EP12 リトル・ガール


「うぐっ……」


 どうやら気を失っていたらしい。

 ぼんやりする頭をフル回転し、状況の把握に務める。


「そうだ……ジェシカが魔獣から助けてくれて……」


 周囲を見渡すが、彼女の姿は見受けられない。

 目の前には巨大な魔獣の亡骸が。その状態から見て、気を失ってからそれほど時間は経っていないように思える。


 体の具合を確かめる。右肩の傷は消えているし、意識もはっきりしている。

 傍には、空になったポーションの小瓶が転がっていた。ジェシカが飲ませてくれたのか。また命を救われてしまったな。感謝してもし切れない。


 というか、何故彼女はここに居たのだろう。冒険者ギルドで会えたらお礼のついでに聞いてみよう。

 ひとまず帰り支度をしようと思い、作業台代わりの岩へと戻った。


「うわぁ」


 作業場の様子は悲惨なものだった。丹精込めて作った商品が、ハナグマに薙ぎ払われて粉々のぐちゃぐちゃだ。


 瓶の破片がそこかしこに散乱しており、中から漏れ出たポーションで辺りは水浸しになっている。強化結晶の方は欠片をかき集めれば薬品としてはまだ使えるだろうが、砂に塗れてしまって商品としては到底売れる状態ではない。製薬道具も大半が破損して使い物にならなそうだった。


「はぁ……」


 無駄になった労力。そして稼ぐことができたはずの大金を思い溜息が漏れる。しかしこの残骸は違法行為の証拠。放置して帰る訳にはいかない。


 瓶の破片と強化結晶の残骸を掻き集めて麻袋に入れる。ポーションはそのうち蒸発するから放置でいいだろう。虚しい気持ちになりながら黙々と掃除をし、大方片付けを終えた時、ふと違和感に気が付いた。


 ――破片が少な過ぎる。


 掻き集めた瓶と強化結晶の破片は麻袋一つに収まる程度の量だった。麻袋に入れた残骸を作業台の上にもう一度ぶちまけてみる。

 やはり少ない。ポーションの小瓶は二百個はあったはず。回収した破片が二百個分あるとは到底思えなかった。


 もう一つ不可解なことに気が付いた。

 瓶が一つも無い。今ここにあるポーションの小瓶は、全て粉々に砕け散っているのだ。


 ハナグマの巨大な前足に踏み付けられたので大半は潰されただろうが、無事な物が一つも無いなど有り得るのだろうか。製薬道具の中には無傷の物がある。ハナグマがご丁寧にポーションだけを一つ残らず踏み潰したとも考えられない。


 この状況から考えられる可能性。

 それは、ジェシカが無傷なブツを回収して持って行ってしまったということ。


 なんのために?

 俺を助けてくれた心優しき少女だ。自分で使う、もしくは売る為にくすねたとも考えられない。


 となると。通報。


 違法薬物製造の証拠品として回収され、衛兵に提出するために持ち帰った。

 有り得る。正義感の強そうな子だ。大いに有り得る。一度は見逃したものの、二度目は無いということか。


 その可能性に至った瞬間、背筋に冷たい物が走り、冷や汗がダラダラと出てきた。


 違法薬物の製造は重罪だ。俺が街に戻る頃には指名手配されている可能性が高い。みすみす帰ったところで、街に着いた時点で逮捕されるのも有り得る。


 このまま別の街へ逃げるか? いや、冒険者の護衛無しではまた魔獣に襲われて今度こそ死ぬだろう。それに『裏』で稼いだ金は宿に置いてきてしまった。手持ちの金はほとんどない。


 一度帰るしかない。宿に戻って金を回収し、冒険者を雇って別の街に逃げるのだ。急いで行動すれば捜査網が広がる前に逃げ果せることができるかも。


 俺は手早く作業場の片付けを終わらせ、焚き火の始末をし、人が居た痕跡をなるべく消した。

 そして強化結晶の残骸をいくつか飲み込み、身体能力を向上させ、移動速度を上げる。魔獣と遭遇しないように注意を払いながら山を下り、街へと急いだ。



***



 とりあえず問題なく街に入ることはできた。門番にも特に怪しまれることもなかった。まだ街全体に俺の情報が行き渡っていないのだろうか。


 だからと言ってのんびりしている訳にはいかない。急いで宿に戻り、ベッドの下に隠していた大金を引っ張り出す。それをリュックに収めると、息つく間もなく部屋を飛び出してそのまま冒険者ギルドに向かった。


「ソルさん! ソルさん!」


 集会所に入るなり、受付カウンターに駆け寄ってソルさんに詰め寄る。護衛を紹介してもらおうと思ったのだ。


「ちょっ、どうしたんですか?」


 普段は冷静なソルさんだが、慌てふためく俺に驚いた様子で顔を上げた。


「マズイことになった。俺はこの街を出ようと思う」

「まずは落ち着いて。一体何があったんですか?」

「ジェシカだ」

「ジェシカちゃんがどうかしたの?」

「ジェシカに通報されたかも」


 きょとん、と。ソルさんが間の抜けたような表情を見せる。


「はい?」

「いや、だから、ジェシカにブツを抑えられたんだ。証拠品として衛兵に提出されたかもしれない」

「そうなの、ジェシカちゃん?」


 ソルさんが俺の背後に向け声を掛ける。釣られて振り返り、腰を抜かしそうになった。フードを被った小さな少女がそこに居たからだ。


「ジェ、ジェシカ!?」


 いつの間に背後に。直々に俺を捕まえに来たのか。


「……」


 じりじりと。無言でこちらににじり寄ってくる。

 どうする。走って逃げるか? しかし山で見た彼女の脚力。到底逃げられるとは思えない。

 ぐるぐると考えていると、彼女は二つの麻袋を差し出してきた。


「え、なに?」

「……」


 相変わらず無言で、麻袋を押し付けてくる。


「お、俺にくれるのか?」


 コクリと。首を小さく縦に振る。少なくとも俺を捕まえる気は無いように見える。


 促されるまま、差し出された麻袋を受け取った。

 一方は中身がパンパンに詰まっていて、受け取った瞬間ズシリと重量が伝わってきた。中身を見るまでもなく分かる。金だ。大量の金貨がこの中に入っている。少し揺らすと金貨同士が擦れる音が聞こえてきた。


 ますます状況が分からない。なぜ彼女が俺に大金を渡す?

 首を傾げながら、もう一方の袋の口を開く。開いた口から覗き見ると、中には見知ったモノが。

 薄緑色の液体が入った小瓶と、青色の結晶。見間違いようのない、俺の商品だ。〈カーキ鉱山〉の岩場から消えた物だとすぐに直感する。だが量が圧倒的に少ない。袋の中にある量は、岩場で消えた物の十分の一にも満たないだろう。

 そこで大金の入った袋が視界に入り、二度目の直感。


「まさか……。売ったのか? キミが?」


 深く頷くジェシカ。岩場から無事な商品を回収し、街に戻って売り捌いたということか。いよいよ理解が追いつかなくなってきた。


「な、何故そんなことを?」


 ジェシカは俺の顔を真っ直ぐ見据えると、力強く両手でサムズアップして見せた。続けてその場で二回バク転し、着地するなり無表情でダブルピース。どうしよう全然意味わかんない。


 ソルさんに縋るような視線を送ると、彼女は溜め息混じりに微笑んだ。


「自分の実力を証明したかったのよね?」


 頷くジェシカ。


「証明? なんで?」

「ジェシカちゃん、あなたと一緒に仕事したいんだって」

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