EP17 離せというから


「それで、ボグネッツ様。ご用件の方は——」

「その前に、この男の働きぶりはどうかね? 酷いものだろう? 製薬ギルド時代も無能でねぇ」


 さっそく来やがった。周囲の注目を集めるように、声のボリュームを極端に上げる。


「この男はポーションの製造担当だったのだがね。仕事が遅くて毎日残業続き。それはもう滑稽だったよ」


 それは仕事を大量に押し付けられていたからなんだけどな。反論しようとしたところ、先にソルさんが口を開いた。


「昔のことは存じ上げませんが、少なくとも今は冒険者として良く働いてくださっていますよ。特に薬草採取を」

「薬草採取なんて、誰にでもできる簡単な仕事だろう」

「えぇ。ですが、ウォルトさんの仕事ぶりは素晴らしいんです。新鮮で高品質な物を取ってきてくれますし、誤採取も無いので、私達としても非常に助かってます。残業が多かったのも人一倍丁寧に仕事をしていたからではないでしょうか?」


 おぉう……面と向かってそう言われると恥ずかしいな。


「それに、薬草採取って地味な仕事なので、誰もやりたがらないんです。それを嫌な顔ひとつせず、一切妥協せず、自ら率先して取り組んでくれる姿は……」


 そこで一旦、言葉が区切られた。頬を赤らめ、照れを隠すように視線を落とすソルさん。その妙に妖艶な雰囲気に、周囲の冒険者達の視線が集まった。


「その、なんて言いますか……とっても素敵で……ちょっとだけ……どきどき、しちゃいます」

『あ、自分、薬草採取の仕事やります!』

『オレもオレも!』

『わー、なんッスか皆さん急に! 並んでくださいッスー!』


 カウンターに殺到する冒険者の群れ。

 まったく。単純な奴らめ。ま、薬草採集なら誰にも負ける気はしないけどね。今日は製薬作業はいいや。一日中薬草採集しよう。めちゃくちゃ頑張ろう。


「フン」


 期待した回答ではなかったのだろう、所長は面白くなさそうな顔でそっぽを向く。


「そのうちボロを出すさ」


 『そ・う・で・す・ね』。

 ソルさんの口がそのような動きをして、意地悪く微笑みかけてきた。


「まぁいい。本題に移ろう」


 そう言うと、所長はアタッシュケースを受付カウンターに置き、留め具を外して蓋を開く。そこには、見慣れた茶色の瓶がぎっしりと詰められていた。


「これは……ポーションでしょうか?」

「左様。我々〈エーワン・エーカー〉の商品だ」


 懐かしい。一ヶ月前は一日何百本と生産していたな。


「この商品をだね、冒険者ギルドの方で買い取ってもらいたいのだよ」

「えっと、一体何故でしょうか?」

「冒険者の人達のためを思ってね。わざわざ薬屋まで行かずとも、冒険者ギルドで手に入った方が便利だろう?」


 もっともらしい事を言っているが、要は冒険者ギルドと大口契約したいのだろう。

 無茶な要求に、ソルさんが首を横に振る。


「冒険者ギルドでの販売は難しいかと。薬品の販売には国の認可が必要ですので。そうですよね、ウォルトさん?」


 ソーデスネー。


「ギルドが買い取って、冒険者に無償で与えるのはどうかね? それなら法律の範囲内だ」

「そんなことしたら当ギルドは破産してしまいます……」

「ソルくん。冒険者の人々のことを考えたまえ。ギルドの金儲けより、人々の命の方が大事だとは思わんかね?」

「あんたがそれを言うのか?」


 思わず口から漏れてしまった。所長が鋭い目で睨んでくる。

 この際だ。言いたいことを言わせてもらおう。


「冒険者のことを考えるなら、値段のカサ増しをやめて安くしたらどうです?」

『そーだそーだ!』

『また値上げしやがって!』


 周囲の冒険者から思わぬ援護がきた。やはりポーションの価格にみな不満を抱いているのだ。


「関係ない人間は黙っておれ!」

「というか、また値上げしたんですか?」

「……クビになった君にも関係ないだろう」

「値上げ、それに大口契約の打診……もしかして、売上が落ちてるとか?」

「……」


 苦虫を噛み潰したような表情。図星だな。

 所長は苦しそうな顔のまま、震える指先で俺を指してきた。


「……そうか。分かったぞ。貴様だな? 貴様が違法薬品を売って、我々の客を奪っているのだろう?」


 心臓が飛び出しそうになった。

 まさか、バレているのか? ……いや、違う。口から出まかせだな。売上が落ちた責任を俺に擦りつけたくて、適当言っているだけだ。


 となれば、ここで俺が取るべき行動は一つ。動揺を見せず、堂々とした態度で、余裕たっぷりに否定すること。フッ……楽勝だぜ。


「ままままままさか、そそそそそそそそんな訳ないじゃないですかぁぁぁぁ!!」

「え、なんでそんな動揺しているのだ。まさか本当に…… 」


 あれ? 誤魔化せてない? 所長、意外と鋭いじゃないか。

 なぜだろう、ソルさんとジェシカが物凄い冷たい目で見てくる。


「はぁ。ウォルトさん、つまらない冗談はやめてください」

「冗談? この動揺っぷりが演技だと言うのかね? 汗すごいぞ?」


 よし、困ったら服毒だ。

 奥歯に埋め込んだ最終兵器。それを舌先で掘り出そうとした時。我らがソルさんから助け舟が出された。


「ポーションの売上が落ちた理由、私に心当たりがあります。申し上げても?」

「言ってみたまえ」

「あれが理由の一つかもしれません」


 指し示されるのは、掲示板に張り出された一枚の貼り紙。所長はそれを読み上げる。


「『第三回 D~Fランク冒険者向け講習会のお知らせ。各種魔獣への対処法について』、だと?」

「はい。周辺に生息する魔獣の弱点や、戦闘の立ち回り方の講習会を始めまして」

「お勉強をして知恵を付けたからポーションを使う頻度が下がった、と言いたいのかね?」

「仰る通りです」


 なるほど。確かに理にかなっている。上手い言い訳を考えたものだ。ちょうど良いタイミングで講習会があったのはラッキーだったな。

 ……いや違う。偶然なんかじゃない。ソルさんが意味深なウィンクを飛ばしてきた。


 もしかして、裏ポーションの影響で正規品の売上が落ち込むことを予想して、理由付けのための講習会を開いていた言うのか? だとしたら脱帽だ。なんて頭がキレるんだ。


「そ、そんな馬鹿な話があるか! たかが講習会くらいでポーションが不要になるほど実力が上がったと言うのか!? 低ランク冒険者ごときが!」


 その言葉に真っ先に反応したのは、近くで話を聞いていた〈クレイジー・エイト〉のガヤルドだった。


「よぉ、オッサンよぉ、その低ランク冒険者の力、今ここで見せてやろうか?」


 指をポキポキ鳴らしながらにじり寄る。彼に続き、パーティーメンバーも威嚇するように所長を取り囲んだ。


「な、なんだ貴様ら! 私は貴族だぞ!?」

「あ? んなもんオレ達に関係ねーよ」


 確かに、失う物が何も無い不良冒険者には貴族の肩書きなんて怖くないだろう。

 このままでは本当に殴りかかりそうなので、慌てて二人の間に割って入った。


「ガヤルドさん、ここは俺に任せてくれ」

「チッ。しゃーねーな」


 俺の言うことをすんなり受け入れる不良冒険者を見て、所長は驚いたように目を見開く。


「ウ、ウォルトくん。そんなガラの悪い連中を手懐けたのかね」


 全然手懐けた訳じゃないが、怯える顔が面白いので話に乗ってみよう。


「そうですね。俺が止めてやらなきゃ、ボコボコにされるところでしたよ」

「ひっ……」


 ガヤルドが睨んできた。ジェシカが睨み返した。ガヤルドがしゅんと萎れた。


「ところで所長」

「な、なんだね」

「あんたらの商品の売上が落ちた原因、俺にも一つ心当たりありますよ」

「……なんだと言うのだ」


 受付カウンターに置かれた鞄の中から、茶色い小瓶を一つ摘み上げる。蓋を開け、臭いを嗅ぎ、疑惑が確信に変わった。


「品質が下がってる」

「ば、馬鹿な! そんな訳があるか! そもそも使ってもいないのに、臭いだけで分かると言うのかね!?」

「えぇ。というか瓶越しに一目見ただけで分かりますよ。まず水面の揺らぎが小さい。不純物が多い証拠だ。加えて、微かなケトン臭。劣化し始めてます」

「それを生成したのは三日前だぞ? 劣化などするはずがない! 適当なことを言うな!」


 論より証拠。俺は腰からナイフを引き抜き、自身の手の甲に真っ直ぐ突き立てる。血が飛び散り、所長が小さな悲鳴を上げた。


「ひぃ!? き、気でも触れたか!?」


 困惑する彼を無視し、〈エーワン・エーカー〉製のポーションを傷口にぶっかける。結果は予想通りだった。


「ほら、見てください。傷の治りが遅いでしょう? こんな傷、俺がいた頃のポーションなら一瞬で治る」

「デ、デタラメを言うな!」


『確かに最近、ポーションの効きが悪い気がしていた』

『値上げ前の方が傷の治り良かったよな?』


 口々にそう言うのは、小綺麗な身なりからしてC級以上の冒険者達か。倫理観を兼ね備えているだろう彼らは俺の客層ではないので、依然として正規ポーションを買い続けているのだ。


「う、うるさいぞ平民どもが! 品質など下がっておらんわ! 第一、以前のポーションなど残ってないだろう! どうやって比較すると言うのだ!」

「ありますよ、俺が一ヶ月前に作ったモノが」


 ポーチから別の小瓶を取り出し、周囲に見せびらかすように高く掲げた。


「これは俺が作ったポーション。あ、製薬ギルドを退職する前に作ったモノだから、違法なモノではないぞ」


 ホントは昨日作ったやつだけどね。勢いで誤魔化そう。ソルさんの目が痛い。

 大勢の観客が目を向ける中、先程とは逆の手にナイフを突き立て、特性ポーションを数滴垂らしてみせた。


『す、すげぇ。傷があっという間に治った』

『ほんの数滴だったのに』


 瞬く間に傷が癒えていく様を目の当たりにし、観客達の間でどよめきが沸き起こる。


『なぁ、あんた、それ売ってくれよ!』

『オレにも!』


 図らずも商品のデモンストレーションになったようだ。不良以外の割と真面目そうな冒険者達にも好評だったのは意外だった。


「あー、悪いな。俺はもう薬剤師の資格が無いから、新しいのは作れないんだ」


 そうは言うものの、客になりそうな連中には後ほど個別に接触してみよう。ジェシカも同じ考えのようで、『売ってくれ』と言っている連中を一人一人見据えて顔を覚えようとしていた。


「話が逸れましたが——」


 所長に向き直ると、その顔は屈辱に塗れていた。


「——ご覧の通り、あんたらのポーションは品質が低い。俺のより、格段に」

「馬鹿な! 馬鹿な馬鹿な! 私のポーションが、貴様如きに劣ると言うのか!?」

「あ、これ、所長が自分で作ったんですか?」

「うっ……」


 悔しそうに歪む顔。またまた図星か。


「還元に何を使ったんです? まさか、アダムス触媒ですか?」

「そうだが? だから何だと言うのだ」

「それだと品質が著しく下がりますよ。ちゃんとマニュアルに書いたはずですが」

「フ、フン。貴様ごときが作ったマニュアルなど誰が使うか。燃やしてやったわ」

「その結果がこの有様ですか」

「だ、黙れ!」


 貴族はどうしてこうプライドが高いのか。


「はぁ、信じられない。こんな低品質なモノを客に売るなんて」

「き、貴様! さっきから何だその態度は! 少しポーション生成が得意だからって、いい気になりおって! 平民の分際で!」


 所長は顔を真っ赤にして捲し立ててくる。


「我々の商品は何もポーションだけではない! 魔力回復薬に家庭用医薬品、主力商品は他にも沢山あるのだ! ポーションの売上が多少落ちたところで、大した影響などないのだよ!」


 所長の言う通り、〈エーワン・エーカー〉の主力商品はポーション以外にも山程ある。

 逆に言えば、ポーション以外の商品でも客を奪う事ができれば、その分だけ所長のこの悔しがる顔を見られる機会があるという訳だ。……よし、俺の方も商品のラインナップを増やすか。


「他の商品の品質も落とさないよう、せいぜい気を付けてくださいね」


 仮に品質を保てたとしても、俺がより高品質で安価なモノを作るから意味ないけどね。


「低俗な平民如きが! 調子に乗ってられるのも今のうちだ!」


 何か企んでいるのだろうか。所長は勝ち誇ったような、しかし苦し紛れと言った様子の顔を見せる。


「貴様こそ、夜道に気を付けることだな! フハハハ!」


 脅迫めいた言葉。

 それを聞いた瞬間、ジェシカが勢い良く飛び出した。タックルするように所長に飛びかかると、瞬く間に彼をひっくり返してしまう。


「うわっ!?」


 どういう芸当か全く理解できなかったが、所長が倒れたと認識した時には既に、彼の体は縄でグルグルに縛られていた。両手両足の自由が奪われ、まともに動かせるのは首だけの状態だ。


「あーあ、怒らせちゃった」


 ソルさんが溜め息を吐く。俺を脅したことがジェシカの逆鱗に触れたようだ。


「な、なんだこれは! おい! 解け!」


 慌てふためく所長を無視し、ジェシカは天井に向けて縄の先端を投げる。縄は天井の梁を綺麗に飛び越え床に落下。ジェシカはそれをキャッチすると、ガヤルドへと手渡した。受け取ったガヤルドは何をすべきか瞬時に理解したようだ。


「へへへ、引っ張れってことだな。任せろ!」

「お、おい馬鹿やめろ!」


 ガヤルドがその怪力でもって縄を引っ張ると、所長の体は足から引き上げられ、逆さ吊りのミノムシ状態になってしまう。


「き、貴様! 放せ!」

「え、離していいのか?」

「ぎゃふん!」


 縄が離され、所長は頭から地面に垂直落下。痛そう。


「……ば、馬鹿者! 離すな!」

「アンタが離せって言ったんだろーが」


 縄が再び引っ張られ、再度のミノムシ状態。


「き、貴様ら! この私にこんな事をして、どうなるか分かっているのか!?」


 物理的に血が登っているからか、それとも怒りからか、所長の顔がどんどん赤紫になっていく。

 そんな彼の正面に立ち、ジェシカは腰から短刀を引き抜いた。


「な、何をする気だ! やめろ! 近付くな!」


 冷たい目付きで所長を見据えながら、ブン、ブン、ブン、とジェシカは素振りをし始める。今からお前のことを切り刻む練習だ、と言わんばかりに。


「わ、分かった! 金だな!? 金が欲しいのだな!? よし、一万バックス出す! だから止めてくれ!」


 ブン。素振りを一回するごとに一歩、ジェシカは所長へと近付いて行く。ブン。また一歩。ブン。さらに一歩。空を切る刃と所長の顔との距離が、徐々に縮まっていく。


「だ、誰か! こいつを止めろ! 五万……いや、十万出す!」


 周囲の冒険者に呼びかけるが、誰も所長の言葉に耳を傾けない。


『おいおい、オレ達は低俗な平民なんだろ?』

『高貴な貴族サマ、冒険者ごときに頭を下げる必要なんかないですぜ?』


 度重なる侮辱発言に、冒険者達は相当苛立っていたらしい。


「わ、悪かった! 先ほどの発言は撤回する! だ、だから、誰か私を助けてくれぇぇぇ!」


 冒険者に頼れないと悟ると、所長のすがるような目はソルさんへと向けられた。


「ソ、ソルくん! 助けてくれぇ!」


 ソルさんは輝く営業スマイルを見せながら、所長のアタッシュケースをクルリと反転させた。


「安心してください。仮に怪我しても、ポーションならここに沢山あるじゃないですか」

「そんなモノ頼りにならん!」

「おいおい。あんたが自分で作ったモノだぞ? 粗悪品だと認めるのか?」

「……ああ! そうだ! 認める! 私のポーションは粗悪品だ! 君のポーションに到底及ばない!」


 あのプライドの高い所長が認めるなんて。余程ジェシカが怖いらしい。彼女の素振りは所長の目と鼻の先に迫っていた。


「ウォルトくん! 君のクビも取り消してやる! だから助けてくれぇぇぇ! 頼むぅぅぅ!」


 命乞いをする所長の顔は色んな汁でべちゃべちゃだ。


「あー、ジェシカ? 所長も反省してるみたいだし、もうその辺に……ダメだ。聞いてないな。好きにしろ」

「おい! 諦めるな! 助けてくれぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


 そして、刃が振り下ろされた。

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