第2話 お供はスケとカク

 薄情者と呼ばれても、五歳になった頃に帝都で厄災が発生してからの二年間、実の両親とほとんど一緒に過ごした記憶がないので、最近では、二人の顔を思い出すのにも時間がかかる。


 父の実弟である、叔父で養父の瑞祥ずいしょう公爵家当主の彰人あきとお父さまに溺愛されて、心身ともに健康だし、家には、牧田というスーパー家令と、天才料理長がいるので、万事恙無く暮らしているよ。何で実の兄弟なのに父とお父様の苗字が違うかというと、うちの祖父母が、一人っ子で、それぞれの公爵家の跡取りだったため、長男と次男が嘉承家と瑞祥家を継いでいるからだ。


 嘉承家は、昔から医師や薬師の多い家で、火と風の魔力を持つ一門の長、水と土の一門の長の瑞祥家は芸術家や学者を多く輩出している家だ。曙光帝国の文化レベルが西高東低と言われるのは、ひとえに瑞祥家の存在が大きかったりする。もちろん、私の激推しのお父さまも、帝国随一の歌人で書家で茶人な、都の風雅を体現したようなお人だ。お仕事では、西都公達学園や、西都内外の法人の法律顧問をしておられる・・・はずが、なぜかここ数年は、毎日のように幼稚舎で保父さんとして、楽しくお過ごしでいらっしゃる。白皙の美貌で、とにかく優しい彰人先生は、園児たちやご父兄に大人気。うちの幼稚舎の卒業生は九分九厘、「彰人さまをお支えする会」の会員だと言われている。


 このお支えする会には、うちの一族の誰かが影の会長として牛耳っていて、裏でお父さまの敵認定されると、粛々と排除されるという噂がある。そして恐ろしいのが、他にも世直し的な活動をする、謎の武闘派集団も存在するとか、しないとか。西都の裏で何が蠢いているんだかな。めちゃくちゃ怖い。


 そして、実の両親の不在を憂いても、都の裏事情に怯えようとも、世界中の小学生に容赦なく訪れるのが、夏休みの終わりだ。今日から、西都公達学園の二学期が始まる。


 朝起きて、服を着て、通学という当たり前のことが、とんでもなく面倒くさい。出かける前に、西都公達学園初等科の萌黄色のリボンを結んで、家令の牧田にチェックしてもらってから、家を出た。夏休みにダラダラ生きていたツケで体が重いし、やる気も出ない。


「ふーさま、ごきげんよう」

 学校に到着すると、同級生の梨元香夜子なしもとかやこ姫が、お見送りの車から降りてきて、優雅に挨拶をしてくれた。香夜子姫、家、すぐそこなんだから、歩きなよ。楽ばっかりしていると太っちゃうよ。それは私だけど。


 彼女は、西都には珍しい宮家のお姫さまで、お父上が先帝の大甥にあたる。香夜子姫の曾祖父が、皇弟殿下でいらっしゃったということだ。ご家族で、古都であるこの地に、初等科に入学直前に引っ越してきたこともあって、言葉遣いや所作が、いかにも帝都の姫って感じ。見た目も、ちょっと吊り目の凛として整った顔立ちは、ラノベによく出て来る強気な悪役お姫様風だけど、中身は全く反対で、生真面目で温厚なお人柄のせいか、彼女を本心から慕う取り巻きが多い。


 宮家は、陛下のお膝元の帝都に多くて、千年を超える名門の貴族家は、古都である西都に多い。何故、陛下のお傍に名門貴族家がないのかというと、魔力量の多い上位貴族を、魔素の多い土地に置くことを危惧した帝国の措置というのが通説だけど、事実は分からない。


 ちなみに、私の曾祖母は先帝陛下の妹君であらせられるので、梨元の宮家とは遠い親戚。貴族社会なんて、こんなもんだよね。血統にこだわるあまり、近い血筋での婚姻を繰り返し、はかなくなりかけたのが、何を隠そう瑞祥家。それを過保護なまでに守り続けて立て直したのが嘉承家で、我が家に医療関係者が多いのは、そういう理由なんだそうだ。


 毎度のことながら、香夜子姫が車から降りた途端に、その両隣には、忍びの者かよとツッコミたくなる素早さで、佐々木寿賀子ささきすがこ嬢と渥美佳久子あつみかくこ嬢が侍る。


「ふーさま、聞きまして?今日は、転校生が来るそうですのよ」

「そうなの?相変わらず、姫は早耳だよね」

「佳久子さんに、教えて頂きましたの。そうですわよね、佳久子さん」


 香夜子姫が、にっこりと佳久子嬢に尋ねる。彼女は、母親が帝都の貴族家の出身で梨元の宮家とは縁戚になるそうで、姫のご一家が引越してきてからというもの、母親と何かと宮家の面倒をみている筋金入りの取り巻きだ。その母が初等科の職員なので、学校関連の情報は、まず間違いがない。


千台せんだいから来た男の子ですよ。お父様がいらっしゃらないそうですわ。色々とご不自由されているみたいで、この時期に転校でしょう。何かあちらで問題があって、西都に逃げて来たんじゃないかとか噂されてますわよ」

「あらやだ、怖い。ふふふ」


 うん、佳久子嬢、それ、確実に君が噂しているね。インサイダー情報で、思いっきり個人情報漏洩してるし。めちゃくちゃダメなやつだよ。寿賀子嬢も、それのどこに楽しそうに相槌を打つ要素があるのかな。


「まぁ、皆さん、人様のことは、とやかく言うものではありませんわ。ふーさま、それでは後ほど、教室で。寿賀子さん、佳久子さん、参りましょう」


 私のジト目に気が付いた姫は、早々に取り巻きを連れて撤収。さすがは帝都の貴族社会で鍛えられているだけあって、空気を読むのに長けている。ついでに、逃げ足も速い。でも、人情の機微を読むことは、苦手なようだ。意図や悪気はそこにはなく、むしろ、彼女の育ちから来る世間知らずが原因だと思う。だったら、梨元宮家、取り巻きの人選と教育くらいちゃんとしといてよって話になるけどね。西都に来るなら、その辺を心得ていないと、どこぞの謎の集団の教育的指導が入るかもよ。


 西都の前の都、南都が帝都だった頃、女帝陛下が曙光帝国を統治されていた。この陛下の元で、摂政の宮としてお仕えしておられた方の意志をつぎ、更に進化させ、西都を統治しているのが、嘉承と瑞祥公爵家だ。二家は、1400年前から、氏素性に関わらず優秀な者を登用している。


 今の西都は、西都総督府が行政を担い、近年の少子化対策に、子供はどの子も社会全体で大事に育てるというのを基本方針にして、おおらかな統治をしているから、帝都よりも特権意識とか選民思想が、かなり薄い。


 帝都で生まれ育った香夜子姫に悪気はなくても、あの手の勘違いした発言をする側近を置いていると確実に、西都では浮くし、子供の発言といえども、家の良識を問われることになる。何のための側近なんだか。


 佳久子と寿賀子、カクさんとスガさんコンビは、姫にふさわしいお供になって諸国漫遊でもして学んでこい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る