第5話 稲荷屋こんちゃんズ

 西都は、碁盤の目のように造られていて、主要施設は、それぞれ徒歩圏内に位置している。幼稚舎から高等部まである学園は公立で、帝国の将来を担う人材の育成機関ということで、主要施設となり、西都の中央にある総督府の真後ろにあるので、どこに行くのも至極便利。


 とは言え、七歳児の行くところなんて、お菓子屋くらいだけどね。今日は、稲荷屋に行く前に、幼稚舎まで瑞祥のお父さまを迎えに行くことになっている。お父さまは、学園の法律顧問のはずが、実際は、幼稚舎に入り浸って保父さんのようなことをしておられるからだ。


 お父さまには、実の息子が二人いて、私の従兄にあたるお兄さん達だけど、もう大学生になってしまったので、お世話がいらない。私が生まれるまでの十年くらいは、空の巣症候群で、鬱々とした日々を過ごしていらしたそうだ。どんだけ、お世話好きなんだよ。


 でも、私の誕生を誰よりも喜んで、今までずっと大事に育ててくれた人だからね。私にとっても、すごく大事な人だよ。


 幼稚舎は、初等科に隣接しているので、歩いて三分もかからない。平屋で、職員室、遊戯室、食堂、お昼寝部屋の四つが横に並んでいるだけで、園児も十八人しかいない小規模なものだ。西都は、治安もいいし、行政サポートがしっかりしているので、帝国一、育児がしやすいと言われているはずが、園児は二十人足らず。帝国の少子化や、ここに極まれりだね。


 実は公家の出生率は、一般家庭に比べると異常に低い。魔力量が夫婦間で大きく異なったり、魔力属性が火と水のように相反する力の場合、子供が生まれにくく、出産にも危険を伴うからだ。実母の佳子が働いている大学の研究所では、こういう問題にも取り組んでいるらしい。


 おっと、話がそれた。幼稚舎も、今日は始業式だけなので、園児は皆、帰った後みたい。お父さまは、職員室で幼稚園教諭の皆さんとお茶を飲みながら歓談されていた。あと数年で五十路に届くかという人なのに、白皙の美貌は全く衰えることを知らず、周りの先生方は、女性はもちろん、男性教諭たちまで、頬を染めて、嬉しそうに話をしている。罪作りな人だよね。


「ふーちゃん、遅かったね。」

 お父さまが、にこにこしながら、職員室から出て来られた。ふわりと衣服に焚き染めている香が匂って、ほっとする。お父さまの香は、瑞祥のお母さまが調香したもので、ほわんとしたお父さまの雰囲気にすごく似合っている。


 職員室にまだ残っておられる先生方に挨拶をして、帝国随一の菓子屋、稲荷屋に行くよ。私は、いつも大好きなお父さまと手をつないで歩く。お兄さまたちは、初等科で手つなぎは卒業したらしいけど、私はしないよ。成人してもお父さまと手つないで歩いちゃうもんね。


 稲荷屋の近くまで来ると、私と一番仲が良い三男のこんちゃんが店先で立っているのが見えた。稲荷屋は、創業800年の菓子屋だけど、長男が大きな洋菓子店を経営していて、次男は菓子職人として稲荷屋本店を支え、こんちゃんは、和洋菓子の販売を促進するためのマーケティング会社を経営している。


「瑞祥の旦那様、ふーさま、いらっしゃいませ」


 稲荷屋のこんちゃんは、本当は三津男みつおさんと言うのだけど、本人いわく「ありえないほど時代錯誤でダサい」という理由で、学生時代のあだ名のこんちゃんを公私ともに使っていて、いまでは、本名を知っている人の方が少ないかも。ちなみに、稲荷屋の主人も、長男氏も次男氏も、全員あだ名がこんちゃんと言うらしい。稲荷で、こんちゃん。うーん。


 稲荷屋の桑染めの暖簾をこんちゃんが手でおさえてくれたのを通って、店の中に入る。間口の広い大店おおだなの稲荷屋は、手前に贈答品の菓子折りが並び、その横に干菓子、半生菓子、生菓子と続く。今日から九月が始まったばかりというのに、もう夏のお菓子が陳列ケースから消えていた。葛を使った半透明で涼しげなお菓子は、目にも楽しくて大好きなんだけどな。ちなみに、私が一番好きな夏のお菓子は、寒天を使った錦玉羹きんぎょくかん。羊羹で作った赤やオレンジの小さな金魚が浮いていて、繊細でかわいいんだよ。今は、代わりに栗や柿のお菓子と月見団子が並んでいて色彩的にちょっと地味になっている。


 店の一番奥は、接客スペースで、お父さまのように、茶席を設ける人が大量の茶菓子を注文したり、祝い事用に特別注文のお菓子を依頼するときに使われる商談用の場所。


「まぁまぁ、瑞祥の旦那様、いつもお世話になっております。この度は嘉承家ご嫡男の不比人様のお祝いのお菓子のお話を頂戴しまして、誠に光栄なことです」


 稲荷屋の主人、女将はともかく、洋菓子の長男と、職人の次男、従業員全員で待ち構えていたのには驚いた。店にたくさんのお客さんがいるのに接客しなくていいのかな。後ろにいた三男のこんちゃんを見ると、糸目をさらに細めて、にんまりと笑っていた。

「ふーさまの御為ですから、当然ですよ」


 稲荷屋は、昔から、本当に私に甘い。店の従業員たちまで総出で甘やかすものだから、私はちょっと、いや、かなりのぽっちゃり系なんだよね。この八月は、毎日入り浸っていたから、さらにデブ化に拍車がかかっちゃってるし。


「旦那様、ふーさまの御菓子なんですが、ご本人がこの夏に作られた可愛らしいお菓子がございますの。デザインを拝借させて頂いて、次男が作ったものがこちらですが、いかがでしょうか。」


 女将が美麗な菓子箱の蓋をとると、そこに私が夏に作ったお菓子にそっくりな犬と猫とパンダの形をしたお菓子三点が並んでいた。


「これは本当に可愛らしい。ふーちゃんがデザインしたんなら、ちょうどいいね。」


 あらら。練りきりで色々試してみたくて作った子供の仕事なのに、いいのかな。


「このお菓子、名前はあるの?」


 そうそう、和菓子には、だいたいどれも名前がついている。そうだなぁ。


「えーと、こっちが、わんころ餅で、真ん中が、にゃんころ餅で・・・」

「こっちのパンダが、ぱんころ餅でしょ」


 あらやだ、うちのお父さまって天才じゃないの?

 お父さまも、稲荷屋の面々も何故か口元をおさえて、肩をぷるぷると震わせている。


「着袴の儀だから、三つより五つがいいんだけどね。あと二つ足したいなぁ。鳥さんとか、熊さんとか同じように作れないかな。去年、子供たちに人気だった狐さんとか可愛らしくていいよね」

「チベットスナギツネですね」


「絶対に嫌です」


 私は基本的にお父さまには忖度しまくりの七歳児だけど、譲れないことだってあるんだよ。何が哀しくて、私の着袴の祝いのお菓子に、あの忌々しい狐を入れるのか。ありえないよ。東条家に贈った日には、この先二十年はイジられそうだよ。


「え、ダメなの?そう。それじゃあ、残りの二つは、嘉承と瑞祥の家紋の入った焼き菓子を両端に入れた折にしてくれるかな」

「はい、承りました。」


 稲荷屋のこんちゃんズが、お父さまに綺麗に礼をした後、狐を断固拒否した私に、切ない眼差しを向けてきた。


 そんな顔しても、知らないよっ!


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