第7話 若頭がやってきた

 翌朝、起きて身支度をしていると、家令の牧田が珍しく私の部屋を訪ねてきた。お祖母さまと瑞祥のお母さまと従兄の兄様たちが帝都から、一週間以上も早く、それも陰陽寮からの陰陽師二名とともに、今日の昼ごろにお戻りになるらしい。今日は稲荷屋にも何処にも遊びに行かないようにと言われてしまった。


 今日は、長男のこんちゃんの洋菓子屋に行って、パステル・デ・ナタを食べようと思っていたのに、さすがは瑞祥・嘉承両家三代に仕えた牧田、私の行動パターンを把握しすぎ。パステル・デ・ナタって美味しいよね。イギリス風の固めのエッグタルトと違って、ポルトガルのは、ぱりぱりのパイ生地の中に甘さ控えめの柔らかいカスタード。あれは、成長しきれていていない七歳児の歯にも優しいよ。


「若様、嘉承の旦那様と奥様も戻って来られるようですよ。ようございましたね」

 牧田が私の髪と襟元を整えながら言った。え、あの人達も戻ってくるの?


 私は、実家にちょっと一般には理解されないカッコウの伝統があるだけで、実の両親と不仲ではない。ちゃんと愛してもらっているという自覚はあるけど、いかんせん、実質的に生まれてきてから一緒に過ごした時間が少ないので、嘉承の両親、特に母といると少し緊張してしまう。


 食堂に行くと、すでにお祖父さまが食卓にいて、すでに朝食をとった後のようだった。さすが、年寄りは朝が早い。


「お前、今、失礼なこと考えてないか」

「とんでもないです。おはようございます」

「まぁ、いいけどな。今日は姫が帰ってくるから、ちゃんとしとけよ。」


 お祖父さまは、お祖母さまのことを今でも姫と呼ぶ。五人も子供がいて、孫までいる推定七十代の女性が姫でいいのかと思うけれど、祖母は、いまだに正しく大公爵家・瑞祥の姫であり続ける人だ。何せ、半分皇家の血を引く、四百年ぶりに瑞祥家に生まれてきた跡継ぎの姫なので、子供が生まれても、孫が生まれても、祖父に嫁がなかった。公家は、元々が事実婚なので、不都合がないこともあるけどね。


「お祖父さま、今日はお父さま、遅いね」

「もうとっくに出てるぞ。お前の着袴の儀に、皇家が陰陽頭おんみょうのかみと、上位の陰陽師を寄越すから、何かと準備があるらしいわ。敦人と八条どもで話があるんだと。ショートノーティス過ぎるんだよ。帝都の連中は迷惑しか思いつかんよな」


 皇家の思し召しをショートノーティスで迷惑と叩き切る山賊がいるよ。何で、うちは1400年も存続しているんだろう。絶対に不敬罪でお家断絶になっているはずの家系だと思うんだけどな。


 ちなみに、八条というのは、我が嘉承に東条、南条、西条、北条という侯爵家がいるのと同じように、お父さまの瑞祥家には、一条、二条、三条、四条という侯爵家がついている。まとめて八条。何かがあるときは、両公爵家が先導し、八侯爵家と協議するというのが西都のやりかただ。


「普通は、陰陽師だけでしょ。何で陰陽頭まで出て来るの」

「そりゃお前も、ヤバいからだろ」

 ・・・も?


 朝ごはんを終えて、厨房で、料理長と助手のお兄さんたち二人と一緒にお昼ご飯の準備をした。今日は、なかなかの大人数になるようで、量も品数も多い。何で公爵家の嫡男が厨房で料理をしているかというと、ただただ私の趣味としか言いようがない。料理というより、美味しいものを食べる方だけどね。私は、自分が、美味しいものを食べるために生まれてきたと確信していて、厨房や稲荷屋に入り浸って早数年。今では誰も何も言わないどころか、結構、腕は期待されているし、肥えまくった舌には絶大な信頼を置かれていると思っている。


 今日のお昼は、朝市で料理長が見繕ってきたカツオをメインに、きのこの炊き込みご飯と旬の野菜を西都風に「炊いたん」になるらしい。秋のカツオは戻り鰹だ。春のあっさりめの初鰹と違い、味が濃くて、身がもっちりとしているので、私は秋の方が好みだな。デザートは領地から送られてきた葡萄を使ってムースを乗せたタルトを作る。上手くいけば、稲荷屋の長男こんちゃんにレシピを領地の葡萄込みで買ってもらえるかな。


 まだまだ日中は残暑が厳しいけど、舞茸やらサツマイモやら葡萄がこれでもかと領地から届いているのを見ると、もう秋が始まったんだと思う。


「若様、旦那様方がお呼びですよ。嘉承の門から来られますので、そちらで皆さまをお迎えしてください」

 厨房で、現実逃避しているところに、牧田が呼びに来た。はぁい。


 両家の屋敷は、食堂と厨房でつながっているので、瑞祥の家から、嘉承まで行くより早い。牧田と一緒に玄関ホールまで行くと、お久しぶりの両親が、瑞祥のお父さまといるのが見えた。


「よぉ、チビ、元気か」

 お祖父さまが山賊の頭なら、嘉承の父は、山賊の若頭だよ。にやりと笑って、髪の毛をぐしゃぐしゃとしてくる。親子で、雑さ加減が全く同じ。この人も、自分の手の大きさを分かっていない。首がもげるから、ぐしゃぐしゃしないで。


 瑞祥の父が、さりげなく自分の横に引き寄せて髪を手櫛で整えてくれた。

「おい、お前ら、姫が戻ってくるんだから、しゃんとして立ってろ」

 ほら、山賊に怒られた。もー。


 待つこと数分、黒塗りの高級セダン車が三台、車寄せに入ってきた。最初の車から、瑞祥の従兄のお兄さま二人が降りて来られた。お父さまによく似た面差しの、都の公達はかくありきを体現した上品な二人とお父さまが並ぶと溜息しか出ない。お祖父さまは、お父さまの実父だから、お父さまたちは、血のつながった兄弟のはずなんだよなぁ。カッコウの伝統で、嘉承の祖父も父も瑞祥家で養育されて、顔の作りも、お父さまや従兄たちと似たような感じなのに、何がどうなって、この二人は山賊になってしまったのか。


「チビ、今、失礼なこと考えてないか」

 あらやだ、この親子、似すぎだって。怖っ。


「うるせー、姫が到着するんだから、しゃんとしとけ、ガキども。焼き討ちにされたいのか」


 ほら、やっぱり、山賊じゃんかーっ。こんな公爵家ってあり?


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