第12話 無花果のタルトと布瑠の言

 いつも思うけど、お祖父さまや、先生のような人達に、笑顔で対応できる牧田って聖人じゃないの。上位貴族家の家令は、皆、聖職者だよ。


 どっかりと隣のソファーに座り込んだ先生の前に、ドルチェ・ヴォルぺのフィグ・タルトと紅茶が並んだ。


「おっ、今日の姫のお茶はダージリンか。これは夏摘みだな」

 同じ種類のお茶でも、秋は味が濃くなる。私は、食べる方が好きなので、夏摘みの芳醇なセカンドフラッシュより、春摘みのファーストフラッシュの方が好みだな。


 私が先生のタルトを見ながら、食事を続けていると、先生と目が合った。


「ここの料理長を瑞祥と嘉承の先々代が雇ったときは、うちの父が、あのような者を瑞祥の姫のお近くに置くとは何事かと憤っていたが、あの不良少年は拾いものだったんだな」


 いやいや、先生、そんなに見つめてこられても、茶巾寿司はあげませんってば。ちゃんと事前に言ってくれたら、用意もしたけどさ。


 お父さまと私がデザートとお茶を終えるまで、先生はお茶をお代わりしつつ、ゆったりと待って下さった。まったく、何しに来られたんだか。


 今日のデザートのヴォルぺのフィグ・タルトは、焼いた無花果の下にアーモンドクリームが敷いてあって、これがまた絶妙な甘さで美味いんだな。タルト地もほど程良いかたさだし。紅茶は、私だけダージリンではなく、アッサムにしてもらった。私は、まだ紅茶をミルクたっぷりで飲みたい年頃なんだよ。


 すべて美味しく頂いて、ほっと一息。今朝からの張りつめた神経がほぐれたような気がした。美味しいものは、やっぱりいいよね。明るく楽しく健康に暮らしていくためには、必須だよ。


 牧田が、ほのほのとしている私を見て、ニコニコしながら片づけを始めた頃に、先生が私に手招きした。


「さてと、食後早々で悪いが、こういうのは早い方がいいからな。ふーちゃん、ちょっとこちらに来てくれるかな」


 とことこと先生のところに行くと、不思議な祝詞のりとのようなものを唱えながら、私の頭や肩や背中を撫で出した。え、何やってんの、このじーさま?怖いんですけど。


 一二三四五六七八九十ひぃふぅみぃよいつむぅなぁやぁここのたり

 布瑠部布瑠部由良由良止布瑠部ふるべふるべゆらゆらとふるべ


 一瞬、ぼわんと目の前にマドレーヌが光ったようなものが浮かび上がったと思ったら、それが、先生の祝詞に合わせて大きくなり、私の体の中に入っていった。え?


 体中に温かい何かが駆け巡ったような気がして、驚いてお父さまを見ると、お父さまが泣きそうな顔で、私の背中を摩りながら、先生に頭を下げていた。


「おじさま、本当にありがとうございます。嘉承の兄と父になりかわりまして御礼申し上げます」

「うん、あの連中のお礼はいらないな。頂けるんなら、姫のお礼だけで十分だ」


 そう仰る霊泉先生の顔色がひどく悪い。気が付くと、牧田も和貴子さんも由貴子さんも先生に頭を下げていた。お父さまは、まだ私の背中を摩っている。


「ふーちゃん、霊泉家の魔力は、水なのは知っているよね。でも、霊泉のそれは、防御・保護に特化していてね」

「先生が、防御の魔力を私に付与して下さったってこと?」


 先生は、本当に具合が悪そうで、呼吸も早くなっている。典型的な魔力切れの症状だ。


「牧田、早く温かいものをお持ちして。お菓子もあるだけ持ってきて」


 いつも冷静な牧田でも慌てることがあるんだと、遠くで、もう一人のも考える。今にも倒れそうになっている先生を見て私は泣きそうになった。何で、ここまでの防御を?先生が苦しい息の下で仰った。




「それは、君が比ぶることのなきお立場を持つ、彼の方だからだよ」

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