EP16 ピンチはチャンス


「それじゃ、ジェシカ。行こうか」

「〜〜♪」


 ここ最近は毎朝、ジェシカと共に山に行くのが日課となっている。もちろん製薬作業のためなのだが、ジェシカ的にはピクニックにでも行く気分のようで、ご機嫌にスキップなんかしている。


「ソルさんのところ寄ってから行こうな」


 入山前にソルさんに会う理由は三つある。

 一つ目は、依頼の受注状況を鑑みて、他の冒険者が来なそうな場所を見繕ってもらうため。

 二つ目は、俺たち自身も適当な依頼を請けて、山に行く大義名分を得るため。

 そして最後にして最大の理由は、ソルさんの美しい御姿を拝むとなんか気分が上がるからだ。


「——そうですねぇ、今日は西側の滝の辺りがいいんじゃないかしら。ジェシカちゃん、場所分かるわよね? 案内してあげて?」


 任せて!とばかりに胸を叩くジェシカ。自分で強く叩き過ぎて咳き込んでいた。


「じゃ、一緒にこの薬草採取の依頼もお願いね」

「ああ。いつもありがとう」

「いいのよ。依頼をやってくれてギルドとしても助かってるし。薬草採取って地味だから、皆やりたがらないのよね」


 長年の薬剤師としての経験からか、俺には意外と薬草採取の才能があったらしい。本業のついでだが、良い小遣い稼ぎになっている。


「そうそう、今日の午後、西側の麓でD級の大規模依頼レイドクエストがあるわよ」

「新規顧客が獲得できるかもな。よし、ジェシカ、帰りに寄ってみるか」


 ソルさんは顧客獲得に使えそうな情報も回してくれるのだ。


「ほんと、色々助かってるよ」


 こくこくこく。ジェシカの頭が激しく上下する。


「これもう実質共犯チームだよな?」

「違いまーす」


 そっぽを向くソルさん。そんな彼女にブーブー抗議する俺とジェシカ。


 その時だった。


「だから、ギルド長を出せと言っておるのだ!」


 横にいた人物が、苛立ちの籠もった大声を発したのだ。

 その声には聞き覚えがあった。できることならもう聞きたくない声だった。


 頼むから違っていて欲しい。そう願いながら横目で探るが、期待はあっさり裏切られてしまう。


「いいからギルド長を呼んでこい!」


 太い眉毛。突き出した腹。白髪混じりの髪。

 俺を製薬ギルドから追放した張本人、古巣〈エーワン・エーカー〉の所長である。


「で、ですから、ギルド長に会うにはッスね……その、アポが必要なんッスけど……」


 応対するのはフランチェス。困り果てた表情で、今にも泣き出しそうだ。


「君、名前は?」

「フランチェスッス……」

「フランチェスッスかね?」

「フランチェス、ッス」

「フランチェスッスか?」

「いえ、えっと……」

「ハッキリ喋りたまえ!」

「ハイ、フランチェスッス、ッス」


 諦めんなよ。


「あの、どうかされましたか?」


 見かねたソルさんが声をかける。彼女の姿が瞳に映るなり、所長の太眉が大きく湾曲した。下品なニヤケ顔で、品定めするようにソルさんの顔と体をジロジロ見る。


「ほほぉ、これはこれは。美しいお嬢さんだ。お名前は?」

「ソルと申します」

「私は製薬ギルド〈エーワン・エーカー〉研究所所長、ボグネッツだ」

「……これは失礼致しました」


 その言葉を聞いて、ソルさんの態度が一段と畏まった。仮にも大手ギルドの幹部、つまり貴族。ぞんざいに扱ってはいけない存在だと悟った様子。

 同時に俺と因縁がある相手であることも直感し、気を遣ってくれたようで、所長を俺から遠ざけようとする。


「あいにくギルド長は本日不在でして。差し支えなければ私がご用件を伺います。どうぞ、奥の会議室へ」

「そうだねぇ。君が今夜ディナーを共にしてくれるなら、考えてやらんこともないが」

「それは……」


 下心満載の笑み。ソルさんの笑顔が強張る。内心嫌悪に満ち溢れているに違いない。だが、下手に断ればより面倒なことになるのは誰の目にも見ても明らか。返答に困る彼女の顔を見て、俺は我慢ができなくなった。


「悪いな。ソルさんは俺と約束があるんだ」


 声をかけると、所長は首を回して不愉快そうな目を向けてきた。が、帽子とサングラスを取った俺を見るなり、その顔が意地の悪い笑みで満たされる。


「おや〜? おやおや? もしかして、ウォルトくんかね? 追放された後どうしたと思っていたが、まさか冒険者になっていたのか?」

「えぇ。まぁ」

「ははは〜、こりゃ傑作だ! 随分と落ちぶれたものだねぇ?」


 所長の侮蔑発言に、ジェシカ含め周囲の冒険者達がピクリと反応した。


「所長、他の冒険者に失礼ですよ。撤回してください」

「少し見ない間に随分と生意気になったものだ」

「もうあなたの部下じゃないですからね。気を遣う必要もない」

「ふむ……」


 面白くなさそうな顔をする所長。なにやら思案するように顎を撫でると、ソルさんに向けてニヤリと微笑んだ。


「良かろう。ソルくんとやら。ギルド長ではなく君でいい。ただし、この男が同席するのなら、な」


 俺の態度が気に入らなかったのか。同席させて、ソルさんの前で恥をかかせる気だな。傲慢でプライドの高い所長が考えそうなことだ。


「ええ、いいですよ。俺も同席します」


 ソルさんが不安げに見てきたが、俺は力強く頷いて見せた。


「では、会議室の方へ」

「いいや、ここで結構」


 なるほど。冒険者全員の前で恥をかかせようという魂胆か。


「俺は構いません」


 いいだろう、逆に恥をかかせてやる。

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