第72話 風壁は奥が深いよ
小野子爵の必死の嘆願もあり、【風壁】は峰守お爺様に習って、【風天】は小野子爵に習うことで落ち着いた。制御は【風壁】を完全マスターするのには必須だ。まぐれで張れても、固さの調整や持続時間を維持をするために制御がいるからだ。また、自分の周りに張るのは比較的簡単だが、他の人の周りに張ったり、リモートで張ったり、部分的な壁を作ったりと、【風壁】は奥が深い。この部分的な壁をいくつも作ることが出来れば、空気の階段が作れるので、確かに空は歩けるようになる。ただ、これには、めちゃくちゃ制御がいる。瞬間的に、リモートで、いくつのもの同時制御がいるからだ。確かに、お祖父さまの言う通り、普通の人間の魔力の使い方じゃないな。でも、三人で空を飛べたら、絶対に楽しいよ。
話が纏まったところで、小野子爵が落ち着いたのか、明楽君を抱き込むことを止めてくれたが、明楽君の席は小野子爵と土御門さんの間に設けられた。土御門さんもか・・・。飄々としたクールキャラはどこに行った?
明楽君本人は、さして気にする様子でもなく、牧田が絶妙のタイミングで運んでくれたお菓子を見て目を輝かせている。稲荷屋が持ってきてくれたお菓子は、にゃんころ餅と、わんころ餅と、ぱんころ餅だった。何というタイミング。それにヴォルぺの色とりどりの洋菓子も大量にあった。
「ふーちゃん、稲荷屋さんが、このお菓子の意匠をふーちゃんに借りて、一般用に販売を始めたいんだって。着袴のお祝いのお菓子で、色々と配ったでしょ。それで結構な数の問い合わせがあったみたいだよ。どうする?」
ああ、それで、これを持ってきたのか。私が、それぞれの種類を一つずつ取って、お皿をお菓子やケーキで山盛りにしていると、お父さまが稲荷屋の今日の意図を教えて下さった。
「いいですよ。ロイヤリティーの条件と金額は、いつもの通りで。お父さまにお任せしちゃっていいですか」
お父さまは、本来は法人弁護士だけど、私個人の商売の契約ごともお願いしている。こう見えても、私、なかなかやり手の子豚なんだよ。
牧田が美也子さんと美咲さんと、大きなワゴン三台分のお菓子やケーキをバイキング形式できれいにテーブルに並べてくれたので、食べ放題だよ。明楽君や真護だけでなく、大人たちも嬉しそうだ。魔力持ちは、昔から、甘いものに弱くて大食漢が多い。土御門伯爵夫人も、ほっそりとした方なのに、お皿には私に負けないくらいのお菓子が載っていた。賀茂さんも、小野子爵も魔力量が大きいからか、お皿を二枚持っていた。よし、これなら私の大食いがバレないぞ。最近、父様の目が厳しいから、お菓子を食べるのも気をつかうんだよ。
明楽君と、小野子爵は、にゃんころ餅の前で、悶々としていた。可愛いから、お皿に載せたいけど、食べるのはちょっと、という悩みらしい。そう言いながら、二人のお皿には、わんころ餅とぱんころ餅が載っていた。そっちは迷わず食べるんだね。
「三つとも、中の餡子が違うんだよ。食べ比べてみて」
私が説明すると、全員が、それぞれ三つをお皿に載せたので、二人も泣く泣くにゃんころを食すことにしたようだ。どこまで猫好きなんだ、小野家。
夕食前だけど、魔力持ちにとっては、甘味は、ほんと「朝飯前」なんだよね。でも太っているのは私だけなので、ちょっと不公平な気がする。
「伯爵夫人、土御門さんは、子供の頃、太ってました?」
「ええ、うちは、長男も次男の晴明も丸々して、嘉承の君のように可愛いかったですわ。いつのまにか、痩せてしまって、目つきも人相も悪くなって、本当に残念」
お祖母さまの侍女の和貴子さんも、前に父様のことで似たようなことを言ってたな。
「目つきも人相も悪い残念な息子ですみませんね」
土御門さんが、ぶすっと言ったので、皆で笑った。
「まぁ、そう言うな、晴明。それなら、私も、何なら彰ちゃんだって、初等科までは結構、丸かったぞ」
「魔力が大きいと仕方がないですからね」
賀茂さんとお父さまが、土御門さんをフォローした。ん?それなら、明楽君はどうなんだろう。私が明楽君の方を見ていると、小野子爵が気づいて説明してくれた。
「うちは先祖代々、子供の頃から小柄集団だよ。直系は特にその傾向が強いね」
「小野は、お前と同じで、魔力を体の中に循環させずに放つタイプの魔力持ちなんだよ」
「それなら、真護は?」
「東条は代々、大柄だからな。上背もあるし。魔力循環が早い一族だから、子供でもあまり太らないな」
お祖父さまは、さすがに年の功。何でもよくご存知だ。いや、でも待ってよ。
「お祖父さま、私と明楽君が同じタイプなら、何で私は子豚なの?」
私が尋ねると、ものすごく残念な子を見るような周りの視線を感じた。
「それはお前の父親が人間じゃないからだ。魔王の子は、小魔王なんだから、魔力量がおかしいのは、しょうがないだろ」
「いやいやいや、魔王は、お祖父さまじゃん」
しまった。ついお祖父さまに反撃しちゃったよ。焼かれちゃうと思った瞬間、土御門伯爵夫人が大笑いした。貴婦人には珍しい豪快な笑い方だ。私は嫌いじゃないけど。
「確かに、不比人様が小魔王なら、敦人様が魔王で、長人様は大魔王ですわね」
「葛葉は黙ってろ」
お祖父さま、今更、自分だけ人間のふりはダメだよ。
「不比人、今、【風壁】の完全マスターを最短で身に着ける方法を思いついたぞ」
めちゃくちゃ嫌な予感がするよ、それ。
「今日から、頼子のところで下宿させてもらえ。完璧にして、最速で【風壁】が張れるようになるはずだ」
「やだよ。それ、命懸けの習得じゃん」
皆が大爆笑してくれたけど、ほんと、それ笑いごとじゃないから。頼子叔母様の傍にいたら、命がいくつあっても足りないよ。
「いや、そういう究極の体験もありかもな。最近の陰陽大学校の入学者は、まだまだ制御の甘い子が多いんだよ。それで、今、指導要綱の見直しをしているんだけどね。私が子供の頃は、一つの魔法を学ぶ前には、その都度、制御を確認して、少しでも甘いところがあると、新たな魔法は教えてもらえなかった。最近は、大型魔法や上位魔法に簡単に手を出し過ぎる。魔力持ちにとって、一番大事な制御を軽んじられているような風潮を何とか変えようと、大学校と何度も話し合いをしていてね」
賀茂さんの制御の高さが土御門さんの魔力変換器官を救ったって、お祖父さまも父様も褒めていらしたしね。そういう人からすると、制御の甘い陰陽師の卵が増えることは嘆かわしいことなんだろうな。確かに魔力の大きい陰陽師の制御が甘いというのが危険だし。
「制御が完璧になると、下位魔法でも、上位魔法を抑えることが出来るしね。僕が子供の頃は、しょっちゅう、兄と例のチェスゲームだよ。土の子達は、あれがあるから、比較的制御は出来ている方だと思うんだけどね」
明楽君だけ「チェスゲームって?」ときょとんとしているので、説明してあげた。にゃんころが、チェスの駒だったと知って、明楽君が、カバンの中のにゃんころを小野子爵に見せたがったので、牧田にカバンを持ってきてもらった。
「これ、今日、ふーちゃんにもらったの」
じゃーんと、にゃんころを小野子爵に見せると、小野子爵は本気で羨ましがった。見せ甲斐のある人だな。
「いいなぁ、鷹邑。お兄ちゃんも欲しいなぁ」
だから、明楽君だってば。貴方は、お兄ちゃんじゃなくて、伯父さんでしょ。
「そういえば、賀茂さんたちの人形の争奪戦どうなったんだろ?」
真護が思い出したように言った。
「何だい、それ?」
「この間、ふーちゃんと土御門さんが、チェスで勝負したんです。土御門さんが、陰陽師16体と、喜代水の十六羅漢の駒を作って。でも、ふーちゃんが、喜代水の十六羅漢をにゃんころ達に魔改造したんだよね。それで、その時の駒を全部もらったですけど、僕と弟は、ふーちゃんの作ったハンザキの兵士2体だけキープすることにして、あとは、学校で皆とジャンケンで分けました」
「それで、鷹邑は、猫ちゃんをもらったの?」
小野子爵、明楽君ですってば。
「うん。だけど、僕はジャンケンで負けちゃったから、真護君が狸をくれたんだけど、ふーちゃんが、猫ちゃんに替えてくれたんだよね」
明楽君の苗字は、高村のせいか、「たかむら」と呼ばれることには、あまり抵抗はないようだ。違和感なく、小野子爵と話をしている。
「陰陽師十六体ってことは、私と土御門もいるのかな?」
「いますよ。賀茂さんは陰陽頭なんで、キングで、土御門さんは一位だからクイーンだったんですけど、学校で、二体ともすごい人気で、大ジャンケン大会になったところを学園長先生に見つかっちゃったんです」
今度は、私が賀茂さんに説明した。
「そうなんだ。今の学園長先生って、誰なの?」
「
真護がお教えすると、賀茂さんの柔和な表情がさっと消えた。
「もしかして、伝説の右の東久迩の大姫?」
私と真護がこくこくと頷くと、賀茂さんはものすごく真剣な顔つきになった。
「三人とも、制御は一日でも早くマスターするように、死ぬ気で頑張らないとダメだよ。土の使い手に対峙する時に、忘れちゃいけないのは、足元だ。特に、あの姫は右と見せかけて、地中から槍を生やして串刺しを狙うという、めちゃくちゃえげつない手を使う。360度、全方位に意識を同時に向けるんだ、いいね?」
真護と明楽君が、怯えて同時に私の両腕に引っ付いてきた。怖過ぎるよ、そのアドバイス。うちの学園長、ヤバすぎる。それ、もう完全に猟奇的暗殺者の手口だよ。土御門さんはドン引きして、小野子爵は「早く父を呼んで鷹邑に【風壁】を」とオロオロし始めた。
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宰相のみっちーと、頼子叔母様と東久迩先生の百鬼夜行コンビが、お気に入りです。そのうち、この二人と宰相の赴任時の話が書きたいなと思っています。読んで下さってありがとうございました。
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