第13話 栗のお菓子づくしとサンテミリオン

 霊泉先生の祝詞のようなものは、布瑠の言ふるのことっていう禊祓詞みそぎはらえのことばなんだって。


「ま、今回のことで、変な輩が湧いて出て来るだろうからな。先手を打っておくに限るよ」


 先生が、稲荷屋の栗大福十個、栗ようかん一本とヴォルぺのモンブランを五つ平らげたところで仰った。土色だった顔色はもとに戻りつつある。良かったよ~。


 魔力切れの時は、とにかく体温が下がるので、体を温めて、血糖値を上げると回復が早くなるらしい。昔から大きな魔力を持つ人たちほど大食漢や甘党が多いので、わりに知られた事実だったが、ここ最近の研究で数値でも証明された。


 逆に、何で最近まで証明されなかったかと言うと、魔力の多い人間というのは、ほとんどが高位貴族家で、高確率で、祖父や父や真護のような人が多い。つまり、先祖代々、面倒くさがりばかりで、研究みたいな地味で時間のかかることに付き合ってくれる根気のある人がいなかったのだ。


 お祖母さまが、大学生になった頃、ご本人自ら研究に付き合うと名乗り出て、くだんの「お支えする会」のメンバーが先を競って研究に貢献したという。・・・安定のフリーダムぶり。


 栗のお菓子が切れたのか、今度は、梨のコンポートと昨日のわんころ、にゃんころ、ぱんころが出てきた。とどめはオレンジリキュールが香り立つ、大きなガトー・ショコラ。ちょっと待って、うち、どんだけお菓子の在庫を置いてるの?


「ああ、この動物のお菓子は、ふーちゃんのデザインらしいな。かわいいじゃないか」

「先生、わんころの頭を齧って、途中で止めないでください。やるなら、ひと思いにお願いします」

「あははははは、それはそうか」


 先生は、おかしそうに笑って、わんころ餅の体も召し上がった。にゃんころとぱんころも、ぺろりと召し上がり、何杯目かになるお薄を飲み終わったところで、立ち上がられた。


「うん、だいぶ、落ち着いてきた。ふらつきもないから、もう大丈夫だろう」

「おじさま、母が参りますので、もう少しお待ちいただけませんか」


 お帰りになろうとする先生に、お父さまがお願いする。


「いやいや、だいぶ草臥れてしまったから、こんなところをお目にかけるわけにはいかないよ。そこは察してくれよ。また改めてお邪魔するから。あ、嘉承の秘蔵のワインを何本かくれるなら、ノーとは言わないけどね」

「牧田、2005年もののサンテミリオンを全部、霊泉伯爵邸に届けて。お菓子も全部。このガトーショコラもね」


 おおっ、お父さま、大盤振る舞いだな。ワインはともかく、お菓子がどれだけ放出されるのか、ちょっと気になるところだけど。


 伯爵家は歩いても十分もかからない程度だけど、お父さまが頼み込んで、うちの車でお帰り頂くことになった。お礼のワインも量があるから持ちきれないし、魔力切れのあとは、特に気を付けないとね。言うと怒られるけど、先生もいい年齢のじーさまだから心配だよ。


 お見送りの際、牧田がきれいに包んでくれたガトーショコラをお渡しすると、「はいはい、ありがとね」と髪をくしゃくしゃっとされた。私の周り、こんな人ばっかりだよ。ただでさえ、ぐちゃぐちゃになりやすい猫っ毛なんだから勘弁してよ。


 お父さまと一緒に、車が門を出るまで手を振っていると、


「あら、お帰りになっちゃった?」


 と、お祖母さまの声が後ろで聞こえた。和貴子さんと由貴子さんが一歩後ろで侍っている。お祖母さまは、今日もかぐや姫っぽいな。


「お祖母さま、ごきげんよう」


 ご挨拶すると、お祖母さまが私を上から下までご覧になって、「まぁ、素晴らしいわね」と満足そうに頷かれた。


「ぎりぎりのところまで力を使って下さったんですよ。肝が冷えました」


 先生、やっぱり、かなりヤバかったのかな。一時は顔色が土色だったもんね。


「そう、わたくしからもお礼を差し上げなくてはね」


 そう仰って、お祖母さまが私をまたご覧になる。・・・絶対、私の髪を七三分けにする気ですね。だんだん分かってきたよ。


 その後は、何だか疲れてしまって、まだお礼状が残っていたけれど、もう明日以降に持ち越すことにした。後は、名前も顔も知らないお家ばかりだもんね。今更だよ。


 結局、私は疲れて、夕食も取らずに、そのまま朝まで眠ってしまった。その日のディナーの席で、お祖父さまが牧田が出してきた2018年もののワインを2005年に替えてほしいと言ったところで、秘蔵の5ダース60本が一気に蔵から消えたことが判明して大騒ぎだったそうな。


 お祖父さまが、お祝いだから何も惜しむなって言ったんじゃないの。大人げないなぁ。

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