第10話 ドルチェ・ヴォルぺとポポーの実
美味しい昼食に陰陽頭は感涙せんばかりだった。
「うちは慢性の人手不足で、特にこの二年ほど毎日ほとんど休みもないブラックな職場になってしまいまして」
「こんなまともで、美味しい食事は初めてですー」
芦屋さんは滂沱の涙。この人、二時間ほどで、何かキャラが変わってないか。優しい瑞祥の父母は、せっせとお代わりを用意させ、料理長に事情を話して、折詰弁当も作ってもらった。二人がお帰りの段になり、お祖父さまが、お祝い用ということで、蔵から大量放出してくださったお酒やワインとともに、果物や焼き菓子などと一緒に詰めたバスケットを渡していた。そして、どこから出てきたのか、巨大な水晶も。
うわあああ、ごめんなさい。皇帝陛下が貸与して下さった魔水晶が、たかが七歳児が、ぴゃっと魔力を注いだだけで、簡単に割れるなんて誰も思わないよね。
あれ、私の出世払いになるんだろうか・・・。
陰陽寮のお二人をお見送りしたところで、お父さまが、散歩がてら、稲荷屋に頼んだお菓子の出来上がり具合を見に行こうとおっしゃった。私、美食がらみのお誘いは、いついかなる時も絶対に断らないのがモットーです。
行ってみると、稲荷屋では、すでに300個の菓子折りが出来上がっていて、今日中に近隣の付き合いのある貴族家に瑞祥の父が詠んだ寿ぎの短冊と届けられる段取りがついていた。それぞれ300個ものの、わんころとにゃんころとぱんころが、しれっとした顔つきで並ぶ様は、何だか滑稽で笑ってしまう。しかし、この量を1日足らずで用意するなんて、さすがは創業800年の老舗の
お父さまが出来上がりをいたく気に入り、家人用にもう20ケース頼んで作ってもらうことにした。材料が余っているので、天才菓子職人の次男のこんちゃんが、二時間ほどで作ってくれるんだって。出来上がるのを待っている間、長男のこんちゃんのお店ドルチェ・ヴォルぺにパステル・デ・ナタを買いに行っちゃうよ~ん。
ところがどっこい、来るのが遅すぎたのか、売り切れと言われて大ショック。また明日来ればいいからとお父さまに言われたものの、朝から楽しみにしていたので泣きそう。こういう生理的欲求に関連した感情は、肉体年齢に引っ張られちゃうんだよ。
パステル・デ・ナタの素朴な魅力に、とうとう世間も気づいたか~とため息をついていたら、「それは大変だね~」とお父さまに笑われた。だから、私は美食を追求するために生まれてきたんですってば。
ショーケースの前で会話している私たちに、気を利かした従業員さんが呼んでくれたようで、オーナーの長男こんちゃんが現れた。
「瑞祥の旦那様、ふーさま、いらっしゃいませ。明日は、もう少し量を多く作っておきますね。なんなら、お屋敷までいくつかお届けにあがりますよ。」
「あ、私、ここまで歩いてくるのが唯一の運動なので、明日も来ます。」
店の中に大人たちの乾いた笑いが響いた。私は、本当に体を動かすのが嫌いで、なおかつ若干引きこもりなので、通学と稲荷屋以外に歩くことがない。確実に生活習慣病まっしぐらだな。
「ふーさま、お時間があるなら、さっき作った試作品を召し上がっていきませんか。ポポーが手に入ったんですけど、傷みやすいので店に出そうか悩んでましてね。」
あけび柿か。あれはそのままで食べるのが一番いいと思うけどな。こんちゃんが出してくれたのは白いプリンだった。
「ミルクプリンだ。うまっ!」
お父さまも、美味しいとおっしゃるので、ぜひとも普通にお店で買えたらいいけど、これは材料のあけび柿を入手できる期間と保存の問題で、もうちょっと考えないとな。あ、私、子供ながらに肥えまくった舌を見込まれて、稲荷屋こんちゃんズの商品開発顧問をしているよ。意味なく太っているわけではないんだよ。
「栄養価が高いし、ビタミンも豊富で美肌にいいから、美容意識の高い顧客に確実に受ける材料ではあるよね。商品化したいなぁ。ピューレとかで使用範囲が広がらないかな。ちょっと考えとくね」
そう約束したところで、次男こんちゃんのお菓子が出来上がる時間になったので稲荷屋に戻ることにした。
二人で手をつないで歩いていると、何たる偶然。私の癒しの豆柴、明楽君が、稲荷屋の近くを一人で歩いていた。
「明楽君!」
お父さまには、何でも話すので、明楽君のことは、もちろんご存じだ。明楽君も、私の隣のお父さまに気が付いて、にぱっと笑って、ぺこりとお辞儀した。可愛いうえに礼儀も正しいよ、この仔・・・じゃなくて子。
「ふーちゃんのお父さん?」
「うん、お父さまで、叔父様だよ。うち、色々と事情があるからね」
「おうちのじじょーで、お父さんがオジサンなんだ」
私たち小学生の会話を、お父さまが面白そうに聞いていらっしゃる。
「それで、明楽君は、何してるの」
「お母さんに頼まれてお買い物。ポン酢、買い忘れたんだって。ふーちゃんは」
「私もお買い物。そこのお菓子屋さんで、お祝いの菓子折りを引き取りに」
そこで、お父さまが明楽君にもお祝いのお菓子を持って帰ってもらってはどうかと提案してくださった。さすがは、私のお父さま、もう大好き。
三人で、稲荷屋まで一緒に行って、こんちゃんズから20ケース入りの紙袋を受け取る。そのうちの1つを取り出して、明楽君に渡した。
「明楽君、これ、私の着袴の儀のお祝いのお菓子。お家でお母様と食べてね。この犬のお菓子がわんころ餅で、猫がにゃんころ餅で、このパンダは・・・」
「ぱんころ餅?」
あらやだ、私の豆柴ちゃん、君もサイキックなの?
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