第6話 都のザ・風雅と山賊のお頭
家に帰ると、すぐに夕餉の時間だった。瑞祥・嘉承の先々代の両当主に雇われた料理長が作るご飯はめちゃくちゃ美味しい。今日は、私の好きな
湯引きや蒲焼はもちろん、ゼリー寄せに、甘酒漬け焼き、治部煮、カツまであって、全部に鱧が入っている。正しく西都の夏の味だよ。もちろん、全て少量ずつ品良く小鉢で出て来る。ちまちまと食べるのも、洗い物の量も面倒なことこの上なし等と、帝都の人間のようなことを思うことなかれ。古き佳き西都では様式美こそが全てなんだって。
今日は、嘉承の祖父と、瑞祥の父と私の三人だけの夕食になった。祖母と瑞祥の母と大学生の従兄二人は、帝都にいる双子の叔父たちのところに遊びに行っている。大学は九月中旬くらいまで夏休みなので、まだ一週間ほど向こうで過ごすそうだ。
「ふーちゃん、転校生が来たって言ってたね。仲良くなれそう?」
瑞祥の父は、いつでもニコニコしながら、どんな話でも聞いてくれるので、早速、明楽君の話をした。
「豆柴みたいに、にぱって笑う子なんだよ。千台から来たんだって。」
千台と聞いて、瑞祥の父の美しい顔が少しだけ翳った。くだんの大洪水の元凶となった厄災の魔物を作り出した伯爵令嬢の魔力は水。水と土の頂点にある瑞祥と全く無関係とはいえない家柄の人間だったからだ。魔物自体は、帝都の陰陽寮から派遣された陰陽師たちが浄化してくれたものの、厄災の魔物が残した大水と、流されてきた土砂などの処理は瑞祥一門が、怪我人や被災者の健康問題は嘉承一門が中心になって、それぞれ何か月もかけて復興作業のお手伝いをしてきた。
被害にあった方々の中には、嘉承と瑞祥の両家と長い付き合いのある子爵家の末の君がいたそうで長期行方不明者のリストに記載されていたのが、一番哀しい結末で戻って来られたそうだ。この話は、繊細な瑞祥の面々がいるところではタブーになっている。一瞬、気まずい空気が流れたが、お祖父さまが話題を変えてくれた。
「柴犬はいいよなぁ。にへって笑うよなぁ」
「にぱっ、だって」
「にへっ、だろ」
ここに嘉承の父がいれば、「どーでもええわ!」と激しい突っ込みを入れてくれるんだけど、上品なお父さまには無理な話だった。「きっと柴犬はにへっと笑って、豆柴はにぱっなんだろうねぇ」と、ニコニコと笑っていらっしゃるだけだ。これが都の風雅、瑞祥彰人公爵なんだな。
春に食べる鶯餅ってあるよね。あんこを求肥でくるんで、鶯きな粉をまぶしたやつ。同じように、優しさを美貌で包んで、気品をまぶすとお父さまになると思う。うん、帝国一のファザコンの自覚はあるよ。
それに比べてうちのお祖父さま。公爵家の前当主というより、山賊のお頭だよ。とにかく豪快で、何でも適当。「ガキが細かいこと考えんな」とか言って、いつも背中をバシバシとやられるけど、この人、絶対に自分の手の大きさを分かってないから。でも、帝国一の人たらしと今上陛下も仰るほどに、数多の熱狂的な信奉者を持つ人なんだって。それは、まとめて、絶対に危ない連中でしょ。もしかして、謎の武闘派集団に関係があるのかな。
うちの一門というのは、宗家である嘉承の元、東条、西条、南条、北条の四侯爵家が分家衆を纏めてくれている。その四家の中でも、お祖父さまの熱狂的信奉者の急先鋒が東条家。ほら、やっぱり、あの家は代々おかしいんだって。
「俺の学年にもいたなぁ、そういう癒し系のかわいいやつ。俺の学生時代は、南条は女たらしで、痴情のもつれで刃傷沙汰になるわ、西条は、おかしな冒険熱に取りつかれて何か月も行方不明になるわ、北条は何か暗くて怖いって、クラス替えの度に女どもに泣かれるわ。もう色々、最悪だった。癒し系の小野に何度救われたか」
「お祖父さま、東条は?」
「・・・あれは、単なるバカだな」
山賊の頭の元に、女たらし、厨二病、コミュ障とバカがいたと。もう何も言うまい。
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