第9話 割れた水晶と完全四属性

 割れた水晶に、顔色を変えたのは、私と芦屋さんだけで、皆、驚くこともなく、温いぬるい目で私を見ていた。賀茂さんは、こめかみを親指でグリグリしている。


「もう、これだから公爵家は。あの魔水晶は、一位が採取してきたものの中でも一番大きくて、我々が七人がかりで三か月かけて、魔力で研磨したものなのに。」

「予想はついていたんだろうが。もったいぶらずに、曙光玉出して、さっさと済ませろよ、陰陽師。こっちは忙しいんだ」


 嘉承の父が仁王立ちで賀茂さんに言い放った横で、瑞祥のお父さまが申し訳なさそうにおっしゃった。


「よっちゃん、ごめんね。水晶は原石になるけど、瑞祥家で弁償するから。兄は、まだ重篤な患者さんを抱えているところを、不比人のために、病院を抜けて来ているからあまり時間がないのは事実なんだ。曙光玉で見てくれないだろうか」

「あきちゃんが謝ることは何もないし、瑞祥家が弁償なんてとんでもない。陛下には私から上手く報告しておくから大丈夫」


「よっちゃん?」「あきちゃん?」

 私と芦屋さんの声が重なった。


 こほん、と賀茂さんが咳ばらいをして、教えてくれたところによると、賀茂さんは、初等科から中等科まで瑞祥の父と同級生で、西都公達学園のOBなんだそうだ。高校生になり、泣く泣く帝都に引越ししたんだって。 


「そう。だから、不比人卿や従兄の瑞祥の君や二の君の先輩でもあるんですよ」

 と言いながら、天鵞絨の袱紗包みから、水晶というより金属っぽい、野球のボールより少し大きな球体を取り出して、まだぼーっとしている芦屋さんの手に乗せた。


「堂満、さっさと始めますよ」


 そして、賀茂さんの合図で、また同じように謎の球体に魔力を入れた。芦屋さんは、球体を覗き込んで、驚愕の表情を浮かべ、賀茂さんに手渡した。


「まぁ、聞いてはいましたけど、本当でしたか。不比人卿は、嘉承の火と風、瑞祥の水と土の四属性ですね。どれが強いというのはなく、全て同様の完全四属性です」


 芦屋さんは「そんなことが」と絶句していたけど、家族は皆「でしょうねぇ」という態度だった。実際、私自身も以前からそうかなぁと思っていたことが正式に認定されただけで、格別の感動はない。ちなみに、この曙光玉というのは、名前がさす通り、国宝級の魔力認定器具で、魔水晶で計りきれない大容量の魔力持ちに使われるそうで、嘉承家、瑞祥家の直系は、先祖代々お世話になっているようだ。


 そこに、嘉承の父が、

「完全四属性か。器用貧乏ってことだな。ま、しゃーない。頑張って生きていけ。魔力のコントロールの鍛錬だけは欠かすなよ。じゃ、俺、もう行くな」

 と、いい笑顔で言い切り、また頭がもげるくらいに、髪をぐしゃぐしゃして、颯爽と広間から出て行ってしまった。器用貧乏て・・・。


「よかったね、ふーちゃん」

 泣いて喜んでくれているのは、瑞祥の父母だけだった。


「魔力量はどれほどですの」

 それまで静かに事の成り行きを見守っていた嘉承の母が賀茂さんに訊いた。


「まだお若いので断定はできませんが、あの大きさの魔水晶を軽く割るくらいですから、確実に嘉承家の先代、当代に勝るとも劣らない量ではないかと」

「つまり、帝都の監視対象ということですわね」


 嘉承の母が、悔しそうに言い、私の肩をきゅっと掴んだ。そして、山賊の父よりも、少しだけ優しい手で髪をぐしゃぐしゃにして、「魔力のコントロールは決して怠ってはいけませんよ。お義父様、彰人様、よろしくお願いします」と綺麗な淑女の礼をして、彼女もまた広間を出て行ってしまった。あの夫婦は揃って、私の髪に恨みでもあるんか。


 二年前の厄災の瘴気で重篤な症状に陥っている人々と、その家族を、どこよりも多く西都が引き受けたのだけれど、それは、あの父母に拠るところが大きい。それは、瑞祥の父母から毎日聞かされているし、お父さまに溺愛され、従兄の兄さま二人にも猫かわいがりされて、幸せに暮らしている自覚と感謝はある。でも、こういうときは、つい埒もないことを考えてしまう。俯いている私の頭の上でお祖父さまの声が聞こえた。


「不比人、今日の昼飯は何だ?」


 お祖父さま、よくぞ聞いてくれました。そうそう、今日は、鰹の竜田揚げとキノコの炊き込みご飯と旬の野菜の炊いたんです。葡萄のムースのタルトもついてくるよ。


「そうか。牧田、昼食にワインを数本持ってきてくれ。姫には貴腐葡萄のものを。陰陽寮の二人には好みのものを数本持って帰ってもらうように。家の者全員にも、ワインか酒か好きなものをいくらでも出してやりなさい。不比人のお祝いだ、何も惜しむなよ」


 さすがは、山賊の頭、太っ腹だよ。そうして、お祖父さまが、「めでたいな」と言って、また私の髪をぐちゃぐちゃにした。だから、頭がもげちゃうから止めてってば。


「二年も待った甲斐がありましたわね。ふーちゃん、素晴らしいわ。おめでとう」


 お祖母さまが、たおやかな指で、山賊の頭がぐちゃぐちゃにした髪を、きれいに撫でつけて下さった。そして、広間にいた瑞祥の従兄の兄さま達をはじめ、皆が笑顔で「おめでとう」と言ってくれたので、ちょっとだけ切なかった気持ちは小さくなっていき、もう一度お父さまの嬉しそうなお顔を見ると、きれいに消えた。


 そして、昼食をとりに、広間から食堂に移動するときに、廊下に掛かっていた大きな鏡に映る自分を見て絶句した。


 お祖母さま、しれっと私の髪を七・三分けにしたでしょーっ!


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