。


「すごいね。このレベルが一瞬で三体か」


賀茂さんが、真剣な顔で三体をぺちぺち叩いたり、押したり、持ち上げようとしたり、魔力を少し流したりしている。何がしたいんだろう、この人。


「義之さん、ふーちゃんなら、この子たちに喜代水の錫杖を持たせることも出来ますよ。羅漢の最高位が持っているヤバい大錫杖。完全に、それで打ちのめされて、僕の作った賀茂さんを撃破されたんで」


うげっ。土御門さんが陰陽頭に、ぺろっとばらしたよ。賀茂さんじゃなくて、賀茂さんを模した土人形だってば。危険人物認定されて、曙光玉12個全部埋められたらどうしてくれるんだよ。


「そうか」


賀茂さんが、また考え込んだ。いやいや、賀茂さん、私は平和な子豚です。危なくないよ。


「ふーちゃん。陰陽大学校の生徒の訓練用に、この大きさの土人形を納める仕事を頼めないかな?さっきの、彰ちゃんと、ふーちゃんのお菓子の意匠のロイヤリティーの話と、晴明の土の子は比較的に制御が出来ているという話を聞いて、ひらめいたんだけどね。土は、魔力伝導の高いものを陰陽寮で用意するよ。この大きさなら、他の魔力持ちの制御訓練でも使えそうなんだ」


「やります!土を用意してくれるんなら、ちゃちゃっと練るだけの簡単なお仕事ですもんね。何体要ります?3000体くらいなら、一週間ほどで納品しますけど?あと、必要な仕様とか、武器とか、言ってくれればオプションも付けられますよ。あ、それは別料金になりますけど」


やった!またしても良い商売が舞い込んだよ。私の野望は、世界美食ツアーに出ることなんだ。牧田と料理長を連れて行くから、三人分の旅行費用を貯金しているところなんだよ。とりあえず、第一目標は、帝国の美食制覇だ。


「ふーちゃんには、ちゃちゃっと練るだけの簡単なお仕事なんだね」

「一週間で、この完成度で、このサイズが3000体。僕、絶対に魔力切れで気絶するよ」


あはははは、と賀茂さんと土御門さんが乾いた笑い声を出しながら、遠い目をしていたが、浮かれまくっていた私は全く気がつかなかった。

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