水泳部のギャル先輩

脳みそに砂糖をかれた気分だ。

甘ったるいものが俺を包む。


あれから先輩と視線を合わせられず……沈黙が続いていた。


手は繋いだまま校舎を出た。

そろそろ何か話題のひとつやふたつ振るべきだろう。この空気に耐えられそうにない。……とはいえ、先輩と話すこと……なにを話せばいいんだ?


こんな時に限ってなにも思いつかない俺。

クソッ、脳内が“幸せ”でいっぱいすぎる――。


思考がままならない。

エンジンを吹かしても一発でエンストしやがる。


……ああ、でもいいか。


先輩の顔も幸せそうだ。


ふり・・だろうけど。

偽物の感情で仮初かりそめだろうけど、それでも俺は嬉しい。


いや、けれど……。

演じてる風に見えないな。

先輩、これマジの笑顔なのでは……?



「……」

「どうしたの愁くん。わたしの顔になにかついてる?」

「……いや、先輩って笑うと天使のように可愛いんだなって」

「……っっ! しゅ、愁くん……か、からかわないでよー!」


「からかってなどいませんよ。これは本音です。というか、先輩って本当は――」



素なのではないかと聞いてみようとしたが、部活の集団が津波のように押し寄せてきた。


あれは……水泳部か。


スクール水着姿の女子が走ってきて、先輩に飛び掛かった。



「きゃっ!?」



先輩は見事に抱きつかれ、捕縛されてしまったんだ。この金髪の女子ギャルはいったい誰だ……?



「柚! どこへ行っていたの~」

「み、蜜柑みかん……!」



どうやら、二人は知り合いらしい。

先輩も水泳部なのだから当然か。



「部活は来ないの?」

「ごめん、蜜柑。今日は休む。愁くんと帰るって約束だから」


「愁くん? ……って、もしかして」



俺の顔を見て驚く蜜柑という女子。

そんな水着姿で見られると……結構照れるな。


蜜柑というギャルは、手足がスラっとしていて――体も引き締まっていてスタイル抜群。グラビアアイドルに匹敵する美貌と体型を持ち合わせていた。


こんな女子がいたとはな。



「俺がその愁だけど……」

「……そ、そうだったんだ」



なんだ急に声のトーンが低くなったような。どう返事をしたものか悩むと、先輩が介入してくれた。



「蜜柑、先に言わなくてごめんね」

「ていうか、柚ってばいつのまに彼氏作ってたの!」

「バ、バレちゃったか……」

「バレるも何も男子と歩いていたら、誰だってそう思うって。でも、これで“つきまとい”も減るじゃん。良かった良かった」



やっぱり、先輩はストーカーに悩まされていたんだ。それを聞かされて、改めて守りたいという気持ちが強くなった。



「うん。愁くんは頼りになるよ。じゃあ、もう行くね」

「仕方ないな。明日は水泳部に来てね、柚」

「分かった。みんなもバイバイ」



先輩は部活メンバーに別れの挨拶を済ませ、俺の方へやってきた。

再び歩きだすが……。



『…………!!!』



え……。


なんだ……?



今、背筋が凍った。

まるで幽霊の手が心臓を掴んだような……不気味な感覚を味わった。



……いったい、誰が。


……まさかあの水泳部のメンバーにストーカーが?



まさかな。



「愁くん、どうしたの?」

「あー…。いえ、気のせいです。行きましょう、先輩」


「帰りにどこか寄って行こ」

「いいですね。恋人らしく行きましょ」

「賛成~!」



先輩はいつも手を繋ぎたがる。

俺は歓迎して受け入れ、指をからめる。


今は青春を少しでも多く味わおう。

もしかしたら……この“ふり”が突然終わることもあるかもしれないから。

だから、出来る限り先輩との時間を楽しもう。



校舎を出て少しすると、先輩は足をピタリと止めた。



「……? どうしたんです、先輩」

「愁くんと一緒に行ってみたいところがあるんだ」

「へえ、そりゃ丁度いいですね。そこにしましょう」

「うん、実は――」



え、先輩って行ったことなかったんだ。

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