第3話 誰がチベットスナギツネだよ
「梨元宮家の姫は、あんな側近がついていて大丈夫なのかな。西都で、あんな発言じゃ、ハザード製造機じゃん。ふーちゃん。おはよ。久しぶり~」
振り向くと、さっきの姫たちの会話を聞いたらしい
西都に限らず、公家の嫡男は、普通、家名付きで、何とかの君と呼ばれる。真護の場合は東条の君で、次男の真護の弟は東条の二の君という風に。私も、一応は嘉承の君のはずが、だいたい「ふーちゃん」だ。ちなみに、真護には二つ上の姉もいて、東条の大姫と呼ばれる。大姫というのは、長女という意味で、次女なら二の姫だ。
東条家は、母方に、美貌の瑞祥家の血を引いているだけあって、真護自身も姉も弟も、将来が楽しみな美形と言われているけど、我が嘉承の血も引いているから、全員、残念な性格で、とにかく口が悪い。特に大姫は、容赦の欠片もない。
「真護、おはよう。ほんとだ、夏休み中、全然会わなかったから、久しぶりに顔を見る感じがするよ」
「ふーちゃん、遊びに行っても、いつも家にいなかったし」
実は、夏休み中、出入りの菓子屋の作業場に入り浸って商品開発の真似事をしていたんだけど、和菓子の世界というのは奥深い。練り切りあんで、お花や動物の形のお菓子を作るのに、どっぷりハマり、菓子職人さん達の好意に甘え、毎日、作業場に通ってしまった。練り切りあんというのは、白あんに砂糖、山の芋やみじん粉などのつなぎを加えて練ったもので、上生菓子になる。お菓子は何でも好きだけど、特に和菓子は、繊細で季節感があっていいよね。小さな世界に可憐な詩があって、私は、あれこそ国をあげて守るべき帝国の文化だと思っている。
出入りの菓子屋の
「ふーちゃんってさ、ああやってジト目になると、チベットスナギツネっぽいよねっ!」
誰がだよ。お前は、謎の武闘派世直し集団に一回、体育館裏にでも呼び出されて、説教されろ。
西都では、貴族家のほとんどが、うちの一門、嘉承一族につながる火と風の魔力を持つ家と、瑞祥一族につながる水と土の魔力を持つ家のどちらかと縁を持っているため、火、風、水、土の四属性のいずれかの魔力持ちが多い。帝都に行くと、これに皇家と宮家が持つ光と闇が加わるが、光と闇の魔力は直系以外に伝わりにくいため、魔力持ちは、西都が圧倒的に多い。
そういう理由もあって、西都公達学園は、帝国の教育機関の中でも、一番魔力持ちが在籍しているが、公立なので、一般家庭の子女も多く通っている。私の学年は二クラスだけで、ほとんどは、幼稚舎からの顔なじみなので、一般家庭の子女も、公家の子女も関係なく仲が良い。
真護は、社交的な性格で、いつも楽しそうにしているせいか、周りに自然とクラスメートが集まってくる。真護が傍にいてくれるので、人見知りの私も、ぼっちにならなくて済んでいるようなものだ。いつものように、幼稚舎から一緒にいる塩見君や笹倉君と喋っていると、チャイムがなって、担任の四条先生と、小柄な男の子が教室に入って来た。
「みんな、久しぶりだな。全員の元気な顔が見れて、先生は嬉しいよ。始業式に行く前に、転校生を紹介する」
そう言って、先生が黒板に、転校生の名前を書いた。「高村明楽」
「高村君、皆に挨拶してくれるか」
「
そう言って、明楽君は、ぺこっとお辞儀をした。何というか、今時、珍しい純朴な雰囲気を持った可愛らしい感じの子だ。こういう子、待ってたわー、と私の中のトリさんが、小躍りしている。明楽君か。朗らかな感じで、いいお名前だよね。クラスの女の子たちより、小柄で色白で、いじらしい感じの明楽君にトリさんは大喜びだが、人見知りの私は、自分から声が掛けられない。
明楽君は、私の隣の席になった。でも、後ろの席にバカの真護がいる。頼んだぞ。さっきのカクさんみたいな言いがかりをつけたり、変なちょっかいは掛けないでくれよ。
「高村君、僕は、東条真護だよ。よろしくね。それで、こっちは、なんとあの嘉承公爵家の嫡男のふーちゃんでーす。チベットスナギツネかと思ったー?ぎゃははははー」
真護の失礼千万な紹介に、明楽君が笑ってくれた。何、この子、柴犬みたいだよ。柴犬って、にぱっと笑うよね。あんな感じ。
「えーと、ふーちゃん、しんごくん、よろしくね。チベットスナギツネって、かわいいよね。」
「えっ、かわいい?」
「うん、本物は見たことないけど」
・・・。いや、いいんだよ。私も見たことはないから。転校初日の豆柴の仔犬に激しいツッコミをいれるほど、私は狭量ではないよ。でも、何だろう。この子から魔力を感じる。それも、私と真護の魔力と同じ。
風だ。
これが、真護と私の、後に西都に厄災を招く少年との邂逅だった。
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