先輩をデートに誘ってみた
店の正面ではなく玄関から入った。
親父と遭遇すると色々面倒だから、忍者のように気配を消して部屋を目指す。
抜き足、差し足、忍び足と――慎重に二階へ。
階段をゆっくり上がって、これで!
「なにやってるんだ、愁」
「…………」
親父に見つかった。
高身長オールバックの髪、極道系の
なんで俺の部屋の前にいるんだか。今は営業中でお店の方で忙しいはずだが……。
「こんな時間までどこへ行っていた」
「ただいま、親父。友達とカラオケ」
「友達、ねぇ……」
明らかに疑うような視線を向ける親父。
「なんだよ、文句でもあるのか」
「さっきお店の前に女の子がいなかったか?」
「……ッ!!」
「その顔、図星だな。お前、彼女でも出来たのか」
やっべ、見られていたのかよ。
ということは、先輩の存在を知られたってことか。
しかし、どう説明したものか。
説明しても面倒にしかならない気がする。
だが、ここは素直に打ち明ける方が楽ではある気がする。……まあいいか、先輩とは“恋人のふり”をするという約束なのだから。
「ああ、その通りだ。先輩は俺の彼女だ」
「マジか!!」
さすがの親父も大声で叫んだ。
近所迷惑だ。
教えることは教えたし、もういいだろ。
「マジだ。以上、解散!」
俺は部屋へ入るが、親父は止めてきた。
「愁、あの可愛い子ちゃんを紹介しろ」
「……紹介もなにも、冒険者ギルドの常連なんだけど」
「なぬッ!?」
「土日限定で来てくれているんだってさ。シスター服のコスプレをしてるようだよ」
「あー…! あの銀髪の巨乳ちゃんか。ピッチリとした衣装、スリットがたまらん」
「ちょ、ヘンタイ親父!! 先輩をそんな目で見るんじゃねえ!」
「そうか、愁。可愛くて巨乳の女の子と付き合えて羨ましいな!!」
親父がそんな風に叫んだ直後、背後に禍々しいオーラが接近していた。こ、これは……母さんだ。
「仕事サボって何をしているの……
「……うわっ!!
母さんは、親父の顔面を片手で持ち上げ――コメカミを思いっきり握って万力していた。ギシギシと破壊の音が
……怒らせると恐ろしいな、母さん。
* * *
飯を食ったり、風呂に入ったり日常生活を繰り返す。
なんやかんやで就寝前。
俺は大切なことを思い出した。
……あ、そうだ。
先輩の“ライン”を聞いてなかった。
明日、勇気を出して先輩とライン交換してみるか。
――翌朝――
学校へ行く準備を進め、俺は家を飛び出した。
今日の運勢は『最強No.1』で“最高の一日”と“勝負事に必ず勝てる”でしょう……とのことだった。良い日になりそうだな。
なんだろう、運勢のおかげか今日は身が軽い。
気分もいつもと違う。
普段なら学校なんて面倒くさくてダルいものだった。
けれど、今は先輩の顔が見たい。
先輩に会いたくて会いたくて仕方がなかった。
その願いが届いたかのように、制服姿の先輩が現れた。
「おはよ、愁くん」
「せ、先輩! ど、どうして店の前に」
「家からそこそこ近いし、待ってた」
「わざわざすみません」
「ううん、いいの。愁くんと一緒に登校したいし」
俺と登校したい……それって、それってそういうことなのか。
先輩の気持ちを知りたいけど、今はこの関係が心地よい。だから壊したくない。それに、嬉しすぎてそれどころじゃなかった。
「先輩、俺も一緒に登校したいと思っていたんです。嬉しいです」
「迷惑でなくて良かった。ちょっと心配していたから」
「そんなことありません。朝から女子と肩を並べて一緒に登校とか夢のようですよ」
「うん、わたしも男子とは初めて」
……そうだったのか。
先輩に彼氏がいたことは無いのか。
それが分かっただけでも、俺は更に嬉しい。
学校を目指して歩いていく。
「先輩、今週の土日に花火大会ですよね」
「そうだね。浴衣とか着て歩き回りたい」
「先輩の浴衣姿……見てみたいな」
「え……う、うん。いいけど、ちょっと恥ずかしいな」
これは押せばデートに誘えるチャンス?
今日は勝負事にも強いようだし、ここは運勢に頼ってみるか。
「先輩、俺とデートしてください」
「……よ、喜んで」
やった!!
先輩から良い返事を貰えた。
なんて運がいいんだ、俺は。
そうして学校に着くと、注目を浴びるようになっていく。
……忘れていたが、先輩は有名人だった。
昇降口まで向かうと、例の先輩の友達が現れた。
「おはよー、柚」
「蜜柑、早いね」
「朝練だよ~。ほら、大会も近くなってきてるし……ていうか、柚も参加しなよー」
「ごめんごめん。今日も無理なんだ」
「今日も? また彼氏かあ……」
蜜柑が俺をジロジロ見てくる。
そんな見つめられると照れるというか……ん? この人、左腕をケガしてる。水泳で負傷したのかな。
「俺がどうかしましたか、蜜柑先輩」
「愁くんだっけ。これ以上、柚を取られると困るの。勝負して勝った方が柚を好きにできるっていうのはどう?」
「しょ、勝負っすか。なにをする気です?」
「それは秘密。お昼に屋上で勝負よ! 必ず来ること。来ない場合は強制敗北だから」
そう蜜柑は言い残して去っていく。
……マジかよ。
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