第14話 もう一人の風の魔力持ちの子とゴーレム人形

 濃厚な週末が終わって、ようやく月曜日になった。何だか、やたらと癖のある来客が多かったな。


 学校に行くと、事情を知っている家の子供たちが、口々にお祝いを言ってくれたので、皆で教室までお喋りしながら歩く。そうそう、こういうのが平和でいいよ。


「ふーちゃん、おはよう。お菓子、ありがとね。すごく美味しかった」


 明楽君が、私の大好きな豆柴スマイルで挨拶してくれた。


「どういたしまして。中の餡子が全部違うんだけど、どれが良かった?」

「えっとね、僕が食べたのは、パンダと、右側の不思議な模様の入った丸いお菓子で、お母さんは、左側のやつと犬のお菓子を食べたよ。猫ちゃんは、まだ取ってある」

「明楽君がうちの家紋入りのお菓子を食べてくれたんだ」

「かもんって何?」

「家の印だよ。左右のお菓子に模様が入ってたでしょ。あれは、藤の花でね・・・」


 明楽君と話をしていると、始業のチャイムが鳴ってしまったので、また後で。


 明楽君は、ちょっとシャイで小柄だけど、意外と運動神経がいい。体育の時間に、跳び箱の七段を軽く跳んじゃうのには驚いた。七段を跳べるのは真護だけだったから、明楽君は一躍人気者になって、真護は面白くなさそう。まぁ、バカがヒーローになれるのは、体育の時間だけだもんね。え、私は三段でお尻がついちゃうレベルですけど、何か?


 だって、ぽっちゃりさんなんだもん。跳び箱に走ってたどり着く前に息が上がってる始末だよ。和貴子さんは、嘉承の父が私と同じ体型だったって言ってたけど、なにがどうして、子豚があんな細マッチョになれるんだか。信憑性が無さすぎる話だよ。


 私はね、算数を頑張るからいいんだよ。ほら、お料理やお菓子作りに分量計算しなくちゃいけないから、算数は大事なんだよ。現実逃避していると、


「危ないっ」


 と誰かが叫んだ。隣の五年生たちが、ふざけて室内で野球をしていて、誰かが打ったボールが目の前に飛んで来た。私の顔面にクリティカルヒットかと覚悟したところで、ボールがザシュザシュッと鋭い音を立てて切り刻まれて、私の額にかかっていた猫っ毛も数本飛んで行った。


 だーかーらー。真護、ちゃんとコントロールしろよ。もうちょっとで肉に埋もれて低い鼻が、もっと低くなるところだったじゃないか。キッと真護を睨むと、真護は驚愕の表情で、すっと明楽君を指さした。


「えっ?」


 皆の視線が一斉に明楽君に向く。


「あの、僕、ふーちゃんにボールが当たると思って・・・ごめんなさい」


 明楽君が真っ青な顔で、後ずさりして、そのまま走って逃げてしまった。早い!


「さっきの、明楽君だった?」


 皆に訊くと、クラスに半数いる魔力持ちの子たちが頷いた。


「ふーちゃん、あの子、実は、結構な力なのかも。見てよ、これ」


 真護に言われて足元を見ると、野球のボールが、みじん切りかというほどに切り刻まれていた。おおっ、大したもんだね。そこに先生が来られて、ボールの残骸を見て眉毛を八の字にしていた。


「ああ、やっちゃったか。高村君は、これが原因で、前の学校で虐められていたらしくてね。本人がどうしても言いたくないって希望したから、黙っていたけど、ここまでの力を制御が出来ていないんだったら、皆に事前に言うべきだった。ごめん」


 担任の四条先生は、見るからに体育会系の大柄の先生で、良い人だけど、いまいち気が利かないというか。虐めとか、人が隠したいことを、べらべら言わんでよろしい。ちなみに、彼も瑞祥一門の四条家の次男で、親戚。


「はぁ?何で風の魔力を持ってたら虐められるんだよ。おかしいだろ」


 真護や他にも風の力を持つクラスメイトが憤った。彼らは、何ものにもとらわれることのない風の魔力こそが至上だと信じて疑わない。


「高村君のいた帝都の北東では魔力持ちが極端に少ないんだ。二年前の厄災のせいで、むしろ忌み嫌われていると言っていい」


 先生の言葉にクラスの皆が息をのんだ。このクラスは力の大小はあれど、半数が魔力持ちで、残りの半数も魔力持ちの家と何かしらの縁を持っている子達だ。西都では、1400年以上この地を統治している二大公爵家や、両家を支える八大侯爵家、分家筋の伯爵家や子爵家が普通にあるから、魔力持ちなんか珍しくもない。一般家庭の子達だって、よく知っている事実だ。私の完全四属性は、ちょっとアレだけどね。


「皆、着替えて教室で待っていてくれるかな。先生は、高村君を探してくるよ」

「あ、先生、私、見つけたので、迎えに行ってきます」


 風魔法の【遠見】を使えば、学校内くらいの範囲なら、簡単に見つかるよ。無駄に歩きまわる体力はないからね。こちとら運動神経皆無で、一日の歩行距離が100メートルに満たない日もある不健康児童なんだから。


「ふーちゃん、そこらの寝たきり老人より動いてないじゃん」


 うるさいよ、バカ真護。


「えーと、じゃあ、ふーちゃんにお願いしようかな」


 四条は瑞祥につながる家だから、風の【遠見】が使えない。先生が行くより、足の遅い私でも、居場所が確実にわかっている方が早いからね。はい、お願いされました。遠見で視ると明楽君が膝を抱えて校舎の裏手にある池の前で座り込んでいた。うわっ、池まで結構な距離なんだけどな。思ったよりも時間がかかりそう。だって私、ぽっちゃりさんなんだもん。


 しゃあないなぁ。池の前にいたのが幸い。水魔法で、にゃんころ軍団を作成する。


「あきらくん、あきらくん」


 にゃんころ軍団がご陽気に踊りながら、明楽君に話しかける。


「え、ふーちゃんのお菓子の猫ちゃん?」


 明楽君が顔を上げた。あっちゃー、すごい泣いているじゃん。明楽君の涙にぬれた顔のイメージが脳裏に浮かぶ。


「そうそう。あきらくん、そこで待っててね。ちょっと時間がかかりそうなの」

「ふーちゃんなの?」

「にゃんころです」


 まぁ、声は私だからね。でも逃げられたら困るので、とりあえずシラを切っておこう。明楽君が立ち上がった。いや、もうちょっと待って。今、移動されたら、私の膝、確実に笑っちゃうから。不健康児童は伊達じゃないんだよ。


 土魔法で、ちょっと大きめのゴーレム軍団も作って囲い込んじゃえ。


「あきらくん、わんころです」

「ぱんころです、ごきげんよう」

「ふーちゃんのお菓子でしょ」


 そして、数分後、私が池のふちで、ゴーレム軍団に囲まれた小柄な男の子のそばにたどり着いた頃には、もう両足が痺れて膝がガクガクしていた。父母には魔力制御を言われたけど、それより何より基礎体力作りかもしれない。あと、ちょっと痩せよう。





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