第71話 お願いしてみた
土御門さんの宣言で、場が水を打ったかのように、しんとしてしまった。気まずい沈黙と緊張が流れる中、空気を変えてくれたのは、瑞祥のお母さまだった。
「あのう、お義父様、わたくしだけ、まだ明楽君にご挨拶をしておりませんので、ふーちゃんに紹介をしてもらいたいんですが」
さすがだ。さすがは、瑞祥のお母さまだよ。ほわわ~んと一瞬で空気を変えてしまった。
「おお、そうだったか。すまんな董子」
お祖父さまも苦笑いだ。
「お母さま、ごめんなさい。こちらは、私のお友達の高村明楽君です」
まだ明楽君を放そうとしない小野子爵を見つめる。「公爵夫人に挨拶させない無作法はありえないよね?」という思いを込めて、じっと見ていると、しぶしぶと言った感じで小野子爵が明楽君を放した。情緒不安定でも、さすがに、そこは都の公達だよね。でも、そのめちゃくちゃ不本意な顔、止めてよ。元外相がこんなに表情が分かりやすくていいのかな。
「ふーちゃんのお母さん、こんにちは。高村明楽です」
明楽君が、ぺこりとお母さまに頭を下げる。
「明楽君、こんにちは。私は、瑞祥
お母さまも、明楽君と同じように、ぺこりと頭を下げた。とうてい最上位の貴婦人とは思えない挨拶だけど、瑞祥のお母さまらしい。お母さまは、帝都の公立図書館で司書のお仕事をされていて、児童文学の責任者だし、貴婦人には珍しく、二人の息子をご自分で育てたということもあり、うちの家人を含めた女性陣の中では一番子供の扱いに慣れていらっしゃる。今も、明楽君を委縮させないように、明楽君と同じ目線で、「ごきげんよう」ではなく「こんにちは」と挨拶をして下さった。
これが西都の瑞祥公爵家の夫人だよ。どうよ。
誇らしい気持ちで、つい鼻の穴がぷくぷく膨らむ。私の疎開チームの中に、瑞祥のお母さまも入れて差し上げなくちゃね。
「公爵夫人、この子は鷹邑です」
私が、脳内で避難用ゴーレムのサイズを計算していると、小野子爵がまたまた明楽君を引き寄せた。ちょっと小野子爵、せっかく良くなった空気を元に戻さないでよ。この人も風だけに、真護と同じで空気が読めない自由人気質なのかもしれない。
「そうです、鷹邑なんです」
土御門さんも負けじと続く。しつこい。土の悪いところが出てるよ、土御門さん。もう、何なの、このまとめて情緒不安定な困った大人たち。お祖父さまに視線を向けると、片手をひらひらして下さった。
「お前ら、ほんとに落ち着け。明楽が怯えるだろうが」
「でも、御前、この子は鷹邑なんです」
「そうです、長人様、間違いはないんです」
「うるせぇ、俊生。晴明。お前らまとめて【業火】で焼かれたいか」
出たよ。お祖父さまの最終通告。もうこの変な人たち、一回かりっと焼いたら正気に戻るんじゃないの。真護も隣で「ほんとに焼かれちゃえ」と言いながらこくこくと頷いている。怖がってくっついてきたり、マウントとったり、お祖父さまの太鼓持ったり、忙しいやつだな。
「父様、明楽君が怯えるって仰るんなら、物騒なことは口にしないでくださいよ」
お父さまが呆れたように、お祖父さまに仰った。
「長人様は、本当に相変わらずですわね」
葛葉様が上品に笑って、お祖父さまが「うるせぇ」と返す姿を見て瑞祥の両親が目配せをしている。だいたい何をお考えか見当はつくけどね。
「お前ら、自分たちの思いだけぶつけてくるな。何があっても、明楽の気持ちと立場を考えてから発言しろ」
お祖父さまのもっとも過ぎる言葉に、小野子爵と土御門さんはバツが悪そうな顔をした。
「そうそう、それで、今日は、真護君と明楽君は、お池のショウちゃんを見に来たのかな。さっき、稲荷屋さんがたくさんお菓子を届けてくれたから、ちょうどいい時に来たね」
お父さまがこれ幸いと、さっさと話題を変えて下さった。そうだよ、情緒不安定な大人の相手よりも大事な話があったよ。
「ショウちゃんじゃなくて、三人で、お祖父さまにお願いしたいことがあって」
「俺にか、何だ?」
真護と一緒に、小野子爵に抱え込まれた明楽君の方を見てから、また二人で、じーっと小野子爵を見つめると、子爵がまた不本意そうに明楽君を解放してくれた。この人、いちいち面倒くさいな。当の明楽君は、気にした様子もなく、とことこと私たちのところに来てくれた。
「今、三人で、魔力の制御頑張ろうキャンペーン中なの。ちょっと学園の事情で、【風壁】を完全にマスターしないといけなくて、それで【風壁】と言えば、小野だから、お祖父さまに峰守お爺様に口をきいて頂けないかと思って」
「風の魔力の制御を峰守に習いたいのか?」
三人で「お願いします」と頭を下げると、後ろで小野子爵が「教えます!」と叫んだ。
え、やだよ。私たちは峰守お爺様に習いたいんだけど。私が無視を決め込むと、右手を上げて、「私が教えます!」と言いながら、ぴょんぴょん飛び跳ねる子爵の姿が視界の隅に入った。よし、絶対に無視だ。
「峰守はどうせヒマな隠居ジジイだから、問題ないと思うぞ。ちなみに、その学園の事情って何だ?」
「四条先生を学園長先生から守ってあげようと思って」
「ああ、頼子の親友か。四条の次男は、もう手遅れな気もするがな。まぁ、腐っても、土の四条だから、どっかに生き埋めにされても生き延びるだろ」
お祖父さまが、遠い目をされた。四条先生、もう手遅れなんだ。いやいや、そうじゃなくて、どっかに生き埋めって何だよ。まともな宮家の姫のすることじゃないでしょ
「ふーちゃん、四条先生はしょうがないよ。それより、御前、風の制御を頑張れば、嘉承の殿みたいに、空を歩いたり、飛んだりできるんですよね」
真護があっさりと先生と捨てた。お前、あの殊勝な誓いはどこに消えた?
「真護、はっきりと教えてやる。敦人は人間じゃない。そんな風に魔力を使えるやつは、もう魔王だ」
「え、制御を頑張っても飛べないの?」
明楽君がショックを受けた。いや、魔王はお祖父さまなんだけどな。
「飛べる。飛べるよ。先ずは【風壁】の完全マスターを目指せばいい。嘉承公爵は多分、【風天】を応用したものを完璧な制御で体を浮かしているんだろう。それなら、一にも二にも制御だよ」
小野子爵が割って入って来た。この人、どんだけ明楽君が好きなんだよ。
「【風壁】は父に習って、それが完璧になれば、私が【風天】で空を飛べるように教えてあげるというのでどうだろう?」
子爵が必死で訴えるほど、何か嘘くさい。確かにあの父は人間じゃないから、果たして普通の人間に出来る技なのかという疑問がある。それに、小野子爵が言うと「飛ぶ」が「跳ぶ」に聞こえるんだよね。
「ふーちゃん、顔がチベットスナギツネになってるよ」
真護がぼそっと言った。え?
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