第4話 風の魔法とカッコウの子

 今日は、始業式だけなので、昼前には学校が終わる。夏休みにサボっていた連中は、一昨日あたりから絵日記やら自由研究を『でっち上げる』のに忙しいので、やたら帰宅の足が速い。

「お先に失礼しますわ」

「ふーちゃん、ごきげんよう」


 おい、そそくさと帰っている連中って、うちの一門ばっかりじゃないか。隣で真護は、悪びれもせずに、せっせと風魔法を使って図画工作の宿題をやっている。一門のなけなしの名誉のために、せめて、家でやってくれ。


 風の魔力持ちの東条侯爵家で魔力制御の英才教育を受けている真護は、中位魔法の【風切り】をナイフの切っ先のように細くしたものを彫刻刀代わりにして、石膏を超高速で削っている。東条家もまさか、英才教育がこんな形で実を結んでいるとは思うまい。そのうち投げ文で密告してやる。


 気が付いたら、豆柴の明楽君が真っ青な顔をして、真護の石膏を見ていた。


「明楽君、顔色悪いけど、大丈夫?うちの学校、こんな変なやつばっかりじゃないから心配しないでね」

「う・・・うん、あの、僕、今日はもう帰るね」


 明楽君は、後ずさりしながら、さよならと口早に言って、逃げるように教室から出て行ってしまった。ああ、豆柴君、友達になりたかったのに。


「高村君、大丈夫かな。何か怯えたような感じじゃなかった?」

「真護のせいだ。石膏が高速でガリガリ削られるのを見たら、誰でも怖いってば。私も、もう帰るからね」

「ええーっ、そうなの。じゃあ、僕も一緒に帰ろうかな」


 真護が立ち上がると、集中力が切れたのか【風切り】の焦点がずれてしまい、石膏の削り粉が教室中に舞って、残っていたクラスメイト全員が咳き込んだ。真護は、魔力が多くて、年齢の割に器用なところもあるが、年相応に、集中力が簡単に削がれてしまう。


 初期魔法の【風巻】で空気の渦を作り、削り粉を一か所に集めた。一門に、こういう馬鹿が多いと、妙な小技だけが上手くなってしまう。


「ふーさま、助かりましたわ」

「嘉承の君、ありがとうございます。相変わらず、見事なコントロールですわ」

「初期魔法で中位魔法を相殺できるのは、この学年では嘉承の君くらいですわ」


 梨元の姫がお礼を言って優雅に腰を折ると、くだんの取り巻きのスケさん・カクさんも続く。ほんとに、いいトリオだよ。でも、この側近コンビ、あまり魔力を感じたことはなかったけど、意外と魔力を視る目は鍛えてあるんだな。


 どうやら、チーム梨元の宮は、真面目に宿題も片付けているらしい。こういう堅実なところは、我が嘉承一門にも見習ってほしい。切実に。


「真護、今日は、瑞祥のお父さまと稲荷屋にお祝いのお菓子を頼みに行くから一人で帰ってね。嘉承の父が帰ってきたら、延び延びになっていた着袴ちゃっこの儀をして下さるんだって」


 着袴の儀というのは、一般でいう七五三のようなものかな。この世界では、公家の子女は、五歳になると、正装を身に着けることが許され、陰陽寮から派遣された陰陽師による正式な魔力測定を受けるという、節目の儀式をする。誕生時から魔力を持っているのが明らかな子女は、各々の所属する一門や、各家で制御を学んでいく。


 これに対し、一般家庭の子女の七五三では、参拝する寺社の僧侶や神官達により、魔力測定が行われるけど、魔力が全くない子や、あっても測定値に満たない子が大多数。そんな中、少数ながら、突然、力が顕れる子もいるため、七五三のタイミングで、発現が完了すると言われる七歳、就学前を目途に、最低二回の測定が義務付けられている。魔力がないと思われる公家の子女も、着袴の五歳から、就学前の七歳までに必ず魔力測定をしなくてはならない。


 魔力は、どんなに少量でも、コントロールできないと惨事につながることもあるからだ。魔力持ちは登録され、その記録は、戸籍と同じように死ぬまで国に管理される。


 私がまだ魔力測定を受けていないのは、五歳になって、陰陽師を呼ぼうかという折も折に、くだんの大厄災が現れたので、陰陽寮の陰陽師は、もちろんのこと、うちの家族がほぼ全員、帝都まで事態の収拾に遠征させられたからね。それどころではなかったんだよ。嘉承の両親に至っては、いまだに家にまともに帰れていない。


 厄災が引き起こした未曽有の大洪水で、何千人もの人が被害にあい、数万に及ぶ家屋が流されてしまった。彼の地には、復興どころか、まだ瘴気が浄化しきれていない集落もいくつか残っていて、帝都では治療できない重篤な患者さんたちが、西都に毎日のように送られてきたそうだ。医療の一族である嘉承家が、この二年ほど、ほぼ不休で陣頭指揮を執って、患者さんたちを看ているので、私だけでなく、家族全員の祝い事や、一門の行事などは二の次、三の次になっていた。


 まぁ、私はカッコウの家の子だし、瑞祥家のおかげで何の不自由なく過ごさせてもらっているので、被害にあった人達のことを考えると、正直、着袴の儀や、お祝いなんてしなくてもいいと思っている。自分の属性も、魔力量も、実はもう把握しているし、制御も瑞祥や嘉承の従兄たちに教わっているし。でも、それを言うと、彰人お父さまは、私が我慢していると思って、絶対に泣いちゃうからね。七歳児、ここは忖度一択なんだよ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る