先輩の意外すぎる趣味

時間はあっと言う間に過ぎた。

気づけばもう一時間半が経過。


俺は、先輩の美声に感動さえ覚えていた。


「ぼうっとしてどうしたの愁くん」

「先輩、歌上手すぎでしょ! プロ顔負けでしたよ」

「ほ、褒めすぎだよ~」

「本当のことです」


先輩の歌声を独り占めできるなんて俺は幸せ者だ。

しかも、ほとんど恋愛系ばかりだった気がする。もしかして、先輩って恋愛にえているのかな。


俺に向けているようにも思えたけど……そんなまさかな。と、俺はさっき注いできたコーラを口に含む。


すると先輩の入れた曲名が『アイ・ラブ・ユー』だった。



「――――ブッ!!!」



思わずコーラを吹く俺。

ズボンがビシャビシャになっちまったぁ……。



「ちょ、どうしたの愁くん!?」

「い、いや……なんでもないっす」

「そ……それならいいけど。あー、ズボンがコーラ塗れだよ。ティッシュで拭いてあげるね」


先輩はわざわざ曲を演奏停止にして、俺のズボンをフキフキしてくれた。……細い指がズボンに触れてくすぐったい。


「……せ、先輩」

「風邪引いちゃうでしょ。我慢して」

「は、はい……しかし、その」

「ん?」


デンジャーゾーンが近いんですが――とは、なんか言い辛かった。だけど、先輩は気づいていないのか、わざとなのか危険域に突入しようとしていた。


「先輩、ストップ! それ以上は主砲に触れちゃいます!」

「……ご、ごめん! ついに夢中になってた」


ハッとなって先輩は離れた。

顔とかめっちゃ近かったな……。

一歩間違えれば大変な光景になっていた。



――そうして楽しい時間を過ごした。



時間になって料金を支払ってお店を出た。


外はすっかり日が沈み、暗闇が支配していた。



「ふぅ……楽しかったですね、先輩」

「初めてのカラオケだったけど、こんなにストレス発散になるんだね」

「でしょう。また来ましょう」

「うんうん。絶対だよ」


……やった。

先輩とまた来る約束が出来た。

先輩の歌を聴いているだけでも心が癒されるし、楽しい。


「ところで先輩の家って……」

「そんな遠くないよ。ここから十五分ってところかな。愁くんは?」


「俺の家はここです」

「え、ここなの?」


カラオケ店から少し歩いた場所にある喫茶店『冒険者ギルド』が我が家だった。


「自慢じゃないんですが、ウチの親父が異世界モノが大好きで……こんな奇妙な喫茶店を開いているんですよ」

「す、凄いね」


中は、異世界にあるようなガチの冒険者ギルドの内装。完全なファンタジー仕様だ。コスプレしたエルフメイドとドラゴン(模型)が出迎えてくれる。


入店には、鎧でも何でもいいので冒険者の格好コスプレをしなければいけないという、徹底したルールがある。



「先輩も今度遊びに来てくださいよ」

「えー、あー…そのぉ」


あれ、なんか先輩の様子がおかしいぞ。


「なんか挙動不審ですけど、大丈夫です?」

「うぅ……。実は……冒険者ギルドの常連なの、わたし!!」


「え」


「土日限定だけど、たまに遊びに来てるよ。わたし、シスター服着るの大好きで、よくコスしてるんだ」



衝撃的な事実が判明して、俺は頭が真っ白になった。

……先輩が『冒険者ギルド』利用者だっただと……! しかも、コスプレもたしなんでいるとは驚きだ。


人には意外な趣味があるものだな。


そうか、俺は土日とか基本的に出掛けているか部屋に引き籠っているからなぁ。喫茶店の方まで出張らないし、先輩と会うことはなかったわけだ。


「そうだったんですね。先輩のシスター服……なんだか神々しいイメージが」

「恥ずかしいけど……今度見せてあげるね」

「ありがとうございます。その時は、ぜひ写真を撮らせてください」

「うん。愁くんだけに撮らせてあげる。じゃあ、そろそろ帰るね。また明日」


「はい、また明日」


先輩は背を向けて帰っていく。

……今日一日、幸せだったなぁ。

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