EP22 新しいチーム


 トウコは手早く荷物をまとめ、慌ただしく小屋から立ち去って行った。

 去り際、俺のことを睨んで何か言いた気にしていたが、ソルさんへの恩義からか、報復してくるほど禍根を残している様子は無さそうだった。


「ふぅ」


 トウコ一行が出て行ったのを見送り、残された俺たち三人は大きく溜め息を吐く。


「ソルさん、本当にありがとう」

「いいのよ。無事に収まって良かったわ」


 今回だけではない。いつもいつも、彼女には助けてもらってばかりだ。


「俺達も出た方がいいんじゃないか? 衛兵が来るんだろ?」

「あぁ、あれ嘘ですよ」

「え!? 嘘なの!?」

「えぇ」


 衛兵が来る話は丸々嘘らしいが、トウコが街の人々に迷惑を掛けていたというのは事実らしい。彼女自身も心当たりがあるから信じたのだろう。


「俺まで信じちゃったよ。役者になれるんじゃないか?」

「ふふ、ウォルトさんの毒の演技も凄かったですよ。一緒に役者目指しましょうか」

「あぁ、あれ本当だよ」

「えぇ!? 本当に毒飲んだんですか!?」


 奥歯に色々仕込んでいた事を告げると、ジェシカとソルさんは呆れたように項垂れた。


「まったく、無茶し過ぎです」

「はは……」

「毒の件だけじゃなくて、トウコさんの件全体の話ですよ」

「あぁ。今回ばかりは自分の愚かさを痛感したよ。今後はちゃんと、事前にジェシカに相談する」


 任せて!とばかりに胸を叩くジェシカ。自分で強く叩き過ぎて咳き込んでいた。

 一方ソルさんは、毛先を指でクルクル弄びながら、思案するように視線を落としている。ややあって、ポツリと呟いた。


「……私でもいいですよ」

「え?」

「私に相談してもらっても、別に構わないですよ」

「そうか。ありがとう」


 感謝の言葉に返ってきたのは、ソルさんのムッとしたような表情だった。


「鈍い人ですね! 協力します、と言ってるんです!」

「え? それって……」

「はい。二人のお仕事の手伝いをさせてください」


 言葉が飲み込めず、俺とジェシカは顔を見合わせて目をパチクリさせた。


「……もし、まだ席が空いているなら、ですけど」


 照れたように小声で付け足すソルさん。


「空いてる空いてる! な、ジェシカ!」


 高速で頷くジェシカ。


「ソルさんが組んでくれるなら心強いよ。な、ジェシカ」


 超高速で頷くジェシカ。首が取れないか心配だ。


「でもどうして急に? 前は断ったのに」

「……ウォルトさんの事が心配なんです。危なっかしくて見ていられません」

「はは、返す言葉もないよ。どうやら俺には悪事の才能が無いらしいからな。ジェシカとソルさんがいないと駄目みたいだ」

「ちょっと。私とジェシカちゃんが悪人みたいな言い方やめてくださる?」

「い、いや、そういうつもりじゃ……」


 頬を膨らましてジトーっと睨んでくる二人。俺が慌てて取り繕うと、ぷっと頬の空気を吹き出していた。


「それで、ウォルトさん。今後のプランは何か考えているの?」

「あぁ。まずは自宅兼ラボを買おうと思ってる。人目に付かず作業ができて、尚且つ大金を隠せるような家を探そうかなって」

「なるほど。受付嬢のコネを使って探してみましょうか?」

「本当か? 助かる」


 そこで、ジェシカが手を上げてピョコピョコ飛び跳ねた。


「ジェシカちゃん、何か考えがあるの?」


 ソルさんが顔を寄せ、ジェシカが耳元でゴニョゴニョ話す。そろそろ俺にも声を聞かせて欲しいものだ。

 ジェシカのアイディアを聞いて、ソルさんの目が輝いた。


「まぁ、それは良いアイディアね! あのね、ジェシカが言うにはね——」

「『ついでにマネーロンダリングできるよう、お店でも開いちゃえば?』ってか?」

「え、なんで分かるのよ」

「そういう表情をしてたからな」

「なんで分かるのよ。怖いわよ」


 いつの間にかジェシカの考えが表情で分かるようになってたわ。


「でも、本当に良い案ね。マネーロンダリングのためとはいえ、三人で何か商売するのも楽しそう」

「ギルドの受付嬢はどうするんだ?」

「まぁ、辞めるしかないわね」


 あっけからんとした様子。特に受付嬢に未練は無さそうだ。

 しかし、俺には一つ懸念があった。


「どうかしたの? 浮かない顔してるけど」

「いや……俺とソルさんが一緒に商売を始めるとなると、表向きの理由が必要になるかな、なんて思って」


 俺とジェシカは冒険者同士。ジェシカとソルさんは友達同士。だから、一緒にいても不自然ではない。

 しかし、俺とソルさんの場合はどうか。冒険者と受付嬢という関係性であれば問題無いだろう。だが、受付嬢を辞めたソルさんと俺の組み合わせは、周りには不自然に映るのではなないか、と思ったのだ。


 考えすぎかもしれないが、ソルさん程の美人と一緒にいれば嫌でも噂になるだろうし、用心するに越したことはない。


「ふふ、裏稼業をする心構えが付いてきたみたいですね」


 俺の説明を聞いたソルさんが満足げに微笑んだ。


「ジェシカが『ソルさんも冒険者になれば解決だね』っていう顔をしてる」

「だから何で分かるのよ……。というか、私に冒険者が務まると思います?」

「だよな。じゃあ、もしくは——」

「もしくは?」


 彼女の中で期待する答えがあるのだろうか。小首を傾げて、俺の顔を下から覗き込んでくる。思わず見惚れてしまい、頭に浮かんだ案を良く吟味せず口にしてしまった。


「——もしくは、俺たち結婚するか」


 面食らったように硬直するソルさん。卒倒するジェシカ。

 一瞬遅れて、自分がとんでもない発言をしたことに気が付く。


「あ! す、すまん! 思い付いた事をそのまま言っただけだ! それに、もちろん偽装結婚だからな!?」


 軽蔑されるだろうか。気持ち悪がられるだろうか。

 しかし返って来たのは、予想外の返答だった。


「いいですよ」

「は?」

「結婚、いいですよ」

「ほ、本気か?」

「夫婦なら一緒にお店の経営してても自然ですもんね」

「いやでも、偽装とはいえ、そんな簡単にオッケーしていいのか?」

「あら? 自分で言っておいて怖気付いたんですか? それとも、私と結婚するの嫌ですか?」

「そ、そうじゃないけど」


 動揺する俺を見て、ソルさんはクスクス笑う。


「〜〜っ! 〜〜っ!」


 ジェシカがムクリと起き上がり抗議するような目を向けてきた。その瞳が語る内容に、俺はさらに動揺してしまう。


「え? いやいや、ジェシカ。それは……」

「あ、今なら私にもジェシカちゃんの考えが分かるわ。『私も結婚する!』って言ってるんでしょ?」


 コクコクコク!ジェシカの首が激しく縦に動く。


「いやいや、重婚は違法だぞ! 法律は守らなきゃダメだぞ!」

「あなたがそれを言いますか!」


 頬を膨らましてブーブー抗議してくるジェシカ。これは折れる気は無さそうだな……。


「分かったよ。でも、あくまで偽装だよな?」

「あら、ひどい。私たちは遊びってことですか?」


 ジェシカの手が腰元の短刀へと伸びる。彼女の表情はだいぶ読み取れるようになったが、今は冗談なのか本気なのか分からない。

 どうすれば良いか分からず項垂れる俺を見て、二人はクスリと微笑んだ。


「ふふ、決まりですね。表向きは私たち三人、夫婦としてお店の切り盛り」

「裏では、俺が製薬。そしてジェシカが販売」


 ジェシカが気合たっぷりフンスと鼻を鳴らす。

 ソルさんが力強く頷く。


「それじゃ、新しいチームの結成だ!」

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剣と魔法とドラッグディーラー 〜製薬ギルドを追放されたので、裏の薬屋を開業します〜 鍋豚 @nbymnbt

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