君に届け
先輩は、今まで勉強や部活が忙しくて遊んでいる暇がなかったようだ。とはいえ、一度も
「マジっすか、先輩」
お店の前に到着して、俺は改めて聞いた。
「勉強ばかりも息が詰まるからね。だからカラオケ」
「……な、なるほど」
俺はたまに“ひとカラ”をコッソリやっていた。一人料金でちょっと高いけど、ストレス発散には良いのだ。
でも、先輩となんて……まるでデートみたいじゃないか。
「一時間でいいから付き合ってくれる?」
「い、いいですけど、俺、アニソンしか歌えないっすよ」
「わたしも似たようなものだよ~」
先輩、珍しく緊張しているのか顔が引きつってるな。ここは経験者である俺が引っ張っていかないとな。
「分かりました。一緒にやりましょ、カラオケ」
「やった……嬉しい」
その笑顔だけで俺はもう死んでも構いませんっ。
受付へ向かい、手続きを進めると女性店員がこんなことを言いだした。
「お客様はカップルですよね?」
「「――え」」
この店員、いきなり何を言いだすんだ!? ……なんの確認なんだ。そりゃ、カップルかどうかと言えば……そうじゃないけど、でもカップルなんだ。
この場合、どうすれば……。
「えー、実はですね。今月は“カップル限定料金”というものが設定されております。確認が出来た場合、二時間コースでたったの五百円です」
……や、安ッ!
マジかよ……。ひとカラだと上乗せ料金があるから千五百円以上も取られるんですが!
貧乏学生にとっては、ありがたい料金だ。お財布に優しすぎる。ここはぜひ、カップル料金を適用させたい。
けど、本当にいいのか……?
今は“恋人のふり”をしているだけだ。このカップル料金を使用したいが為に……私利私欲の為に先輩の気持ちを無視して『はい、そうです』なんて簡単に言っていいのか。
妙に葛藤していると、先輩がハッキリとこう言った。
「愁くんとわたしはカップルです」
――んなッ!
せ、先輩……言っちゃった。
あれ!
いや、ふりだから問題ないのか……?
やっべ、分からなくなってきた。
でも、少なくとも、この“恋人のふり”は学校であろうとなかろうと関係ないってことらしい。……そうだよな、もし学校だけの話なら、外で手なんて繋いでくれるはずがない。じゃあ、先輩はやっぱり……?
それ以上は考えられなくなって、ぼうっとしていると手続きが終わっていた。
そのまま部屋へ向かい、230号室へ入った。
この個室に先輩と二人きり……よくよく考えたら、とんでもない状況になった。いつもの“ひとカラ”のノリで入ってしまったけど、今は可愛くて美人な先輩と二人。
「そ、その……先輩、さっきはカップル料金にしてもらって……ありがとうございます」
「ん? だって本当のことだもん」
「…………そ、そうですね。ええ、その通りです」
「で、でも……恥ずかしかったぁっ!!」
両手で顔を覆い、ぷるぷる震える先輩。
やっぱり無茶してたんだ。
そんな俺もカップルと言ってもらえて、こんなに嬉しいと感じるとは思わなかった。
「――って、ぼうっとしていて忘れていました。ここ、フリードリンクなので自分で飲み物を取りにいくんです」
「そうだったんだ。じゃ、一緒に行こっか」
「そうですね。まずは飲み物を確保して冷静になりましょ」
いったん部屋から出て飲み物を
俺はコーヒーを、先輩はコーラをグラスに注いだ。
飲み物を持って帰ろうとすると、先輩が足を止めた。
「……」
「どうしました、先輩」
「……誰かに見られているような」
「えっ……誰かって、周囲に誰もいませんけど」
見渡してみるけど気配は……ない。
「き、気のせいだったかも。ごめんね、愁くん」
「いえいえ、先輩のことはお守りしますので!」
「頼もしい」
……謎の気配か。やっぱり先輩につきまとう人間がいるということなのか。
* * *
緊張は最初の五分程度だった。
歌い始めれば、死ぬほど心拍数の上がっていた心臓も今や穏やか。
先輩との距離感も自然と近くなって、気づけば隣に座っていた。
「せ、先輩ちょっと近くないっすか……」
「このタッチパネルの操作方法がよくわからなくて」
曲とかを検索する
初見だと分かり辛いか。
俺は先輩に丁寧に教えていく。
先輩の視線がくすぐったい。
「――で、ここに曲名を入れて送信してください」
「へえ、そうやるんだ。愁くん、詳しいね」
「よく一人で遊びに来るので」
「え、一人で?」
……やっべ、ついウッカリ口が滑った。引かれたかなぁ……。
「友達も彼女もいないっすからね」
「彼女ならここにいるでしょ、愁くん」
「そ、そうですね……?!」(←思わず声が裏返った俺)
って、やっぱり先輩本気なのか?
今度こそ聞くしか――あ。
先輩の入れた曲が流れ始めた。
――“君に届け”という名曲が。
***おねがい***
続きが読みたいと思ったらでいいので『★×3』をしていただけると非常に助かります。
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