EP15 噂の女、ジェシカ
ジェシカと組んでから二週間。
今のところ、彼女は最高の働きをしてくれている。特に、彼女の取引方法は見事と言う他なかった。
まず、魔法で作り出したジェシカの分身四人を街に放つ。分身は実体の無い幻影なので実際に売買することはできないが、視覚と聴覚の情報は本体に伝わる。その性質を利用して、分身で商品の受注を行うのだ。
欲しい商品と個数を分身に伝えると、それを感じ取った本体のジェシカが客の元へ出向いて取引を行うという流れだ。
彼女の驚異的な脚力と体力は、普通の人間だったら一時間はかかるであろう距離を十分足らずで移動できる程だった。故に、街のどこにいてもすぐに商品が届けられるという訳だ。
客とトラブルになったという話も聞いていない。〈ピンキー〉がスプー爺さんの頭を潰したという噂が広まっているからだ。不良冒険者の間でピンキーは恐怖の対象となり、客達は彼女を怒らせないよう細心の注意を払っているらしい。
しかし、ここ最近のピンキーは単に恐れられるだけの存在ではないようだ。
きっかけはエミ・リオ姉妹だった。ピンキーをえらく気に入った彼女らは、会う度にお菓子やら果物やらを与えるようになったそうなのだ。ピンキーは存外嬉しそうにそれを受け取るらしく、それを見た他の冒険者が自分も気に入られようと食べ物を贈ったそうだ。
それを皮切りに、代金とは別にピンキーに貢物を贈る習慣ができた。
「ピンキーちゃんはなぁ、なんというかこう、守ってあげたくなるというか、可愛がってあげたくなるというか、美味しい物を食べさせてあげたくなるというか……。多分、娘がいたらこんな感じなんだろうなぁ」
例に漏れずピンキーに貢いでいたガヤルドは、澄んだ目をしてそう証言していた。
最初はピンキーを心底恐れていたガヤルドだったが、今では彼女にゾッコンだ。先日などピンク色の熊のヌイグルミを贈ってきた程だ。
だが残念なことに、当のジェシカは気味悪がってしまってヌイグルミを俺に押し付けてきた。捨てるのも忍びなかったので、そのヌイグルミは俺が毎晩抱いて寝てやっている。ガヤルドに知られたら殺されるだろうから絶対に秘密だ。
そんなこんなでピンキーことジェシカは一躍有名人になり、彼女のお陰で売り上げは鰻登り。口コミも広がり新規顧客も着々と増加中だ。まだちゃんと計算していないが、この二週間で相当稼ぐことができただろう。
「おう、戻ったか。いつもながら早いな」
本日分の取引を全て終え、ジェシカが俺の宿の部屋へやって来た。売上金を俺に手渡すと、フードとスカーフを外し、何かを欲するように大きな目でじっと見上げてくる。
「ん? あぁ、お疲れ様」
頭を優しく撫でてやると、彼女は目を瞑って気持ち良さそうに顔を綻ばせた。どうもこれが気に入ったらしい。
サラサラの髪を何往復かして、そろそろいいかなと思って手を止めると、抗議するような目で見上げてくる。まだ止めるなということだ。結局彼女が満足するまで五分ほど頭を撫で続けた。
それが終わると、俺は中断していた製薬作業へと戻る。と言っても火を使う作業は部屋では行わない。煙の出る作業はジェシカ護衛のもと山の中でやることにして、室内での作業は薬草のすり潰しなどの下処理が中心だ。
ジェシカはマントとブーツを脱ぎ捨て、ベッドにうつ伏せの状態で寝転がり、頬杖を突いて俺の作業をじっと見つめる。これももはや日課のようなものだ。
「今日の分は捌ききったし、もう帰ってもいいんだぞ?」
毎度そう言ってみるが、彼女は無言のまま動かない。製薬作業を見るのが好きらしいのだ。山での作業中もずっとこんな感じで、周囲の警戒を分身に任せて本人は作業の見学をしている。
俺は薬を作るのは大好きなので苦にならないが、単純作業を延々と見ているのは退屈ではないのだろうか。まぁ本人が良いなら構わないが。
そんなこんなで一時間ほど作業を続け、必要な作業が全て終わった。
「よーし、今日はこの辺でいいだろう」
伸びをしながらそう告げると、ジェシカはピョン!とベッドから飛び上がった。作業が終わると二人で食事に行くのが恒例なのだ。
「メシの前に、ここ最近サボってたし売上金の確認をしよう」
ご飯をお預けされたジェシカは少し残念そうな顔をしながら、ベッドの下から大金の入った袋を引っ張り出す。
金の置き場は目下最大の悩みだった。大金を持ち歩くわけにもいかないし金庫も無いので、とりあえずベッドの下に隠しているのだ。
ある程度金が貯まったら、
俺とジェシカは袋から金貨を取り出し、先ほど受け取った売上金(中にはクッキーや果物がたくさん入っていた)も合わせて、慎重に金額を数えた。結果は予想よりはるか上。
「す、すごい……経費を抜いても、約二百万バックスの売り上げだ……」
あまりの大金に、ジェシカはクラクラと目眩を起こしているようだった。
俺は金貨の山から経費分を抜き出し、残りを二等分に分ける。
「はい、ジェシカの分」
計算が面倒で給料を渡すのが後回しになっていたのは申し訳ないばかりだ。金額も顧客も増えてきたし、次はそこら辺の事務的なことを管理してくれる仲間が欲しいと思っている。
金の山の半分をジェシカの方へ押しやると、彼女はキョトンと間抜けな顔で見つめてきた。俺の言葉の意味が分からないようだ。
「ん? もっと欲しいか? 頑張ってくれたし、俺は6:4でも構わないぞ」
もう一割ぐらいを俺の取り分から押しやろうとすると、ジェシカが目にも留まらぬ速さで腕をガッと掴んできた。続けて、自身の取り分の大半を俺の方へ突き返してくる。これでは九割が俺の取り分だ。
「遠慮すんなって。売り上げは折半って言っただろ?」
「〜〜っ! 〜〜っ!!」
声にならない声で何かを抗議してくるジェシカに、俺は意地悪な微笑みを返した。
「おいおい、これくらいでビビってもらっちゃ困るぞ? あと十倍は稼ぐ予定だ」
指折り金額を数えたのち、ジェシカは頭を爆発させてベッドに倒れこんでしまった。隣にガヤルドのヌイグルミを並べてあげた。
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