第8話 陰陽師とお家断絶の危機

 お祖母さまの乗った車が停まり、お祖父さまが、そそくさとドアを開けてエスコートする。お祖母さま、相変わらず、かぐや姫っぽいな。ほわっと光っているような感じがする。これが帝国の『やんごとない姫ランキング』で七十年に渡りダントツの一位に君臨している人のオーラだよ。


 お祖母さまは、土と水の魔力を持った人なんだけど、先帝陛下の妹である内親王殿下を母親に持つだけあって、皇家しか持たないと言われる光か闇の魔力のどちらかも持っていらっしゃるらしい。らしいというのは、本人が否定も肯定もされないので、噂の域を出ないからだ。


 お祖母さまが降りて来られた車の後ろで、三台目の車が停まり、お父さま達と同世代の壮年の男性と、アラサーっぽい男性が降りてきた。


「ふーちゃんの着袴の儀を執り行ってくださる陰陽頭おんみょうのかみ賀茂かもさんと、陰陽師第五位の芦屋さんよ。」


 お祖母さまの紹介に、お父さまの横にぴったりとくっついて会釈をした。私は人見知りなんですー。山賊親子は揃って、「けっ」とか言ってる。だから、お家断絶するからやめてよ、その態度。陛下が派遣して下さった方々だよ。


「嘉承の若様は、礼儀正しいですね。さすがは瑞祥家が養育していらっしゃるだけある」


 賀茂さんは、眼鏡をかけたオールバックの優しいおじさん風で、その横で、軽く会釈してくれた芦屋さんは、目が隠れるほどに長い前髪の神経質そうな感じのひょろっとした背の高いお兄さんだった。賀茂さんが、私と目を合わせるように屈んで言った。


「慌ただしくて申し訳ありませんが、早々に着袴の儀を執り行います。我々は、他の任務がありますので、夕方までには失礼しなくてはなりません」

 あら、せめて、料理長の鰹くらい食べていけばいいのに。デザートは絶品の葡萄のムースのタルトだよ。


 賀茂さんの言葉通り、その後の二時間は本当に慌ただしかった。お昼を頂く間もなく、牧田に抱きかかえられるように、自室に連れていかれて、祖母の侍女で、一条家の先代当主の異母妹の和貴子わきこさんに着物と袴に着替えさせられた。


「ほほほほ。嘉承家は、皆さん、そっくりですわねぇ。敦人様の着袴のお手伝いをした時を思い出しますわぁ。本当に良く似ていらっしゃること」


 庶子とはいえ、元侯爵令嬢の和貴子さんは、上品にゆっくりと話をする、綺麗なお婆様だ。さすがは、あの祖母にいつも侍っているだけあるよ。


「似てないよ。私は皆と違って、太ってるから。」


 そうなんだよね。すらっとした瑞祥や、細マッチョの嘉承の男性陣の中、私だけおデブちゃんなんだ。顔もまん丸で、手足もぽちゃぽちゃ。お菓子ばっかり食べているからかと思って食べるのを止めたり、食事を減らしたこともあったけど、全然、痩せなかったので、もう体質だと思って諦めている。痩せないのに、食事を減らす意味がないし、私は美食を追求するために生まれてきたんだし。哀しくなんかないよ。ちょっとだけ、ほんのちょっぴり切ないだけ。


「敦人様もお小さい頃は、ぽちゃっとして可愛らしい感じでしたのに、すっかり変わってしまわれてぇ」

 ええっ、あの人もおデブちゃんだったの?そこ、もっと詳しく!


 和貴子さんにもっと話を聞こうと思ったら、本当にいいタイミングで嘉承の父がやってきた。怖い、この人もサイキックだよ。陰口・悪口が言えない。


「チビ、時間がないから、とっとと済ますぞ。」


 そう言うと、いきなり山賊の若頭が私を荷物のように肩に担ぎ上げた。うぎゃーっ。着物と袴を着ているところに、父の固い肩が食い込んで、食べ過ぎた朝食が逆流しそう。

 お父さま、助けて~。


 父が広間の扉を開けると、気が付いたお父さまが、すぐに駆け寄って私を降ろしてくれて、ついでに父に文句を言ってくれた。ほらね、嘉承の子は、カッコウのヒナように瑞祥の家に預けられていた方がいいんだよ。


「ふーちゃん、凛々しくて格好いいね。二年も延期になっちゃったけど、陰陽頭の立ち合いで着袴の儀を迎えられるなんて、陛下の思し召しはありがたいね」


 父が涙目で私の髪やら着物の袷をせっせと直してくれた。馬子にも衣装、子豚にも着袴だよ。山賊親子、陛下の思し召しで、「けっ」って言わない!本気で不敬罪でお家が断然するわっ。


「それでは、ただいまより、嘉承家嫡男、不比人卿の着袴の儀を執り行います。執行人は私、陰陽寮頭の賀茂義之かもよしゆき、立会人は陰陽師第五位の芦屋堂満あしやどうまん。不比人卿、堂満の持っている水晶に手を乗せてください。これは、陛下が不比人卿のために貸して下さった特別の魔水晶です。深呼吸して、息を吐くときに、ふっと掌の真ん中からも、息を出すような感覚で、それをこの水晶に込めて頂けますか」


 芦屋さんが、両手でサッカーボールくらいの大きさの、内側に七色の渦のある綺麗な水晶を抱えて立っていて、私が手を伸ばすと少し屈んでくれた。割と優しい人かも。


「魔力を入れろってこと?」

「ああ、ご存じでしたか。そうですよ。魔力を込めてください、ふっと軽くね」


 はい、軽くね。ふっ!


 瞬間、水晶にぱりぱりぱりっと罅が入り、粉々になって芦屋さんの両手から零れ落ちた。


 うわああああ、陛下の魔水晶がーっっ。やっぱりお家断絶だったーっっ。


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